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黒の兵科章  作者: べりや
16/19

連隊動乱

 オガタが振り返るとそこには見知った顔があった。

 正確には、見知った顔が、二つあった。



「ん? あれ? オガタ?」



 疑問の表情を浮かべたタケナガがオガタの顔を覗き込むように声をかけて来た。



「た、タケナガ……」

「その、任務か? 憲兵も大変だな」



 呑気にそうに肩をすくめたタケナガは、オガタの隣に立つ男に視線を向けて、凍り付いた。

 階級章等の違いはあれど、タケナガはその人物の顔を見ることなく悟った。

 そう、居るはずの無い自分が、そこに居る、という事を。

 そしてオガタと連れ添っていたタケナガも、彼を見てしまった。

 鏡が無ければ会えない自分に――。出会ってはいけない自分に――。

 此の世に自分という存在は一つしかない。いや、一つだけなのだ。その世界の法則を踏みにじるように、二人のタケナガが出会ってしまった。



「う、うああああ!!」

「う、うああああ!!」



 精神で受け止められなかった衝撃が響きわたり、周囲を歩いていた兵士達がギョっと立ち止まる。

 その騒ぎは注目を集める。見つかってはならないモノにまでも。



「なんでアイツ等外に出てるんだ!?」

「営倉から脱走者だ! 捕まえろ!!」



 オガタはタケナガの腕を掴むと食堂裏の穴まで走る。

 後ろを振り返る事無く、走る。



「タケナガ! 走って! 走って!!」



 虚脱したように力なく叫び声を上げるタケナガを引きずるように食堂の裏手までオガタが走る。その眼前に礼の鉄柵が見えた。

 だが――。



「無い! 穴が、無い!!」



 注意深く観察すると周囲の物より新しい鉄柵がついているのに気が付いた。

 そう、オガタが連隊から離れている間に補修され、抜け穴など消されていたのだ。



「くそッ!」



 オガタが振り返るとすでに多くの兵が走り寄ってきていた。

 このままでは――。



「あぁもう!!」



 オガタは走り寄ってくる兵士のうち、拳銃を携帯した少尉に目を付けると、反転して少尉に向けて走り、そのこめかみに掌底を打った。

 虚を突かれた少尉はそれに抗う事できずにその衝撃を受け、体がグラリと揺れる。

 オガタはその体の影に入るようにしながら少尉の腰に吊られたホルスターから拳銃とそのマガジンを引き抜いた。

 それはタカマガハラ皇国陸軍が採用する小型自動拳銃だった。使い慣れたその拳銃――九四式拳銃を構えながらオガタは周囲に威嚇の声を上げる。



「動くな!! 撃つぞ!! 撃つぞ!!」



 糸の切れた操り人形のようにぐったりする少尉を必死に支えながらオガタは声を張り上げた。



「バカな真似はやめろ!! 銃を捨てろ!!」

「来るな!! 撃つ――って重い!」



 少尉の重みにオガタが倒れそうになる。

 その隙に一人の兵士が飛び出してきた。

 オガタはその兵士の足元に目がけて一発撃つ。



「来るな! 来るな!!」

「落ち着け!! まず、落ち着け! 話せばわかる!」

「問答無用!!」



 オガタは拳銃を左右に振りながら背後の放心しているタケナガの元まで来ると、「タケナガ!」と声をかけた。



「タケナガ、どうしよう」

「――――ッ」

「タケナガ!! しっかり!!」



 ジリジリと包囲の輪を狭めてくる兵士達にオガタの背が鉄柵にあたる。

 もう後退の余地が無い。

 いくら拳銃で武装しているとはいえ、多勢に無勢。

 立てこもる建物にも入れずにいるのだ。時間が経てば小銃で武装した兵も駆けつけるだろう。

 何よりこの状況だ。憲兵を呼ばれても仕方がない。



「銃を捨てろ!! くそ、衛兵を呼べ! 早く!!」



 この場を指揮しだす士官にオガタは「指示を出さないでください」と拳銃を向ける。

 だが、状況が改善されるはずもなく、包囲は厳重になるばかりだ。

 その時、大きなクラクションの音が空に響く。そして大きなブレーキ音と共に慌ただしい足音が響いてきた。



「憲兵隊だ! 動くな!!」



 オガタは早い、と思った。まだ騒ぎを起こしてからそんなに時間がかかっていなかったはずなのに、どうしてもう憲兵隊が動いたのだ?



「おぉ! 憲兵殿! 相手は銃器で――」

「黙れ! 動くな! この場に居る、総員に次ぐ。総員、両手を頭の後ろで組め。そして両膝を地面につけるんだ!!」



 その声の主は、オシミズだった。

 その背後からも憲兵腕章を付けた兵士達が短機関銃を構えてこの場にいる面々にそれを突きつける。



「ど、どうして――!?」

「貴官がこの場の最高階級者か?」



 オシミズの詰問を受けた兵がたじたじしながら頷くと、オシミズは懐から一通の命令書を取り出した。



「参謀総長閣下より二十五連隊において謀反の可能性あり、同連隊を征圧し、連隊長アラキ・ジュウゾウ大佐以下連隊幹部を拘束せよとの命令を受けた」

「そんなバカな!? 我らに叛意!? 何かの間違いでは!」

「その事については東部軍管区憲兵隊司令部がこれから調査する。貴官はこの場の指揮を執り、この場にいる者を食堂に集めよ。

 憲兵隊(われわれ)に抵抗する者は国賊であり、タカマガハラ皇国に反旗を翻す逆臣として処罰せねばならない。

 その場合、貴様らの父母兄弟姉妹は皆、逆賊の汚名を着る事になる。

 そのため、心して憲兵隊に協力してくれ」



 そう、言うや、憲兵達が誘導を開始する。

 その行為にオガタは拳銃を下げると、抱えていた少尉をそっと地面におろした。



「オシミズ少尉!」

「オガタ! 無断欠勤していると思ったらこんな所で何をやってるんだ?」



 オガタは肩の力が抜けるような思いがしたが、それを隠すように昨夜の出来事をオシミズに伝えた。



「そんな事が……。俄かには信じがたいな」

「そ、そうですよね……」

「だが、信じないわけにはいかないか」



 オシミズが振り返ると、そこにはオガタ達の同僚に付き添われたタケナガが居た。

 そしてオガタは自身の背後にいるタケナガに視線を向けると、放心して立ち尽くしたタケナガが居た。



「二人を軍医の元へ……はつれていけないか。そこの者は軍医の元につれていけ。えと、オガタ。こっちが本物だな?」

「え、あ、はい」

「この者をトラックにつれていけ。憲兵隊で保護するんだ」



 テキパキと指示をだし終えると、オシミズはこれまでの経緯をオガタに語った。



「参謀本部に行ったら、何故かアラキ大佐の叛乱の件が広まってな――」

「いや、貴方が口を滑らせただけじゃないんですか?」

「――――。ま、まあそれで、参謀本部から二十五連隊の制圧とアラキ大佐の拘束が命ぜられた。

 どうやら、先の大逆事件での事を懲りてか、怪しき者は捕らえよという方針らしい。それに現参謀総長閣下以下、陸軍幹部はみんな管制派だから一人でも多くの政敵(こうけんは)軍人を軍から始末したいんだろう」

「口を滑らした事は否定しないんですね」



 陸軍は先のクーデター事件のせいで敏感になっていたという事もあったが、自分達の派閥外の息の根を完全に止めるためにアラキを拘束する命令を出したという見方も出来る。

 どちらにしろ、反乱分子の排除と政敵の排除。この要件が重なったために陸軍参謀本部が迅速に動いたのだ。



「あぁ、後、ナイアラの事なんだが、知り合いの伝手を使って調べてもらっている。

 昨日はほとんど参謀本部に拘束されていたからアイツについてはまっとうな調査が出来なかったのが心残りだが、それでも奴を捕らえているんだ。ゆっくり取り調べよう。で、だ」



 オシミズはオガタを従えて歩きだす。食堂の前に行くと、そこには軍用トラックが一台、乱暴に停車しており、複数の憲兵が連隊の兵士を誘導していた。



「俺達はアラキ大佐の拘束に行くぞ」

「わかりました!」



 二人は並んで一昨日訪れた連隊本部に向かう。そこにはすでに二人の憲兵が立ち並んでおり、オシミズの姿を見ると所持していた短機関銃を両手で握り、天に銃口を向けた形の敬礼を行った。



「ご苦労。連隊本部の制圧はどうか?」

「ヤマネコ分隊が先行しております。自分達は分隊長より入口を見張るよう、命令されました」

「了解した。貴様はそのまま任務を続行せよ。オガタ、行くぞ」



 その言葉にオガタは頷くと少尉から拝借したままの拳銃を構えて前進する。

 だが、入って早々に憲兵が走ってきて「一階を征圧!」と告げた。



「現在、二階を征圧中であります。少尉」

「ご苦労。それじゃ、アラキ大佐を――」



 オシミズの言葉が終わらないうちに銃声が響く。立て続けに起こる銃声はどうやら、憲兵が所持している短機関銃のようだ。



「上には何人上がった!?」

「三人です!」



 弾かれたようにオガタが階段に足を向ける。だが、オガタがそれを上ろうとした時、上から崩れるように、何かから逃げるように二人の憲兵が駆け下りて来た。



「ば、化物だ!!」

「ダメだ! おしまいだ!!」



 オガタは逃げ出そうとする二人のうち、一人の肩に手をかけて落ちるかせる。



「大丈夫ですか!? もう一人、上に上がったのでは!?」

「ば、化物が出て、そ、そいつに――!!」



 恐怖に引きつった顔のその憲兵はなおも逃げようとするが、オガタはそれをなだめようとする。

 だが、恐怖から逃げ出したいその憲兵は短機関銃をオガタに押し付けるように渡すと、そのまま逃げ出してしまった。



「あ、ちょ!」

「もう、やっていられるか!!」



 オガタはその背中を見送ると、一度オシミズに視線を向ける。



「……二人で上を確認してきてくれ」



 オガタはその命令に抗議したかったが、軍隊における命令は絶対である。

 恨み言を心の内で吐きながら、拳銃を外套のポケットにしまうと、短機関銃を構えて階段を上る。その先にはちょうど二階の会議室から薄赤色の甲羅のようなもので覆われた生物――ミ=ゴが現れた所だった。

 その爪はすでに血で染まっており、ギチギチとミ=ゴは不気味に節々を動かしながらオガタ達に視線(・・)を向ける。



「な、なんだあれ!?」



 同行していた憲兵が驚きの声をあげると、ミ=ゴはゆっくりと二人の元に迫って来た。



「う、撃て!!」



 オガタがそう叫ぶと、短機関銃のトリガーを引く。

 眩い銃火と共に銃弾がミ=ゴの体を貫く。だが、弾が切れてもまだミ=ゴは二人に接近してきていた。



「弾! 弾を!」

「ま、待て!!」



 異形の怪物が迫りくる。憲兵は腰のポーチから湾曲した短機関銃のマガジンを引き抜くが、指が震えてマガジンを取り落としてしまう。



「う、うああ!」



 憲兵が叫びながら階下に逃げる。

 オガタは手早く落ちたマガジンを拾い上げて短機関銃に装填、撃鉄を起こす。

 そしてミ=ゴに短機関銃を向け――いや、その前に距離をつめたミ=ゴの腕が短機関銃を弾き飛ばした。

 その力強い一撃でオガタの手からすり抜けた短機関銃があらぬ方向に飛んで行く。オガタはポケットから拳銃を引き抜こうとした時、再びミ=ゴが鋭い鍵爪を振り下ろしてきた。



「うあ!」



 間一髪、オガタは右足を前に踏み出して体を横に開いた。そのためミ=ゴの凶刃が床に突き刺さった。



「喰ら――。うぇ!!」



 だがミ=ゴはもう片方の腕を横に薙ぐように振るい、それをオガタは反射的に倒れこむ動作でかわした。

 床に突き刺さった爪をミ=ゴが引き抜くと、ユゴスを支配者は床に倒れるオガタの上に覆いかぶさるように動いた。



「くッ!!」



 またもや振り上げられた腕がオガタの頭部を狙って振り下ろされた。

 風切り音を上げて振り下ろされたそれをオガタは首を捻る事で辛うじて避ける。だが、彼女の長い髪がミ=ゴの鍵爪によってザックリと斬られてしまった。

 おまけに切れなかった髪と床がミ=ゴの爪によって縫い付けられてしまったが為にそれ以上の回避は見込めない。オガタは回避を諦めてミ=ゴに向けて拳銃を構えた。

 トリガーを引く瞬間、ミ=ゴの頭部がオガタに近づき、そこについていた無数の触覚のようなそれがトリガーにかけていた右手の人差し指と絡み合い、トリガーが引けなくなった。

 拳銃を触手から引きはがそうと力を込めるが、万力で締められたようにビクともしない。

 そしてどれだけオガタが力をこめようともトリガーを引けず、代わりに反対の手で九四式拳銃のトリガーを引こうとしたが、触覚とオガタ自身の人差し指が邪魔で引けない。

 オガタの視界に禍々しい鍵爪を振り上げたミ=ゴが映る。



「こ、こなくそ! タカマガハラ国産拳銃を甘く見るな!!」



 触覚をはがそうとしていた左手を拳銃に添え、左手の親指でむき出しのシア(・・)を力強く押した。

 技術力の足りないタカマガハラ製のこの拳銃は銃本隊を小型化したのは良いが、そのために内部機構の一部が露出(・・)してしまっている。

 露出した部品に力を加える事で、オガタは拳銃を無理やり暴発させたのだ。

 発射された弾丸はそのままミ=ゴの頭部と貫き、体液がしたたり落ちる。



「まだまだ!!」



 オガタは立て続けに九四式拳銃のシアを押して暴発させる。マガジンに残った弾が切れるまで撃つと、ミ=ゴの体がゆっくりと傾いた。



「ぐ、潰れ、る……」

「おい、大丈夫――じゃないな!!」



 ちょうど階段を上って来たオシミズはミ=ゴの死体を見るなり、一気に顔色が悪くなった。

 だがその下に潰されかけているオガタを認めると、彼女の両腕を掴んでミ=ゴの下から脱出させた。



「ぺ、ぺッ。あの汁を飲んでしまいました……」

「大丈夫か? それより、コイツ、死んでいるのか? いや、なんだコイツ」

「これが先ほど話したミ=ゴです。ナイアラの話だとユゴスから来たとか、なんとか」

「俺はお前が何を言っているのか理解できない」



 まじまじと異形の怪物を見つめるオシミズは軍刀を抜いてミ=ゴの頭部に触る。だが、死んでいるのか、何の反応も無い。



「痛ッ! オシミズ少尉、か、髪が!」

「おぉ、すまん。だが、ばっさりいっちまったな」



 「顔に傷つかなかっただけましです」と言いながら起き上がる。

 オガタは体のアチコチをさわり、傷が無い事を確認すると立ち上がった。そして背後の髪を触る。

 大逆事件の際に出来た古傷を隠すために伸ばしていた髪は見るも無残に散切りになってしまっていた。



「あーもー。これじゃ傷が見えちゃいますね」

「傷?」

「あれ? 言ってませんでした? 大逆事件の時にわたしの居た分隊が首相官邸に突入したんですよ。その時に手榴弾を投げられて、そのせいで首の後ろを切っちゃったんです。跡が残るほどの傷で――って、それよりアラキ大佐を確保しないと」

「そうだな。だが、ん?」



 いぶかしむようにオシミズはオガタの背後に回りながら首を捻った。



「そんな古傷、無いぞ」

「――え?」



 オガタは自身の首筋に手を当てる。だが滑々としていて傷を確認できない。

 心臓の鼓動が速まり、呼吸が浅くなる。

 瞳孔が開かれ、冷や汗が噴き出す。


 その時、ガチャリ、という音と共に連隊長執務室の扉が開く。

 そこから小柄な体躯にダブルボタンの外套を着こんだ童顔の女性が出て来た。

 その手には不釣り合いな軍刀が一振り握られている。



「久しぶり、わたしの偽物」



 オガタ・ココロ一等兵の黒い瞳がニヤリと吊り上がった。


九四式拳銃は暴発させるもの。


この拳銃を暴発させる動画を見ていて、自発的に暴発させるシーンを書きたいと思っておりました。

そのため書き終わった私の顔はきっとドヤ顔だったに違いない。


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