聴取
オガタはナイアラを分屯所に連れていくと、彼はまさに役所に来たように大人しく従った。
「ほうほう。ここが取調室ですね」
「……余裕なのも今のうちですよ。憲兵隊の拷問はそんなに優しいものではありません」
だが、オガタにはナイアラに何をしようと、決して口を割らないという確信めいた予感があった。
「しばらくはうちの拘置所に暮らしてもらいます」
「それで、オガタさんはどうされるのです? わたくしの拷問を担当してくださるのですか?」
オガタは露骨に顔をしかめると、それを無視して取調室の椅子に腰を下ろした。
オガタとしてはナイアラの拷問をしたくないと言うのが本音だ。そもそもナイアラに関わりたくないとさえ思い始めていた。
「それで、二十五連隊について、知ってる事を洗いざらい喋ってください」
「二十五連隊の連隊長――アラキ大佐が反乱を企んでる、という事ですか?」
「それと――」
それとドッペルゲンガーの事を――と言おうとしてオガタは口を閉じた。
そんな事、聞ける訳がない。だが――。
「それ、以外の――ドッペルゲンガーの事も含めて、です」
「おやおや。思い切った事を。天下の憲兵殿からそんな絵空事のような事を問われるとは」
ナイアラの言葉にオガタは同意したい気分だった。
自分でもどうかしていると思う。だが、タケナガは化け物の事と言っていたのを思いだし、オガタは聞くことにしたのだ。すべてを知って居るであろう、この男に。
「このような演技をなされなくとも、良いのでは? あなた様ならご存知のはずです。すでに事の顛末すら」
「何を言っているんですか? それより喋ってください」
「やれやれ。せっかちはいけません。あなた様がそうなされるのなら、わたくしもそうしましょう。
ドッペルゲンガーについて、ですよね?
ドッペルゲンガーは存在します」
確信にせまった答えにオガタは身を堅くした。
そして疑問に思う。この男は叛乱騒ぎの情報源は隠すのに、このような正気を疑うような問いになんで平然と答えるのか?
「そう怪訝な顔をしないでください。貴女が聞いたから答えたまでです。
他に何を聞きたいのです?」
「それじゃ、どうしてアラキ大佐が反乱を起こそうという話を聞いたのです?」
「それは秘密です。お答えできません」
頑なに情報源を答えないナイアラにオガタが内心の怒りを鎮める努力が必要だったのは言うまでもない。
「まぁまぁ。そうですねぇ……。それでは、貴女がこの事件の核心に迫られたのであれば、全てをお話しましょう。所謂、答え合わせです」
「……。質問を変えます。アラキ大佐と化け物について知っている事を話してください」
「いいでしょう。あれこそユゴスよりのものです」
「ユゴス?」
「九番目の惑星、最果ての惑星、様々な言葉がありますが、そうですね。この国でもっとも近い概念であれば、冥王星でしょうか?」
オガタとしては星にそこまで詳しい造詣はなかったし、何より彼女には学が無かった。
それよりも異星からの使者という人を食ったような言葉に戸惑っていると言ったほうが正しい。
「彼らは元々、太陽系を越え、さらに銀河までも越えた外宇宙の生命体です。
この星へはとある鉱物を求めてやってきました。あ、鉱物の方はわたくしもよくわからないので聞かないでください」
そう余計な注釈をナイアラは加えるが、オガタとしてはそんな事は聞いていないと思っていた。
「それで、その、化け物――」
「ミ=ゴです」
「はい? み、ご?」
「彼らの名前ですよ。ミ=ゴはどちらかと言うと菌類のような生き物で、高度な科学技術を持っています。
特に彼らの外科手術に関する物はすごいですよ。ここまででご質問は?」
「は、はぁ……」
オガタは思った。まったくわからん、と。
そもそも、これを元に調書を作るのかと思うと頭痛が痛くなるとわけのわからない事になりかけていた。
「では、続けますよ」
「ま、待ってください。わ、わたし、任務が控えているので今日はここまでにします。拘置所はこっちです」
早口でそう、まくし立てるとナイアラは実に楽しそうに「よろしくお願いします」と笑うのであった。
オガタとしては煙に巻かれたという冷静な思考もあったが、それよりもやはりこの男とは関わりたくないという思いが破裂しそうだった。
このまま関わり続けると、ナイアラによって精神が汚染されるような、知ってはならないモノを知ってしまうような恐怖感が襲ってくるのだ。それ故に彼女は逃げるように聴取を取りやめにした。
「それで、オガタさん」
「な、なんでしょうか?」
「昨日は聞きそびれましたが、捜査の方はどうでしょうか? アラキ大佐を逮捕できそうですか?」
「……お答えできません」
出来るだけ不愛想にそう、答えるとナイアラはやれやれと言った具合に首を振った。
「では、あの中尉は?」
その言葉にオガタは立ち止まった。
ナイアラの顔は相変わらず作られたように笑うのみで、何も読みとれない。
それが余計にオガタの気に障った。
「カンバラ中尉に何をしたんです?」
「昨夜も言いましたが、少し哲学談義を――」
「冗談はいらない! 何をした!?」
「それを言うと、貴女もあのようになるかもしれませんよ」
それは冷え冷えとした答えだった。
首筋に研ぎすまされた刃物を押し当てられたような、そんな錯覚に陥ってしまう。
「さて、それより今日からの居室に案内していただけませんか? 記者仲間には憲兵隊や特高に捕らえられて拘置所に入れられた者がいましたが、わたくしは初めてで」
ナイアラはオガタをおいてどこか、暢気な事を言っていたが、オガタはそれの相手をする気力も無くなっていた。
そして彼を拘留すると、重い足取りで町に出ることにした。タケナガと合流するためである。
マモリは町のどこかにいる、と言っていた言葉を頼りにオガタはマモリがよく立ち寄っていた店を巡った。マモリの事だからそういう場所にタケナガを待機させておくだろうとオガタは思ったからだ。
その予想は一軒目に入った喫茶店で的中した。店の隅のボックス席にハンチング帽を被った和装の男が目に入った。
オガタは無言でその席に近づき、男の顔を確認す。
「やっぱりタケナガか」
「お、オガタ。待ちくたびれた」
オガタは「忍耐力が足りないんじゃない?」と冗談めかして言うと、少しばかり雑談に興じた。
「それで、何か進展は?」
「いや、なんも無いよ。あ、そういえばマモリ少尉が急用で帝都に出たんだけど、知ってる?」
「そうなのか? まあ、官舎の鍵は渡されているから、当分は大丈夫だと思う」
「そう言えば軍の官舎なんだろ? 今のタケナガは、言い方は悪いけど、軍籍が無いようなものだし、何より士官の官舎に兵のタケナガが泊まって大丈夫だったの?」
「予備の階級章を渡された」
タケナガの話だと、マモリから予備の階級章と軍服をこっそり渡され、それを身につけてそしらぬ顔で官舎に潜り込んだという。
「それって、身分詐称じゃん。ばれたら銃殺だよ」
「ばれないよう協力してくれ」
軍規の乱れを正すのが憲兵だと言うのに、それを率先して破るとは、とオガタが嘆いているとタケナガはカラカラと気持ちよく笑った。
「こういう、軍規違反してると、なんかワクワクするよな。童心に帰るような」
「まったく。でも、そういう事を連隊じゃ、古参兵にばれない様によくやったね。昨日の事のように思い出すよ」
オガタがそう言うと、タケナガはどこか、自嘲するように苦い笑いを浮かべた。
「全部、お前にとっては昨日のような出来事なんだろうな」
そう、タケナガにとってオガタの言う昨日のような事が、まさに昨日の出来事なのだ。
「なぁ、オレの偽物は何をしていた?」
その問いにオガタは詰まってしまった。
タケナガと同じく真面目にやっていたよ、とは口が避けても言えそうにない。
それはどれほど残酷な答えであるかをオガタは言えなかった。
その沈黙にタケナガは何かを悟ったのか、そちらもばつが悪そうに頭をかく。
「こうなりゃ、とっとと戻らなきゃな。そんで、アラキの野郎をぶん殴ってやる」
「上官反逆罪……って言っても、これはしょうがないかな」
「わかってんじゃないか。それで、どうする? 少尉殿が戻ってくるまで待つか?」
その言葉にオガタはうなった。
確かに事が事だから、迂闊に動くのはまずい。その事は今朝がた、マモリに言われたばかりだ。
それにより深い情報を握っているであろうナイアラから情報を絞れるだけ絞るべきなのだが、オガタとしてはナイアラにどうあっても関わり合いになりたくない。
それ故に彼女はナイアラへの取り調べをマモリが帝都より帰還したら行うと考えていた。
そう、オガタは思ったが、彼女はその受け身のような姿勢を良しとはしなかった。
「今できる事をやるべきだと思う」
「今やることって、なんだよ、それ」
「……まずは、森かな」
オガタが喫茶店の壁時計を確認すると、ちょうど昼時だった。
今から分屯所に戻り、車を使えば二十五連隊の南の森で不明機を捜索している憲兵と合流できるだろう。
「タケナガの監禁されていた場所を探そう。今日の捜索で、その場所がわかるかもしれない。
その監禁場所を調べれば、アラキ大佐の事に関して何か分かるだろうし」
「わかった。だが、オレはダメだな。軍服で誤魔化せる云々じゃないしな……」
分屯所とは言え、軍の中では小さい方の組織だ。それに紛れ込む事など不可能と言える。
それ故にタケナガは唇を噛みしめた。
「なんも出来ないっていうのは、口惜しいな……」
「タケナガ……」
「ま、しょうがないか。それに俺が大っぴらに動いちゃマズイ事になるかもしれないからな」
タケナガは力なく肩をすくめると「頼んだ」と頭を深々と下げた。
「任せて」
オガタは立ち上がり、颯爽と喫茶店を後にしようとするが、その腕をタケナガが掴んだ。
「あと金を貸してくれ」
「……は?」
「少尉殿から少しはもらっているが、帝都に行って帰宅未定なんだろ? だから少しだけ、な?」
オガタは文句を十ほどぶちまけたかったが、代わりに懐から紙幣を三枚、無言でテーブルに叩きつけるだけにした。
今日はやけに腹が立つと思いながらオガタは分屯所に向かい、車を調達すると森に進路を向ける。
道中の運転が荒かったのは言うまでもない。
そして森に到着すると、昨日と同じ場所に憲兵達が昼の休憩を取っていた。
オガタは車を路肩に止めると、現場を指揮している憲兵大尉に独自の任務でこの捜索に加わる旨申し出た。
「ハスタから聞いているが、邪魔だけはするなよ」
「了解であります!」
大尉は厄介者が飛び込んできたとばかりに溜息をついて立ち去ると、代わりにハスタが近づいてきた。
「どう? なにかあったの?」
「いえ、マモリ少尉が急に帝都に行くとの事だったので、こちらに合流しようと。
それで、午前は何かありましたか?」
「いやさ。これが何も。明日には例の二十五連隊に依頼して大規模な山狩りを行おうって話だよ」
二十五連隊が加わると、森の中の施設を隠蔽される可能性がある。探すなら今日中とオガタは思った。
「大休止終了! 捜索に戻るぞ」
大尉の掛け声と共にゆったりくつろいでいた兵隊達はキビキビと班別に行動を開始する。
オガタはハスタの隊について行く事にして、割り振られた地域に足を向けた。
「海軍さんは本当に不明機なんて見たのかな? 何かの誤認じゃないの?」
「かもしれませんね。海軍さんはそれで、どうなんです? 捜索は陸軍の憲兵に任せているんですか?」
「海軍特別警備隊が独自に動いているようだけど、どうなんだろうね」
海軍の軍規を取り締まる機関が動いていると聞いてオガタはやっぱりそうなのか、と他人事のように思いながら下草をかき分ける。
伸び放題になっているクマザサをかき分け、他の兵達と声を掛け合いながら深い森の中を分け入っていく様はまさに秘境の探検隊だとオガタは悪態をつきたくなった。
その時、前方の草がガサガサと動く。
その動きにもしかしてタケナガのように監禁施設から逃げ出してきた人かもしれないと思った。
「誰かいるのか? わたしは憲兵だ! 危害を加えるつもりはない」
正確には補助憲兵なのだが、オガタは同じ言葉を繰り返しながら動く草に歩み寄ると、そこから一羽のウサギが飛び出してきただけだった。
「なんだ、ウサギか……」
「ウサギじゃなかったら、なんだと思ったの?」
「は、ハスタ少尉!?」
いつの間にか、背後にたっていたその人にオガタは心臓の脈動が一層強くなるのを感じながら振り向いた。
「こんな森の中にいる奴なんて早々いないでしょ?」
「あ、ははは。そ、そうですねぇ……。た、ただ海軍の人も不明機の捜索をされていると聞いたので」
苦し紛れの言い訳だったが、ハスタはそれに納得した。
「それにしても、こう草が生い茂っていると、捜索どころじゃないね。一度、部隊を集めた方が良いかな?」
オガタはそうつぶやきながら集合の号令をかける。
その間にオガタは何気なく周囲に視線を彷徨わせていると、視界の隅に茶色い何か写った。
その姿に思わず焦点を合わせると、それはオガタ達と同じ外套を着た軍人だった。
それをよく見ようとすると、その者は外套を翻して森の中に消える。
「ま、待って!!」
「ココロ? どこに行く!?」
ハスタの制止に関わらずオガタは鉄砲玉のように駆け出す。
木を避け、根を飛び、枝を潜る。
そしてオガタはその者が誰かに似ているような気がした。
だがそれを思い出す事無く、ただただ走る。すると森の中にぽっかり空いた広場のような空間に出た。
そこでオガタは追いかけていた人物の姿をよく見る事が出来た。いや、見てしまった。
そこにはもう一人のオガタが居た。




