アラキ・ジュウゾウ
「こうなる気はしていた。ん? あの少尉はいないのか。まぁ良い。そこの上等兵。その拳銃を左手の親指と一指し指だけで持て。ゆっくりとだ」
アラキは拳銃を突きつけながらオガタに命令する。
オガタは逡巡こそすれ、今から拳銃を構えなおしてアラキより早く、そして正確に銃弾を撃つ事は不可能だと判断した。
そのためアラキに言われた通りゆっくりとした動作で拳銃をつまむように持つ。
「床におけ。そっとだ」
オガタは苦渋の顔色を浮かべるが、それでもゆっくり腰をかがめながら拳銃を床に置こうとして、途中で手を滑らせた。
手元から離れた拳銃を目線で追うアラキを見たオガタは弾かれたように駆け出してアラキとの距離を一気に詰める。距離にして五メートル。オガタにとってその一メートルを、一センチを詰める時間が引き伸ばされたように長く感じる。
それでもオガタは小さく弧を描きながら走った。
アラキはその突然の挙動に驚いたが、すぐに拳銃を構えなおしてオガタに照準を合わせようとする。
「喰らえ!!」
だが、アラキの視界の端にタケナガが床に転がっていた金属ケースを持ち上げて投げようとしているのが見えた。
アラキはどちらに対処すべきか一瞬悩む。だがオガタにとってはその一瞬で十分だった。
オガタは距離を詰めると軍帽をアラキの顔にたたきつけるように投げたのだ。
帽子はアラキの視界を遮り、さらに反射的に彼はそれを払いのけようとしてしまう。
その隙をついてオガタはアラキの懐に飛び込むと彼の握る大型自動拳銃手を腕ごと絡めるように脇に抱える。
「くっ! は、放せ小娘!!」
「童顔なだけで娘と呼ばれるほどではありません!!」
「動くな! 拳銃を捨てろ!!」
オガタがアラキの腕を拘束しているうちにタケナガは金属製ケースの投擲をすっぱり辞めて床に転がっていた九四式拳銃をぎこちなく構えながらそう言った。
アラキは依然と腕に力を入れていたが、ついに拳銃を握る手を緩め、拳銃を床に落とそうとするが、オガタはそれをスルリと抜き取るように掴むと、すぐにアラキの下を去った。
「形勢逆転だな」
「油断しないで。ちゃんと拳銃を構えていて!」
オガタの鋭い声に銃口をアラキから外そうとしたタケナガは緩んでいた気を引き締める。
もし、アラキが拳銃を脅しのためだけに使用していて、弾丸を装填していなかったら?
タケナガの持つ拳銃の射線から外れた瞬間にアラキが何かをしてくるかもしれない。いや、アラキだけではなく、その背後に控えるミ=ゴがなんらかの行動を取る可能性だってある。
今はアラキに拳銃を向ける事で人質のようにしているだけにすぎないのだ。
「弾丸は……。入っているね。アラキ大佐。ミ=ゴを下がらせてください」
オガタはアラキの自動拳銃のスライドを引いて弾丸が装填されている事と安全装置が外れている事を確かめるとタケナガと共に拳銃をアラキに向ける。
「フン。ミ=ゴを知っているか。昨日、連隊に来た時から何か妙だと思っていたが、そうか、ナイアラだな? この事を知っているのはナイアラ以外に居ない。そうなると奴が憲兵に垂れ込んだか」
「話が早くて助かります。でも、詳しい話は分屯所にて聞かせてもらいます。今は無駄な抵抗を辞めてください」
「あいつめ。あの忌々しい記者め。あの軽薄な笑みを思い出しただけで腹が立つ」
「アラキ大佐! 人の話を聞いていますか!?」
「うるさい! 兵隊風情が人を語るな!! 貴様らはただの駒だ。士官とは駒を統率する人間であるべきなのだ。
ならば駒が人を語るな!!」
怒り狂ったようにそう叫ぶアラキにオガタは彼が正気では無いのでは? と思った。
だがすぐにナイアラは動きを止め、ゆっくりと両手を上げる。
「まさか実験体にこうもやられるとは思わなかったな。これもそれも海軍の連中が悪い」
「海軍?」
「タケナガ! 聞き返しちゃいけない!」
だがオガタの忠告虚しくアラキは滔々とそれに答える。
「そうだ。一時的にこの地のサンプルを手に入れたミ=ゴ達がそれを持ち帰るために箱舟で飛び立った時、運悪く海軍機と出くわしたのだ! そしてあろうことかこの英知の結晶である箱舟を攻撃してきた。
緊急事態故に擬態して着陸したと連絡が来た時には冷や汗をかいた。その上、緊急着陸のせいで検体が逃げ出したと聞いた時の焦りと言ったらない。それこそあの大逆事件の朝を思い出すようだった」
「静かにしてください! アラキ大佐!」
だがアラキはオガタの制止を振り切って滔々と語る。
その行いの意味はなんなのだろうか? 観念したがために全てを白状しようとしているのだろうか?
「駒であるお前たちにミ=ゴの秘術の意味を理解する事は出来まい!! だがな、これは来るべき世界最終戦争において我ら皇国が勝利を収めるために必要なのだ!! 工業力で、人口で、資源で負ける我が国が名高る列強を屈服せしめ、世界を統一するにはこの技術が不可欠なのだ!」
「……何を言っているんだ?」
タケナガの言葉はオガタの内心を代弁したものだった。
アラキの話す荒唐無稽な言葉にオガタ達は彼が錯乱しているのではないかとさえ思ったほどだ。
「アラキ大佐を拘束しよう」
「分かった。だが、あの化物は?」
そう、未だに二体のミ=ゴがアラキの背後に控えている。
今のところはなんの行動も無くただ静かにたたずんでいるだけだが、いつ攻撃してくるか分からない。
「とにかくアラキ大佐を拘束しよう。わたしのベルトを使って手首を縛りあげれば良いかな?」
「それじゃ、俺が縛る。拳銃の扱いはお前の方が上手いからな」
オガタはミ=ゴに視線を向けたまま外套の上に付けた革のベルトを外す。それをタケナガに渡すと、今度はタケナガが手にしていた九四式拳銃をオガタに返した。
「動くなよ。それと、後ろの化け物! お前たちも動くな!! 動いたらコイツの頭が吹き飛ぶぞ!!」
果たして人質という手がミ=ゴに通じるか分からないが、タケナガは恐怖を振り払うようにそう大きな声で告げた。
オガタはアラキから奪った大型自動拳銃をしっかり握ってアラキに照準を合わせる。
「アラキ。こっちに来い。それでゆっくり両膝を床に突け」
タケナガの声に雄弁に演説をしていたアラキは不快な顔をするが、言われた通りゆっくりと歩み寄ると床に膝をついた。これでアラキは抵抗するにしても立ち上がるというモーションをしなければならなくなった。
行動が遅れればそれこそオガタ達が反撃できる。
「フン。こんな事をして、すぐに後悔するぞ」
「それはこっちのセリフだ。勝手に拉致って、偽物を置いて、それで気が付いたら一年経ってんだ。
その罪は償ってもらうぞ」
「罪? 何を馬鹿な。これだから駒は駒にすぎないのだ」
「アラキ大佐。口を閉じてください。階級は上でも、現状を認識したらどうです?」
「バカバカしい。先ほどまで日記を読んでいただろう? 失くしたものとばかり思っていたが、こんな所にあったとはな」
アラキの言動にオガタは眉をよせる。
日記が拳銃を突きつけられている現状を変えるとでも言うのだろうか? そうオガタは思った。
「ならば教えよう」
ニヤリとアラキが笑うと、腕を拘束しようとしていたタケナガに飛び掛かった。
「タケナガ!!」
オガタは反射的に引鉄を引く。放たれた銃弾はアラキの左肺を射抜き、盛大な血しぶきを上げた。
「う、撃っちゃった――」
タケナガを守るための行動とはいえ、この事件の重要参考人であるアラキを銃撃してしまった。
オガタは銃口を下してアラキの元に駆け寄り、傷口に手を重ねて出血を止めようとするが、とめどなく血があふれ出す。
アラキの顔は段々と蒼白になり、そして満足そうな笑みを浮かべたままこと切れた。
「こ、殺しちゃった――!」
「だ、大丈夫だ。正当防衛だし、それにその日記を見せればアラキに叛意があったって事が証明できる。それにコイツは俺を襲って来たんだ。警告もしていたし、気に病む必要は――」
「え? 気に病む? 違う、違う。ミ=ゴ達はアラキに付き従ってるんだろ? なら、アラキの居なくなった今、どうなるんだ?」
「そっちかよ!」
タケナガが素っ頓狂な声を上げるが、確かにミ=ゴの動向も気になる。
一体は倒せたが、すでに乏しい銃弾で二体のミ=ゴと戦えるだろうか? それに相手はこの部屋に通じる階段に陣取っているのだ。逃げる事も、不可能と言える。
「どうしよ……」
「どうするもあるか。こうなりゃタカマガハラ魂を見せてやる!!」
タケナガはやけっぱちになったように言うが、オガタとしてはミ=ゴ達がいる階段以外の階段は無いものだろうかと後方を振り返りたい誘惑にかられるが、それをするとミ=ゴ達を視界から締めだす事になる。その危険性を考えるとそれも出来ない。
そのためオガタはアラキの腰についているホルスターから大型自動拳銃の予備マガジンを探す事にしたが、それは見つからなかった。
「そう、気を病む必要はない」
その声に二人はミ=ゴ達の居る通路に視線を向ける。
そこにはきっちりとした軍服をまとったアラキが居たのだ。
「え? あれ? え?」
「嘘だろ。な、なんでアラキが――」
目の前で冷たくなりだした躯を晒すアラキ。そして眼前に立ちはだかるアラキ。
間違いなく二人はアラキだった。
「ドッペルゲンガー!」
「ドッペル? あぁ、ナイアラの言っていた世迷言か。
下らん。複体? 本物か偽物かだと? 実に下らん。
そもそもそんな些細な議論をする段階では無いのだ。
この技術があればタカマガハラの武士は死を克服できる。
死んでも、死ぬ前の記憶が、意識があるのだ。死を恐れる必要が無くなる。
知っているか? 一人の戦闘機搭乗員を育成する時間を。知っているか? 一人の兵士にどれほどの金がつぎ込まれているかを。
有限の時とタカマガハラ臣民からの血税。その二つを受けてこそ最強の兵士は作られる。
しかし、どれほど腕を上げようとも限界はある。多くのモノを費やして育てた兵士もいずれ死ぬ。
そうなれば今までつぎ込んできたモノ全てが無へと帰するのだ。
それ故に死んだ者を代参する者が必要になってくる。しかし、新たな兵士が出来上がるのを敵国は待ってはくれない。いずれ国力の差を背景に敗れる時がしてしまう。
だが、この技術があれば戦死した兵士を複製する事で錬度の下がらない最強の軍隊を維持できる。
その兵士を無限に作り出せれば、戦争は根底から変わる。
工業力の差も、人口の差も、資源の差さへも凌駕し、そして世界最終戦争の暁に勝利を収めるのはこのタカマガハラ皇国なのだ!!」
オガタとタケナガはただ黙ってアラキの話を聞くだけだった。
ドッペルゲンガーの戦争利用。オシミズもそういう事を言っていた。
確かに戦死する事の無い兵であれば、それは最強の兵士だ。
だが、人倫はどうなのだろうか? 戦死したその人とドッペルゲンガーとして置換された者に違いは無いのだろうか?
だが、置換されたその人も本物とまったく同じであったら?
本物と寸分違わぬ偽物。それはすでに偽物と言えるのだろうか?
オガタとタケナガは人知を超えた出来事に方針してアラキに拳銃を向けさえしない。
ただ、オガタは眼前に横たわる死体と高笑いを浮かべるアラキに視線を向け、思った。
どうしてこうなってしまったのか、と。
「フン。戦意が萎えたか。それでもタカマガハラ軍人なのか? オガタ上等兵」
突然、オガタの名前を言ったアラキは邪悪な笑みを浮かべてオガタ達の反応を見ている。
オガタはどうして自分の名前が呼ばれたのかと意識の片隅で思うが、意識の大部分は狂気的な今のために活動が停止していてその理由に思い当たらない。
「さて、そろそろ時間か。中身が無いとはいえ、兵相手に無駄話をして時間を稼ぐというのもまた、難儀だな」
アラキがそう呟くと、突然闇を裂くようにラッパの音階が響いた。
規則正しい符丁。その符丁をオガタとタケナガは知っている。連隊暮らしで骨の髄まで染み込んだ音階に二人は顔を見合わせた。
「信号ラッパ? 集合の号令か?」
「どうして集合の号令なんか――!?」
すると別の符丁が響き、それにつられて何か声が聞こえて来た。
アラキが箱舟と呼んだこの館の壁はその声をぼかしているが、順繰りに叫ばれる声は番号を呼んでいるように規則的に聞こえてくる。
「くくく。我が神兵が集まっただけだ」
「我が、神兵?」
そう、アラキの言った通りこの建物――箱舟の外には短機関銃で武装した兵士達が整然と整列し、点呼の声を上げているのだ。
「そうだ。二十五連隊の精兵百人がすでに展開を終えたのだ。降伏しろ。拳銃を地面に置いて両膝を床に突け。我に仇なす、反逆者め」
アラキさんは人倫よりも軍備云々を優先させる感じの人です。
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