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黒の兵科章  作者: べりや
15/19

虜囚

「大佐! お下がりください!!」



 アラキの背後より短機関銃で武装した兵士達がなだれ込んできた。

 大型の着剣装置がついたその短機関銃には誰もが銃剣を着け、横に突き出したマガジンが闇の中でも鈍く光っている。


 不思議な点をあげるとすれば彼らの動作が落ち着き払っている事だろう。

 確かにアラキに対峙しているのはオガタ達だが、アラキに控えるようにしているミ=ゴを見ても彼らは落ち着いているのだ。

 普通であれば人間に銃を向けるのではなく、異形の怪物に銃を向けるのでは無いだろうか?



「武器を捨てて投降しろ」



 中尉の階級章を付けた者がオガタ達にそう告げる。

 タケナガの目にはまだ反抗の色が浮かんでいたが、オガタはその銃口の数からすでに勝機は無い事を悟る。



「今は大人しく従おう」

「でも――」

「大丈夫。きっとなんとかなる。でも、今抵抗したらその奇跡だって起こせないよ」



 オガタは二丁の拳銃を床に置くと、それを滑らせるように兵士の足元に送った。

 そうしてゆっくりと両手を頭の後ろに組む。



「確保!!」



 中尉の命令と共に兵士達が距離を詰める。

 彼らはオガタ達を背後から押し倒すと、頭の後ろで組まれた手を縄で縛った。



「どうしますか大佐。生きて居ては面倒と愚考いたします。この場で銃殺した方がよろしいでしょうか?」

「いや、これも何かの縁だ。ミ=ゴの実験体にしてもらおう」

「なるほど。善きお考えです」



 アラキは邪悪な笑みを浮かべたままミ=ゴを一瞥する。

 しかし、すぐに顔を曇らせた。



「しかし、それでは――。……わかった。連隊で預かろう。だが、あまり時間は無い。

 ここまで兵士を集める事は出来たが、連隊内にも敵は多い。あまり時は稼げない。

 ……あぁ。そうだな。それだけの期間であれば大丈夫だろう」



 アラキはまるで一人で話しているようにミ=ゴに語り掛ける。

 その言葉を聞いた中尉は「こいつらを連れ出せ」と言った。



「……ここにいる全員、ドッペルゲンガーなんですか」

「そうだ。我らは大佐の賛同者だ。賛同者はミ=ゴから記憶を弄られる事無く、こうして貴様らのような輩を取り締まる事になっている。賛同しない者は本来であれば計画の露顕性を考えて処刑すべきなのだが、ミ=ゴの技術をもってすれば部分的に記憶を改竄できる――」

「中尉。喋りすぎだぞ」

「――申し訳ありません。大佐。では、こいつらを連行します」



 アラキがそれに頷くと、オガタ達を無理やり立ち上がらせて箱舟を出させた。

 その後は暗い林の中から軍用のトラックに乗せられてれ二十五連隊の兵営に向かう。そしてそこの営倉に入れられると、やっと静かになった。



「……やられちゃったな」



 オガタは誰に言うにでもなく、ただ一人呟いた。

 暗く、冷たい鉄格子で覆われた営倉。オガタの真向いにタケナガが入る牢があるが、どうやら営倉にはこの二人しかいないようだ。



「この後、どうなるのかな」

「……知らない。殺されるのか?」



 もっとも手っ取り早くオガタ達を処理するなら、それだろう。

 だが欠点として死体がでる。逆に言えばその処理さえ行えばもっとも簡単だ。



「ミ=ゴに頭をいじくられるのかな」

「おい、変な事言うなよ」

「まぁ、後は憲兵隊が助けに来るのを待つしかない、か」

「見込みはあるのか?」



 その言葉にオガタは黙った。その沈黙を受けてオガタは大きなため息をついた。



「いやさ、確かに敵地に乗り込むのは危険だと思ったけど、まさかアラキ大佐のシンパがあれほどいるとは思わなくて、分屯所の方にはなにも」

「それじゃ、憲兵は動かないのか?」

「……わたしの欠勤を怪しんで行動を起こしてくれる事に賭けるしか……」



 オガタの勤務態度は至って真面目だ。そのオガタが無断欠勤をすると言う事を憲兵隊がどう判断するか分からないが、それ以外に救援の道筋は見えてこない。



「どちらにしろ、今、出来る事は無いよね」



 オガタは冷たい床に寝転がると、外套越に冷たさが背筋から伝わってくるのを感じた。

 毛布くらい支給してほしい、とオガタは現実逃避するように寒さに想いを馳せてしまう。



「タケナガとこうして営巣に入れられるのは、前にもあったね」

「確かにそうだな。だけど、お前やクニキダが営巣に入る事はあんまり無かったな」



 オガタ達は現実逃避するために連隊であったアレやコレやを思い出してそれに花を咲かせる。

 そうしていると営巣の扉が開かれ、一人の伍長が怒鳴り込んできた。

 伍長の手には銃剣道用の木銃が握られており、使い込まれたそれが怪しく黒光している。



「こら! 静かにせんか!!」

「申し訳ありません!」



 反射的にそう答えが飛び出す。

 オガタは急に腹を押さえると、「伍長殿――」と切り出した。



「実は月の物がきていて、非常にキツいのであります。できれば軍医殿の所に行きたいのですが――」

「はッ! 大佐から貴様達の事は聞いている。

 そんな手でここから抜け出ようと考えたのなら片腹痛いわ!」

「伍長殿。月の物というのは本当であります。軍医殿の所にいけないのであれば、出きれば鎮痛剤が欲しいのですが。

 もしくは気を紛らわせるためにタケナガとの会話を許可してください」



 オガタの頼みに伍長は渋い顔をする。

 どちらにしようか天秤にかけているようだ。



「……鎮痛剤だな?」

「そうであります。あと、出きれば脱脂綿のような――」

「言わんで良い。くそ――!」



 このまま騒がれて営倉の外にその声が漏れる事を危惧した伍長は呪詛を吐きながら出て行った。それを見送ったタケナガが大きなため息をつく。



「次から次へとよく言ったもんだな。あんな嘘」

「それほどでもない」

「誉めてやる。で、どうする? 見張りは居なくなったんだろ?」



 タケナガはオガタがこの機に乗じて脱走するのだと思ったが、オガタは首を振った。



「いや、檻から出る算段が今は無いんだ」

「は? お前なに言ってんの?」



 行き当たりばったりすぎる。とタケナガは思ったが、その内容を考える参謀がここに欠如している事を思い出した。



「クニキダが居れば良い知恵を出してくれるんだろうが……」

「今頃、タケナガの実家だよ」

「言わんで良いことを――!」



 鋭い眼光を向けるタケナガにオガタは微笑を浮かべた。



「笑うなよ。いや、よくよく笑えないだろ」

「ん? そ、そうだね。不謹慎って言うか、なんて言うか……」

「お前、なんかおかしいぞ。大丈夫か?」



 オガタはまごまごと誤魔化しの言葉を述べるが、内心、どうして笑ってしまったのだろうと思った。

 いや、どうしてあんな黒い言葉を使ったのだろう。

 オガタの中で何かが変わろうとしていた。それはオガタ自身が初めて気がついた変化――今まで自然と積み重なって来たが故に気付けなかった変化とも言える。

 そう、オガタはどうしてドッペルゲンガーに固執したのか?

 危険と分かっていてまで禁域である箱舟に近づいたのか?

 全てを思うと、ナイアラが現れ、そしてオガタはそれを種火にしたように変わり始めた。

 そして何より、オガタは自覚した事で自身に違和感を覚えた。

 どうしてアラキを撃った罪悪感よりも先にこの事件の行方について心配してしまったのだろうか、と。



「おい、持って来たぞ」



 だが、オガタの思考は伍長の言葉によって乱されてしまい、まとまる事は無かった。

 オガタは礼を言いつつ、それを受取ろうと手を伸ばす。その手に伍長が紙袋で包まれたそれを渡そうとした瞬間、オガタは伍長の手首を掴むと力任せに引き寄せる。そして一気に伍長の首を抑えると、そのまま鉄格子に強打させた。


 まさに油断していた伍長はその早業に対応しきれず、したたか顔面を鉄の棒に打ち付け、視界に星が飛び散るような思いをする。

 オガタは手首を掴んでいた手を放すと、固い握り拳を作って伍長の顎を強打した。

 突き上げるようなその一撃は顎から脳を大きく揺らし、伍長から正常な判断能力を摘み取る。



「……そんな技、柔道であったか? それとも憲兵隊に行くとそういう技を教えられるのか?」

「うーん。ちょっと何言っているかわからないや」



 近接戦闘のための訓練として武術が取り入れられているタカマガハラ陸軍ではあるが、オガタは反射的に行動しただけで、特に訓練の賜物と言った事ではない。

 オガタはどうして反射的にそう動けたのかと思ったが、それよりも伍長の体を檻まで引きずって近づけると、腰についていた鍵束を手に取った。



「えーと、どれかな? お、開いた。開いた。あ、伍長殿。失礼します」



 オガタは自身の牢を出ると、代わりにそこに伍長を押し込んだ。そして鍵の束をタケナガに投げ渡すと、彼女は伍長の軍服を脱がせに掛かった。



「おい、何やってるんだ?」

「タケナガの服装は連隊内だと目立っちゃうからね。伍長殿のと交換しよう。

 わたしはこれでも女だから、手早くやってね」



 オガタの言葉通り、タケナガの服はオシミズから借りた私服だ。軍隊という服装の規定のある空間ではタケナガの恰好は浮いてしまう。

 そのタケナガが牢から出ると、渋々と言ったように伍長の身ぐるみ剥ぎに加わった。



「タケナガの服で伍長の手足を縛ろう。布が余れば猿轡もしたいんだけど」

「ようやるわ」



 賛美とも、呆れともつかないその声にオガタは苦笑を浮かべる。

 そして二人は無事に軍服を手に入れ、伍長に猿轡をつけて縛り上げると、営倉を出た。



「なんかなぁ……。これって俺達の方が悪役なんじゃ?」

「それよりここは自然に、自然に――」

「おい! そこの上等兵!!」



 流れるように営倉を出た二人であったが、これまた急に呼び止められてしまった。

 振り返ると如何にも古参という体の軍曹が肩を怒らせて近づいてくる。



「上等兵、貴様――」

「はッ! なんでありましょうか」

「貴様、軍帽はどうした?」



 オガタは慌てて頭に手を乗せると、そこにはかぶっていたはずの軍帽が無くなっていた。

 そう、昨夜、拳銃を向けるアラキに目くらましのためにオガタは軍帽を投げている。

 そのままそれを回収できずにいたのだ。

 そして軍から支給された物品の一つの軍帽を紛失したという事はその態度を疑われても仕方がない。おまけに箱舟で見つけたアラキのノートも没収されていた。

 まさに踏んだり蹴ったりだ。



「い、いえ、その――」

「まさか失くしたとは言わんだろうな?」

「ぐ、軍曹殿。この者は憲兵分屯所の補助憲兵で、先の不明機捜索について連隊と協議に来たそうであります」



 タケナガは軍帽を目深にかぶり、軍曹にそう言うと、軍曹はいぶかしながらも、それに納得した。



「補助憲兵? そう言えば見たことある面だな」

「ご無沙汰しております。二十五連隊、第一大隊、第三中隊に居たオガタ・ココロであります」

「あぁ、あの射撃の上手かった奴か。覚えているぞ。だが、憲兵でも軍帽を着用するだろ。それに軍の命令で来ているのなら、命令書はどこだ? 手ぶらのように見えるが」

「命令書につていてはすでに上官殿に渡してあります。軍帽は、その、衛兵所に」

「どうして?」

「じ、実は私服で来ていたので、連隊の知り合いに軍服を借りたのであります」



 憲兵はその職務上、内偵などの仕事のために軍服を着用出来ない任務もある。そのために服装や髪形が自由という、軍隊内にしては珍しい規定が存在している。

 それが功を促したと言えるだろう。



「そうか。だが、いくら任務中とは言え、軍服の着用は気を付けろ」

「ハッ。以後、気を付けます」



 ビシリとした敬礼に軍曹は答礼を返すと、そのまま去って行った。



「はぁ……。死ぬかと思った……」

「まったくだ。軍帽の調達は――無理か。せめて外套のフードを被れ」



 オガタは言われた通り、外套のフードを深めに被るとゆっくりとした足取りで歩き出す。

 だがその方向は連隊の入り口では無い。



「で、どうするんだ?」

「まず連隊を出ないと。でも、歩哨が居るから門からは抜け出せないだろうね」



 歩哨を立てる意味は外部からの侵入者を防ぐという目的もあるが、中の者が脱走しないように見張りをするという意味もある。

 外に出るのであれば歩哨を懐柔しなくてはならないが、その歩哨がアラキの新派であった場合は目も当てられない。



「確か、食堂の裏手に穴の開いた鉄柵があったよね」

「あぁ。何度か使った事あるな」



 それは老朽化のためか、連隊を囲う鉄柵の一部が食いちぎられたように破孔となっていた。

 門から出られない、訳ありの者が夜な夜な連隊の外に出るための隠し通路。

 本来であればすぐに補修されてしまうものだが、その利用者が多いせいか、当時連隊長だったヤマナカ大佐の計らいで中々補修されないでいたのだ。(噂ではヤマナカも利用しているとか)

 二人は目立たない様に普通に歩こうとするが、心が急いて歩みが段々を早くなっていく。そのたびに互いに注意しあうのだが、それでも早足になる。

 そのサイクルを繰り返してようやく食堂が見えて来た。周囲には昼食の時間なのか、兵士達が続々と集まりつつある。



「人が多くなってきたな。気を付けろよ」

「タケナガこそ。タケナガも――」

「ん? 呼んだか?」



 二人の動きが止まった。その声はまぎれもなくタケナガの声だ。

 決してアラキの新派では無い。

 そう、この連隊には――。



「タケナガ!」



 オガタが振り返った先には、彼女の同期である男が、そこに居た。


ドッペルゲンガーに出会ってしまった人は不幸な最期を遂げると言う。


ちなみに友人や家族が私のドッペルゲンガーが市内で時々目撃しているので、未だに地元暮らしな私としてはそろそろ出会わないかと思ったり。

小説の更新が止まったらそういう事だと思ってください。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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