探索
オガタは足についた不快なそれを拭うように床に擦りつけた。
その床は文字通り見たこともない材質でできており、石とも金属ともつかない物だった。
「おい、いつまで気にしているんだよ」
「タケナガこそ、それ借り物なんだろ?」
タケナガの和装を見やるオガタに彼は大きなため息をついた。
「化け物の汁がついたり、化け物に破かれたりで、もうそういう事は考えたくない。
とりあえずアラキの野郎に請求してやる」
自分の服ではないんだけどね、とオガタは思ったが、思っただけに止めた。
オガタ達が進入したあの透明な壁の中は外周を取り囲むように一本の通路が続いており、明かりが無いために暗かった。
「……。やっぱりだ」
「やっぱりって?」
「オレが監禁されていた場所だ」
その言葉にオガタは身を堅くする。
それはつまりミ=ゴとアラキが直接会っていたというタケナガの話からここが敵地である事に気がついたからだ。
敵地の真っただ中。それも武装は拳銃が一丁で弾丸が六発と来ている。
「引き返した方が良かったかな……」
「今更だな……」
二人は何かあれば全力で逃げる事を確認しあうとゆっくりと歩を進める。
懐中電灯をせわしなく動かして進むと手すりの無い階段が現れた。
それは上へと続いており、壁の円周に合わせたカーブを描いている。
「すげー不気味だな」
タケナガの言葉通り、光源が懐中電灯だけということもあり、闇の奥から再びミ=ゴが現れやしないかと不安を駆り立てさせた。
そのため二人の足取りはどうしても重くなる。
「わたしが先に階段を上るよ」
「わかった。無理するなよ」
オガタは深呼吸をすると懐中電灯と拳銃を平行に持ち、射線上が明るくなるようにすると一気に階段を駆けあがった。
素早く拳銃を二階に走らせると、これまた一本だけの通路が広がるだけで何も居ない。
「大丈夫。何も居ない」
「……間違いない。ここも通った覚えがある」
オガタは隙がないように拳銃を構えたままゆっくりと通路を進む。
それに併せてタケナガも後方を警戒しながら進むと、通路の中程で先ほどの入り口のような扉を見つけた。
「これ、中に入れないかな?」
「どうやって? ノブや取っ手も無いぞ」
扉の前で右往左往する図というのはどこか奇々怪々としていたが、当人達はそれに気がつかないのが救いと言えよう。
だが、その内、オガタが扉の一端にさわると、扉は音もなく開いた。
「おぉ!」
「気を緩めるな! 何がいるかわからん」
なんの兆しもなく開いた扉にオガタが感嘆していると、タケナガがオガタの頭を軽く叩いた。
それに気を取り直してオガタは拳銃を先頭に室内に入る。
部屋の中央には手術台のような物が二つあり、その周囲には見たこともない機器が鎮座していた。
「何ここ?」
「……オレが拘束されていた場所だ。
こう、あそこらへんに化け物とアラキが居て、あの台に縛られたオレを見ていたんだ」
その言葉にここでドッペルゲンガーが作られていたのかと思ったオガタは身震いをした。
この部屋で自分とまったく同じ存在を作り、野にはなっていた。そう思うとどうしても不気味さが全身を駆ける。
「でも、台以外に何もないね。手術道具とか……。複体――もう一人のタケナガを奴らが創ったのなら、それ相応の道具がいると思うんだけど」
「あの爪で刃物が持てるか疑問だけどな。それに奴らがどうやって偽物を創っているかなんて考えたくない」
その言葉に一理あると感じたオガタは部屋の探索を終えると再び通路に出た。
「あの部屋にはアラキ大佐に関する物も無かったね」
「本当に手術室だったのかもな。そもそもあの蟹みたいな奴らがアラキに関する何かを持っているかどうか事態怪しいものだけど」
オガタはタケナガの言葉に頷いてから、また探索を始める。
クルリと曲がった通路を進むと再び階段が見えた。
どうやら一本の通路と階段、そして何かしらの部屋がある構造のようだ。
「これ、何階建てなんだろ?」
「さぁ? 無我夢中だったから、覚えていないな」
二人は先ほどと同じようにオガタを先頭に階段を上る。
拳銃の銃口が三階に向くが、そこには誰もない。
「物静かだし、ここには生き物は居ないのか?」
「タケナガが見たミ=ゴは一匹だったんでしょ? アイツだけだったのかな?」
オガタは完全に銃口を下に下げて探索を始める。
確かにオガタ達以外の物音のしないこの建物に敵が居るとは思えなかった。
それでも二人は警戒心を抱きながら通路を進むと、二階と同じような扉を見つける。
「憲兵殿。先ほどのように頼みます」
「頼むって……。えと、こ、こうかな?」
オガタは先ほどと同じように扉の一端に触ると扉が勝手に開いた。
「さっすが!」
「どんなもんだ」
オガタは意気揚々と拳銃を向けながら室内に入る。
そこは先ほどとは違って扉の幅と同じ通路が室内に続いていた。そこをまっすぐ進むと円を描いたスペースに出る。
「なんだここ。壁一面に四角い扉がついてる……」
「ここはオレが目を覚ました場所に似ているな」
「って事は、この中に人が――!?」
オガタは試しにその扉に触ってみるが、動く気配は無い。
「ダメだ。何も起こらない」
「拳銃で鍵のような所を撃つか? いや、ダメだ。貫通して中の奴を傷つけるかもしれないし、何よりも弾丸が足りない。無駄撃ちはできないか」
「そうだね。またミ=ゴに襲われるかもしれないし、ここで弾丸を消費するのは避けたいかな」
そのため二人は他に何か無いかと探索を続ける。
わかった事と言えばその扉に何かしらの文字のような記号が書かれているのに気がついた事くらいか。
「これ、なんだろ?」
「中身について書いてるんじゃ無いのか? まったく読めないけど」
「タケナガもか。わたしの学が無いせいかと思っちゃった」
「高等小学校を出ただけだ。オレが知らないだけかもしれない」
二人はどうせ読めないと思うと文字を解読する事無く室内を探す。
しかしこれと言った物は出てこない。
「何もないね」
「うーん。何かあると思ったんだけどな」
二人は三階の探索を終えると、続いて四階に上る。
そこは今までと違って円形の部屋が広がっていた。
通路は無く、ただ広々とした空間。
懐中電灯がその空間の闇を切り裂こうとするが、広々とした空間に懐中電灯二本では物足りない。
二人は注意深く懐中電灯を振りながら階段を上りきる。
そこでタケナガは冷たい夜風の流れを感じた。
「ん? 風?」
周囲に視線を向けると壁の数カ所に穴を見つけた。
それは外側から何かに突き破られたように開いている。
「おい、オガタ。これを見ろ」
「ん? これは……」
その周辺を照らすと他にも傷が複数ついている。その傷は一直線の列を作っていた。
「これ、もしかして機関銃に撃たれたのかな? 演習場で機関銃分隊が撃った金属版と同じような形をしてる」
「奇遇だな。オレもそう思った。
軽機関銃や短機関銃じゃないな。重機関銃にでも撃たれたのか?」
しげしげと穴を観察する二人はそこで、どうして撃たれたのか? という疑問を浮かべた。
まず、機関銃の弾痕があったと言うことは機関銃で撃たれたという事だ。
だがアラキとミ=ゴが結託しているのだから二十五連隊の機関銃が使用されたとは思いにくい。
しかし、この付近で重機関銃を装備している陸軍部隊は二十五連隊くらいしかない。
そう、陸軍には無い。
「……海軍の不明機!!」
オガタはそこで海軍航空隊が攻撃した不明機について思い出した。
そう、確かに海軍の航空隊は不明機と空戦をした。つまり空戦をしたと言う事なら航空機に取り付けられている機関銃が撃たれているはずだ。
「不明機? こんな円柱状の奴が?」
「海軍の報告だと翼が無くて、葉巻状――飛行船のようだったって。円柱の形をしているし、その特徴に似ていると思う」
「でも、こんな形の物体が空を飛ぶのか?」
「わからない。でも、なんて言うか、あの化け物――ミ=ゴを見たでしょ?
もしかするとわたし達の概知の外にいる、名状しがたきモノ共なら、これを飛ばせるんじゃない?」
その言葉にタケナガは黙っていた。いや、思考が全然追いつかないために黙らざるを得なかった。
「つまり、アレか? 海軍の連中はこれを敵機と思いこんで攻撃した?」
「うん。それで、透明になってやり過ごしたのかな? まあ、攻撃されて、緊急的にここに着陸した? そう言えば三日前に不明機と遭遇して、タケナガも三日前にここを出た。
数字が一致する」
「――なんだか、頭がどうかしそうだ」
クラクラする頭を押さえたタケナガが壁に寄りかかる。
だがタケナガは軽く頭を振ると再び捜索に乗り出した。
すると、すぐに階段を見つけた。さらに上に行けるようだ。
その階段を上るとそこは先ほどのスペースとは違い、雑踏としていた。
金属性の円柱のケースのような物が所狭しと置いてある。
「……なんじゃこれ」
「さぁ? そういえばミ=ゴは地球で鉱物を集めているとか言っていたから、それじゃない?」
ナイアラの知識で言うならそれだろう。
だがオガタは何か、本能的にその中身を見てはいけないと感じた。
だが、逆に見てはいけないと言う戒め故に見たくもなる。
禁忌に手をかけてみたいという衝動に駆られるが、タケナガがズンズンと前に進んで行ってしまったためにその欲求はすぐにしぼんでしまう。
「おい、これ、なんかあるぞ」
タケナガの声に、彼が照らす先に一冊のノートが落ちているのをオガタは見つける。
そのノートを手に取ると、どうやらそんなに古いものでは無いように感じた。
「……日記?」
鉛筆であったり、万年筆であったり、筆記用具の違いはあれど同じ筆跡で書かれている。日記の最初のページに書かれた日付には照和十一年の十二月から書き始められていた。
「これ、アラキの日記じゃないか?」
日記の一番初めには『新しい任地に着任』と書かれている。
ページをめくるとそこには確かにアラキと思われる者が書いたと思わしき事が津々浦々と書かれていた。
とくに出世街道である参謀本部から地方連隊に左遷された事への呪詛が一ページを使って延々と書かれている。
「間違い無さそうだね。ん? この着任から四日後の所。ナイアラという記者に会うって」
オガタはその名前に反応すると、その項目を注意深く読む。
どうやら雑誌『冥王』の記者が二十五連隊の取材に来て、それがナイアラだったらしい。
そしてナイアラの紹介でミ=ゴと出会い、そして二十五連隊の演習場の一角でミ=ゴが鉱物収集を始めたらしい。
その折にアラキはミ=ゴの持つ高度な科学技術に見せられた。
「『照和十二年一月四日。素晴らしい。ミ=ゴは皇国一千年の歴史を守るために天より遣わされた使者に等しい。
彼らの存在を知れば知るほど天孫降臨が真実であった事に違いは無いと思われる。
とくに混沌に広がる闇そのものである古のものを北方から駆逐してかの地を平定する様はまさに建国神話を彷彿させる』
なにこれ? 気でも狂ったのか?」
「狂っていないとこんな物書けないだろ。で、続きは?」
「『ミ=ゴとの対話において彼らの優れた外科手術を目撃す。どうやら体の一部があればそれを元に肉体を複製できるそうだ。
しかし体の一部からでは体しか複製出来ない。つまり我々の持つ意識までは複製出来ないと言う。
これは脳が経験や知識を蓄える為、日々、変わりゆく――後天的に変質を遂げる器官だからであり、後天的に出来た傷を再現出来ないのと同じである。つまり脳を含めた人間であれば脳の形状を精査して複製が出来ると言う事である。
ここまで書いたが、疑わしい事に変わりはない。本当に複製できるものなのだろうか?
百聞は一見に如かず。連隊の兵士を使って実験する事を決める。もし、本当に可能なのであればこれは戦争を根底から覆す事になる。
既存の戦略、戦術が根底から崩れる事になる。そして忠国の志士は死ぬこと無く、永久に生きる愛国者が皇国を守護する。
ふと、帝都に居た頃に呼んだ世界最終戦争という論文を思い出す。このような永遠の兵士こそこの戦争に必要不可欠な存在であるように思う。
とにかく明日、検体を集める。』」
その項目にオガタの手は止まった。
タケナガも固唾をのんでそのページを見ている。
「それでタケナガが捕まったのか……」
「――ん? いや、俺が気絶させられたのは九日だ。日記だと四日になっている」
オガタはその数字の不一致から少なくとももう一人、アラキの検体にされた者が居る事を知る。
逸る気持ちでページをめくると、検体を手に入れたの文字が目に入った。
『検体を手に入れた。
彼らも時間がかかると言っている。しかし、これが成功すれば再び中央に返り咲く事は容易いだろう。また脳を精査して複製が出来るのであれば脳をいじり、勇猛果敢な戦士にする事も可能と思われる。
これらの兵士で参謀総長の椅子に胡坐をかく管理派軍人や財閥を処断し、陛下御自ら親政を行われることで照和維新を敢行する事で国を刷新することが出来るだろう。ぬか喜びにならぬ事を祈る。
書棚から帝都に居た頃、集めた論文集を探した。閣下の先進的な考えには唸らされる。』
それから先にはこの実験の成功とさらなる検体を求めている旨が記され、九日の項目にはタケナガらしき男を実験に使ったと書かれていた。
「マジかよ……。国の刷新? 要は派閥争いかよ」
脳を弄る。確かにそれは良い兵士を作るだろう。
命令に従順に従い、戦死しても代わりの居る兵士。つまり死ねまで戦えと命令されれば死ぬまで戦い、戦死しても同じ兵士を投入できる。
それは戦争を根底から変える。いや、それだけではない。この世すらも変えてしまうだろう。
「――。これは押収しよう。これを筆跡鑑定すればアラキ大佐に逆心を抱いている事を証明できるかもしれない」
「わかった。それじゃ、帰るのか?」
「帰ってもらっては困るな」
その声にオガタ達が振り向くと、二匹のミ=ゴを従えるように立つアラキ・ジュウゾウが居た。
アラキは腰のホルスターから大型の自動拳銃を構えてゆっくりと口角を吊りあげる。
「お帰り。検体ども」
物語も突き進んできました。
ちなみにミ=ゴは自力で宇宙に出たり、宇宙空間を航行できるので、原作にはこの透明な建物は出ません。完全なオリジナルです。
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