012 – 契り
ひんやりとしながらも、清々しい空気が身体を吹き抜ける。
高々と天を突き刺すようにして伸びる針葉樹林と、それに囲まれる翡翠色の湖面はまるで北欧を想起させる。木々を渡る小鳥の囀りに、水面に降り立つ水鳥の群れ。時折、近くをこそこそと走り回るリスやウサギが長閑さの象徴のように景色に映えた。
まるで、海へと続く道のように湖面へ延びる一本の道の終着に浮かぶ大きな島。赤い煉瓦屋根に青々しい葉っぱを実らせる街路樹の並木道、静かに鐘を鳴らす教会は時の流れを感じさせてくれる。
此処は湖畔の街エメロード。
湖に浮かぶ街と云われるエメロードはフォレスティたちが開拓して建設した第二の都市として設定付けられており、風光明媚としてプレイヤーから人気が高く、その設定に恥じぬ賑わいを見せている。
煉瓦通りに軒を連ねるカフェテラスは常に満員状態で女性プレイヤーやカップルなどが多く見られ、何処と無く観光名所だとかそういった雰囲気に近いものを醸し出しているが、ギルドの拠点だったり、個人のホームを持つ事でも人気な街だ。
「着いたよー」
その大所帯な通りに、一際目立つ集団。桃色の髪を垂らす女騎士に、所々破れ掛けの戦闘メイドに、小さなビショップとまるで何かのグループのよう。
人の大河にも関わらず、そこだけがぽっかりと穴が空いたかのように人が寄り付かない不思議な光景。穴の周りには取り囲むようにして野次馬もといファンたちが人の垣根を作り上げていた。
云うまでも無く、例に漏れずユフィが所属する《九尾の狐》のギルドホームもこの街に存在する。
012 – 契り
「へぇ、さすがトッププレイヤーはお出迎えも格が違うね」
そんな中で唯一人。痛々しい、否、痛烈な批判の視線に見舞われるプレイヤーが一人。
腰には禍々しい黒い大剣を帯び、見た事も無い金ラインのあしらわれた漆黒のチェインメイルを身に纏い、黒いロングコートを翻すグラディエーターのオレはそんな事にも動じず、彼女等と共に通り過ぎる。
ミーティアに返り討ちにされてから数日。
ボコられる前に話したことについて本格的な話し合いをということで、こうして彼女たち《九尾の狐》のホームがあるエメロードに招かれた。
それにしても、この息苦しい空気。
視界の端々に映る人、人、人。その誰もが九人のプレイヤーを一目見ようとしている輩。老若男女問わず人気があるのか、男性が圧倒的かと思いきや、女性プレイヤーの黄色い声も相当な数だ。確かな実力と容姿を兼ね備えた才色兼備だからだろう。
一生にあるかないかのような、まるで報道陣に囲まれるレッドカーペット上の大物俳優気分かと思ったけれど、やはり高嶺の花過ぎる存在に付き纏う男プレイヤーは邪魔なようで。
「あいつ誰だよッ……ヴァージニア様と一緒に歩きやがってぇ~~!!」
毎回この調子らしい。
「でけぇ!!」
単純だけれど最初に思い浮かんだ言葉が、というよりそれしか浮かんでこない。それ程にデカい。
中世の西洋に存在した白亜の城を彷彿とさせるそれは、エメロードを外から見たときに遠くから見えたものだった。青い屋根に白い壁の建物は高く、切り立った崖に聳え立つノイシュヴァンシュタイン城のようだ。
豪華に装飾された鉄門扉を潜ると小さいながらも噴水と庭園が出迎え、優雅な雰囲気を演出している。
そんな庭園を抜ければ見えてくるアンティーク調の大きな木製の扉。獅子のドアノッカーを軽く叩けば、重そうなドアはひとりでに招き入れるように開いた。
外観のとおり、正しく城内と呼ぶに相応しい造り。
中に入るとまず視界に飛び込んでくるのが、巨大なシャンデリアと二又に伸びる階段のエントランス。勿論、大理石の耀く床には赤い絨毯も敷き詰められている。
玲瓏な灯りを降り注ぎ、それを受け止める赤い絨毯の広がるエントランスはまるで王城で行われる社交ダンスの会場のよう。
ギルドホームというには余りにも豪華過ぎて、とりあえず開いた口が塞がらない。しかも、お約束のメイドや執事のNPCのお出迎えも忘れていない。
本来ギルドホームというのは人数等によってその大きさを決める。彼女たちの九人という枠に当てはめるのならば、二階建ての一般家屋を数個程度の敷地面積のホームが妥当。だが、蓋を開けてみればそんな一般的な考えは一切なく、このメンバーにはそういう常識は適用されないらしい。
たったの九人でホームを建てるだけでも一人頭途方も無い額を要求されるというのに、それに加えてこの広さ。悉くといっていいほど常軌を逸している。
ちなみに、普通のギルドはアル・ブランシェ――つまり、運営が所有するギルド会館の中にあるゾーンをワンフロアから数フロア借りる程度なのを考えれば、彼女たちの異常具合がよく判る。
「さて、それでは改めて自己紹介をしましょうか」
エントランスに並んだ八人の女性プレイヤーを前に躍り出る桃色の騎士――《聖騎士》ことマスターのヴァージニア。
基本スタイルはナイトらしく、防御から攻撃を繰り出すタイプで、また器用に魔法もこなすバランスの取れたオールラウンドプレイヤー。
白銀のメイルに身を包み、肩から下がる赤いマントは背中の中腹辺りまでの長さしかなく、腰部分、所謂草摺部分は赤いチェックのスカートという出で立ち。スカートから伸びるすらっとした脚もあってか、その立ち姿は力強く凛々しい。
腰から提げられる両刃の片手剣は、かの有名な伝説にも登場する伝説級の【クラウ・ソラス】。その青白い刀身にはルーン文字が刻まれ、一説には魔法を帯びた剣とも噂されている。
「グラディエーターのミーティアだ。自己紹介は、いらないよな?」
愛用の戦斧を肩に担ぎながらウィンクを投げる赤髪のメイドは、先日見せた好戦的な笑みとは違って温和な表情で語り掛けてくる。
先の戦いを脳裏に思い返しながら目の前の彼女とを重ね合わせれば、優しい笑みであるにも関わらずやはり好戦的なイメージなのは変わらない。
スタイルは一撃必殺の攻撃を重視し、それに邪魔なものは極力取っ払った攻撃のみを突き詰めた特化型。
悪魔の羽を模した飾りのついたカチューシャに、膝丈上のメイド服にガーター付の黒ニーソックス。所々破け、肌が露出している様は当初のメイドから掛け離れていることを意味し、担がれる戦斧がそれを如実に物語る。
巨大な両刃の中心には真紅の宝玉が埋め込まれ、そこから二対の龍の文様が左右の刃に描かれている。常人ならば持ち上げることさえ出来なさそうな【ディストラクション】を軽々と振るうミーティアの別名は《戦闘狂》。
「ビショップのルミエールでーっす!よろしくね、アールーマくんっ!」
蒼穹のショートヘアーに碧眼の女の子は、白いクロブーク、白色のシルクに金の十字架模様が刺繍された高級そうな法衣の裾を地べたに盛大に引き摺りながらぴょんぴょんと飛び跳ねている。
ビショップのルミエール。二つ名は《断罪者》。
回復と支援を生業とするクラスにありながら、回復魔法の威力を高めるステータスを利用して聖属性魔法で敵を薙ぎ払う聖職者にして異端児。
女神を象った【ティアーズロッド】を片手に戦場で戦うさまは強さ以上に愛らしいと評判。
宛らミーティアを百獣の王ライオンとするならば、ルミエールの見た目はウサギといったところだろうか。
「アサシンのヨハネだ。ヨハンと呼んでくれればいい、宜しく頼む」
腕を組みながら俯き加減に呟くは、漆黒の装束に赤色のスカーフから覗く紫紺のオールバックに群青の瞳。太腿のバックルに挿した短剣や腕に取り付けてあるカタールのどれもが、彼女がそれだと確信させるにぴったりのアイテムだ。
寡黙にして妖艶。《音無》のヨハン。
隠遁系スキルとアサシン独特のクリティカルスキルを駆使した一撃必殺を得意とし、音も無く相手を殺すスタイルからサイレントキリングの《音無》と呼ばれるようになった。
気配は勿論、足音は息遣いすらも無にする技術は完璧。乱戦や不意打ち、暗殺のし難いタイマンでもその強さを見せつける彼女は、ミーティアよりも戦いにくいと評されるほどだ。
「どうも、ミスティって言います。見ての通りガンスリンガー、獲物はこれです。よろしくお願いします」
側面に一房だけ結わかれた緑色の髪はお団子の様にも見える。彼女――ミスティの格好はグラディエーターの軽装に近いがしかし、ジャケットにホットパンツといった軽装に鎧の部分部分を取り付けたようなものでどことなくミリタリーだ。
二つ名《魔銃》のミスティが抱える武器がそれを象徴している。
彼女が取り出した武器は外面にエネルギー炉のような箇所があり、その部分が熱く煮え滾る溶岩のようで、形状はどう見ても弓やボーガンではなく、そう、ライフルやショットガンといった銃器のほうがしっくりくる。頭に被るゴーグルも相まって狙撃手という言葉が似合いそうだ。
「ビーストテイマーのメイっていうの。よろしくね」
虎の頭を模した被り物にアニメチックな爪を両手に嵌め、虎模様の尻尾を振り回す姿はどう見ても着ぐるみ以外の何者でもない。
屈服させたモンスターを自身のゴーレムとして使役することが出来るビーストテイマーにあって、ただ一匹をパートナーとして共にレベルを上げ最強の一匹を育てる《人獣》。
ブロンドの髪は被り物から前髪が覗く程度で切り揃えられ、綺麗な赤みがかったワインレッドの瞳。身長もルミエールよりは高いがルミエールの次に低い位。第一印象は、マスコット。
「ジプシーのラビエルと……ってあら、貴方イイ音色を出すのね」
腰に提げられた鞭とは裏腹に、ヴェールを纏い、アラビアン風の踊り子の衣装に身を包んだ彼女はそう言いながら、綺麗に一礼。絹のような長髪に着けられた小さな鈴が、玲瓏な音色を鳴らしている。
薄紫色の真直ぐな髪に掛かるヴェールやそれから覗く綺麗なラインの身体、左目の下にある泣きぼくろが扇情的で刺激的だ。
《剣乱舞踏》またの名を剣の踊り手として、支援職のジプシーながらも、鞭を剣のように扱い胡蝶のように舞い敵をいなす。
「ルミエールの双子の妹でラミエールと言います。私はチェイサーですが、姉共々宜しくお願いしますね」
姉に似た水色の髪の毛をツンツンさせたショートカットの女の子。ルミエールとは対照的に結構背が大きく、礼儀も良いしっかり者のようだ。
赤茶けた革のファーコートにロングブーツ、ヘソ出しのお腹にはピアスが付けられその見た目は正にならず者。ナイトとグラディエーターのように、アサシンとその関係は近いが、攻撃より罠を主体としたトリッキーな攻撃が得意なジョブだ。
罠スキルや隠遁系スキルを織り交ぜての攻撃は幻を見ているかのように回避は困難。ゆえに《幻夢》。
「最後はご存知、天才美少女魔導士ウォーロックのユフィ様よ!」
腰に手を充て仁王立ちでエヘンと胸を張る天才美少女魔導士ことユフィは、先日自分と同様の素材でブリジットに宛がわれた装備【暴君の証ver.Ⅱ】に身を包んでご満悦の様子。
その手には、脚鎌で造られた杖兼鎌としての役割を果たす【女王の鎌】が握られ、所有者の能天気さとは裏腹に禍々しいオーラを放っている。
「それでは一通り挨拶も終わったことですし、早速本題に入りましょうか」
言いながら開いた扉の奥には、九つの椅子と大きな円卓が一つだけ鎮座する間。西洋ならではの縦長の窓から差し込む光が雰囲気を一層際立たせていた。
ギルドの象徴たる、狐の咆哮する横顔に囲むようにして並ぶ九本の尾が描かれたエンブレムが円卓の奥の壁に掛かっている。察するに、此処は会議室かその類の用途に使われる部屋なのだろう。
各々が自身の席を持っているのか順々に座っていく中、オレはNPCのメイドが持って来た椅子にちょこんと心地の悪そうな面持ちで腰を掛ける。
「《星の樹》を筆頭に、《薔薇騎士》《方舟の天使》《Green Ray》《萌エルフ》を初めとしたトップギルドの一団がエルフィン東部の制圧を完了したことにより、本格的なリ=アース大陸の開拓及び攻略がスタートします」
リ=アース大陸は鷲が両翼を広げたような形状で、設定上では神の翼とも呼ばれている。その中心にはその心臓とも呼ばれる天を衝くような連山があり、その頂きには大神殿が存在するとされている。
その連峰から丁度半分にした東部をフォレスティサイド、西部をアルカディアサイドと便宜上では分けられている。が、両陣営共に、この自軍領地を把握することから始めるのがスタートとなっており、稼動し始めたばかりの為に当然それが目下の課題だ。
ちなみに、首都エルフィンは大陸の極東部に位置する為、その東側の面積自体は広くなく、先に首都後方であるそちらを終わらせてからアルカディア方面への開拓をする方針だったらしい。
当の攻略も、マッピングに近い形が殆どだったらしく、ボスやらダンジョンなんかはほぼチュートリアルみたいなものに過ぎず、皆無だったみたいだ。
「先日行われたギルド会議で《九尾の狐》及び他ギルドで大陸中心部へ向けての開拓及び斥候、連続的な監視を担当することになりました」
円卓に広げられる古めかしい革紙の大陸の地図にポイントを付けながらヴァージニアは語り、それと彼女の視線に相槌を打ちながら会話を聞く他のメンバーの表情はゲームとは思えないほど真剣そのもの。
会議で決定した内容は大陸中心部もとい進軍のための用意。即ち、偵察と開拓である。招集されたギルドは配られた資料を見る限り、《九尾の狐》と同じくどこも精鋭だがしかし少数ギルドばかり。
「ちょっとゴメン。質問なんだけど、何で大人数じゃないんだ?もっとデカい大手ギルドはいっぱいあるだろ?」
幾らでもトップギルドはあるだろう。それこそ、数百は数千単位のギルドだってあるし数十万のプレイヤー――フォレスティサイドに何人いるか判らないが、それでも三分の一くらいはいるだろうし、強いとは云え少数ギルドに任せるのかが負に落ちない。バックアップで他ギルドがついているのだろうが、それなら尚更こちらがバックアップに着くべきなのではないのか。
「大手ギルドのように大部隊を率いるには寸分の狂いも許されない統率力と進軍計画が必要とされ、斥候や開拓といった任務に不向きな為です。私たちや他の少数ギルドには長い間そのメンバーで共に過ごしたより精度の高い連携などのメリットがあります。ですが、万が一戦闘になった場合のデメリットはやはり発生しますので、それについては大手ギルドが後方支援をしてくれる事になっています」
成程。ストーリークエストの進み具合もそうだが、中立地帯での戦闘はいつ如何なる時でも可能な為、戦闘の可能性は無いとは言い切れない。仮に、大手ギルドの大部隊が前線で見つかった場合、大きな戦いになることは容易に予想できるが、好ましくない上に負けようものなら後々に響く。必ずしも勝利が最優先ではなく、時に戦術的撤退も重要ということだろう。
そういった理由を背景に、立ち回りが良く尚且つ少数精鋭のギルドということで御指名を受けたということか。
「その任務の主に斥候をアルマ、貴方に頼みたいのです。勿論、ヨハンとルミエールの三人一組のスリーマンセルなので安心して下さい」
更に少数に絞るということは、正真正銘、開拓を前提とした斥候ということだろうか。戦闘が余りないのは初心者で尚且つ連携プレイの未経験なオレにとっても嬉しいことだが。
時折向けられるヴァージニアの視線に成程と、会話の継ぎ目継ぎ目で相槌を打ちながら語られる作戦に耳を傾ける。こうやって、トップの会議に出るというのは現実ではほとんど無いから、ちょっとしたエリート気分だ。
「とはいえ、その地域周辺の攻略についても、先に見せて頂いた力で共に戦ってくれると嬉しいのですが……」
粗方話が終わったところで、再びジニーが先の内容に話題を戻していた。
少し緩んだ視線に何故か涙のようなものが潤んだものが見えるのは気のせいだろうか。というか、その顔でそれは反則だろう。断るに断れないじゃないか。断る気も無いけど。
まるで小動物のような視線は、見事にオレの鉄の牙城でブロックされている心を突き崩した。何とも脆い壁だなと内心苦笑するも、良いものが見れたとあって満足だ。
「勿論、そっちこそよければ力になるって」
「それでは、能力の詳細についてお聞きしてもよろしいでしょうか」
そう云いながら、掌でこちらへ視線を促すヴァージニアは椅子に腰を掛ける。
すぐさま変わった表情に肩を落としている自分がいるのは置いておいて、何処から話したものかと一考。
「オレの能力は大きく分けて二つ。一つ目は固有スキルの《流星》。自己ブースト系のパッシブスキルで簡単に言うと《AGI》を数倍にして名前通りの速力を手に入れられる。デメリットとしては毎秒SPが減ってくってところか。あぁ、後デメリットとしてもう一つ、《VIT》が一定以下の場合にはSP以外にも毎秒HPが減っていく」
万能であると思いきや、使っていく度に割りとデメリットがあることが自身でも判って来た所だ。とはいえ、それを鑑みてもフェイトの根幹であるシステムを考えれば、かなりの高スペックスキルであることには変わりないのだが。
「もう一つが称号《超走者》と《暴君》。両者ともパッシブで効果が発生するんだけど、前者はHPを犠牲にしてSPを使い続けることができるっていうメリットとデメリットの両方が存在する。後者は二つのステータスを合成して一つにするっていう効果だ。勿論、一度決定したら変えられないし、効果は永続。オレの場合は《AGI》を上げると同時に《STR》も上がるって状態だ」
当らなければどうという事は無い――昔の偉い人は言ったもので、無論、オレも同じ考えだから、デメリットは気にも留めていない。寧ろ、支援や回復アイテムによる散在があれば、そんな問題はどうとでもなる。
幸いなことに、こうしてハイエンドプレイヤーで人気もあるプレイヤーと知り合いになれたし、ラッキーとはいえボス撃破で懐も少しは潤ったから何とか出来る目途は立ったわけだ。
「予想と同じ、いえ、想像を遥かに上回る力……素晴らしいです。それに、称号システムも手に入れているとは驚きました」
ヴァージニアが感嘆の言葉を漏らす傍ら他のメンバーはというと、「チートだチート」だとか「それにしてもあの動きは……」等など色々な呟きが聞こえたがその中に罵声や批難のそれは無くて安心した。まあ、あったとしてもねじ伏せるだけだが。
今まで比較対象がいなかった所為もあってか判らなかったが、如何やらオレの動きはフェイトのシステムがあることを踏まえても人外に近い動きらしい。嬉しいけど、綺麗で可愛い女の子に言われると何故だかちょっとだけ悲しい。
「有難い言葉だね。それに、オレも正直驚いてるから。運がついてるとしか言いようがないな」
ぺこりと会釈を一つ。
今まで数多くのゲームでの苦渋を脳裏に蘇らせれば、その言葉の持つ意味がどれ程自身にとって重く、また嬉しいものかが判る。
「それでは、早速作戦の準備を行います――と言いたい所ですが最後に一つ」
人差し指を自身の顔の目の前に差出し、ぴしゃりと言い放つ。
「アルマ、貴方が私たちをどう思っているかは判りませんが、私たちは貴方を仲間と思っていることを忘れないで下さい」
そう呟かれた直後、にこりと頬を緩ませ満面の笑みを浮かべる天使が舞い降りた。
それはもう、形容し難いほどの笑みで、これだけの為にそれだけの表情を出せる彼女に驚いた位だ。何て言うか、自分の頬も勝手に緩んで、紅潮しているのが鏡を見なくても判るくらいで物凄く恥ずかしい。
「ジニー。親しいものは私をそう呼びます」
そう言って差し出される掌。
今までずっと欲しかった関係。上でも下でもなくただ認めてくれる、そして、支え合うことの出来る仲間とも呼ぶべき存在。その掌にはそれ等全てが乗っかっていて。
「判ったよ、ジニー。こちらこそ、よろしく頼む」
交わされる握手には、確かに暖かさが滲んでいるのを感じた。
「見せて上げなさい、アルカディアに。いえ、全プレイヤーに《AGI》の無限の可能性を」
相対したミーティアを初めとした他の八人もその言葉に力強く頷いて。
円卓を中心に立ち上がる《九尾の狐》――九尾であるマスターとその存在を支える尻尾を成すメンバーたち。それぞれが無言で引き抜いた様々な九本の刃は、卓上の中心で綺麗に切っ先を合わせて。
「ああ、言われなくても」
引き抜かれた十本目の刃。
漆黒の刃に籠められた確かな意思は、確かに九本の尾と重なって。
「やってやるさ」
契りとなった。
皆は、知らない
誰も、知らない
訪れる、未来を
逃れられぬ、現実が
すぐそこまで、来ている事に――
次話から旧作と違う展開を挟みます。ここまで遅くなって申し訳ありません。
ということで、次話は同日か翌日には更新予定です。
これからも宜しくお願いします。