表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

010 - お披露目×同盟×喧嘩の火蓋







 何時もと変わらない静けさに包まれる鍛冶屋ブリジット。冷ややかな色合いに拉げた鉄製の冷看板に陽光が降り注ぐその風景は、冬の早朝のように涼しく穏やか。

 お忍びで店を構えるブリジットへ訪れるものはおろか、店の前を通るプレイヤーすら疎ら。店のドアを叩くのは、緑葉と調和した小鳥の囀りと時折聞こえてくるプレイヤーの他愛もない談笑くらいのもの。

 珍しい事ではない。むしろ、これが平常運転であり、日常の光景。


 午前中ということもあってか、やはり店内に主の影はない。天井から吊るされているランプすら火を灯さず、薄暗い店内をより暗い陰が覆い、外とを隔絶する黒い境界線のようにさえ見える。

 来店を報せる鈴は今日も変わらず、鳴らないまま埃を積もらせていた。

 店主であるブリジットは本来人との関係を甘んじて受入れる性質ではないと知られている。それは客である大手のハイエンドプレイヤーにも通じる話であるけれど、そんな彼女でも懇意にするプレイヤーはいる。

 大手を相手にしているのはゲームをしていく上でしなければならないことであるからで、もしその意味が無くなったとしたら彼女は容易くその関係を断ち切るだろう。裏返せば、今関係を持っているのは持ちつ持たれつという事実があるだけであり、進んで彼女が関係を築こうと思っている訳ではないということ。

 そう云った意味では、彼女に持成されるということはとてつもない意味を持つと同時に、この世界での二つ名プレイヤー達と確かなパイプを手に入れ事と同義であるのだから、一般プレイヤーの数多くある内の夢といっても過言ではない。

 だが今日、そんなプレイヤー等が一同に会すスキャンダルがあろうとは、誰も知らない。

 たまたま通りを過ぎ去るプレイヤーは勿論、仕事でお得意の大手ギルドでさえも、彼女にとっては些末事に過ぎないということの現れだろう。


 そんなオレの考えを消し去り、あまつさえ興味に視線、ありとあらゆる欲求を奪わんと彼女は満を持して口を開いた。その表情は期待をするオレ以上にキラキラと輝いている。


 「さ、お披露目だよ」


 呟かれた言葉によって、まるで最高峰のオークションに参加しているようなそんな高揚と恍惚な気分が心を満たす。

 重い金属音を立てて、無節操に巻かれた布から現れたのは黒光りする紫紺の刃を不気味に光らせた両刃の両手剣。直剣とは違い、撓りとうねりのある独特の在る刃は、生前の女王蜘蛛たる禍々しさをその刀身に宿し具現化しているようだ。鍔という鍔も存在せず、見た目は抜き身の刀そのもの。

 触れるだけで切れてしまいそうな程に鋭く見えるその刃は光さえも吸収しそうに映り、真っ黒な空間に佇んでいる錯覚に陥る位に黒く、そして細身な刀身から感じるそれとは違って力強い。


 「【黒い未亡人(ブラックウィドウ)】」


 それが、この剣に銘打たれた名。

 アイテムウィンドウには武器の名とその製作者(クリエイター)であるブリジットの名前がしっかりと記され、そのアイテムを現すテキストには『我が幾星霜の憎悪、死してなおも呪いとなりて具象者の力とならん』と蜘蛛の執念が込められている。

 アラクネの言葉とこの文章を照らし合わせれば、彼女の力がそのまま宿っているという意味合いだろう。とはいえ、アラクネの能力は、オレのソウルをひとつ奪ったあの忌々しい糸しか思い浮かばないのだが。


 「どう?中々のデキだと思うんだけど」


 「う、ん……」


 中途半端な返事は納得がいかないからではない。

 自信満々に胸を張るブリジットのオーバーオールが双丘の形を露にする。はち切れんばかりのそれに、オレの視線は傑作の【黒い未亡人(ブラックウィドウ)】ではなく、そちらへ向ってしまうのも無理はない。

 トレードマークのポニーテールが今しがた終わったばかりの作業ということもあってか、白いタオルをバンダナ代わりにして巻かれている為窺うことができないのが残念である。


 「これが……」


 女性は汗ばんでも良い匂いがするんだなと不謹慎なことを考えつつも、柄を握り締めて改めて刀身を眺める。

 とても初心者(ビギナー)が持つ代物ではないけれど、漆黒の刃を振るって戦う自身の姿を想像するとどうしても身震いを起こしてしまう自分が居たのも確かだった。

 仮想世界という非現実的な世界にあって強力でレアな装備を身に纏えるとあれば、誰もが虜になり同じ気持ちになるのは至極当然の成り行き。

 しかも、喜びは更に続くようだ。

 子供みたいに燥ぐオレを嬉しそうな横目で見たブリジットはくすっと笑いながら次の品物へと視線を移した。釣られるように、自然とオレの視線もそっちへ逸れる。


 「はいはい、どんどん行くよー。次はこれ!」


 ブリジットの言葉で《九尾の狐(ナインテイル)》のメンバーがラックに掛けられた布を剥ぎ取ると、其処には黒を基調とした軽鎧とその一式が飾られるようにして用意されていた。


 「【暴君の黒い衣(ノワールベントス)】とその他防具一式。名付けて【暴君の証(タイランプルーヴ)】!」


 黒を基調とした禍々しい見た目は厳つく見えるものの、要所要所に金色のダブルラインや十字模様の装飾が配されている為、ゴツゴツとしたイメージよりかは黒い騎士といった風貌に近い。

 上半身の鎧は衣と言う割にはしっかりとした作りで、胸部分のプレートアーマーは動きやすさを念頭に置き、脇腹などは薄く曲がりやすく形状記憶合金のようになっている。

 篭手(ガントレット)(グリーブ)も同様に前衛での戦闘を主とするグラディエーター向けに関節だったり、動かす事に重要な部分については防具は限りなく除かれ、機動力と防御力が一体の造り。無論、多少の防御力は犠牲になっているものの、機動力のために防御力を貶めるような極端なものではなく、十二分に実戦向きといえる。

 そして、何よりカッコイイ。今回製造された装備は単なる軽鎧とそのセットではない。背中の装備として足元近くまで伸びる黒のロングコートも用意されていて、その各部に軽鎧が装着されている形態をとっていて見た目もスタイリッシュになっている。


 「どう?気に入ってくれた?」


 「どうもこうも、ホントにこれ貰っていいのか?」


 その上、特殊アビリティなんかも付与(エンチャント)されているというのだから、文句のつけようが無い。

 たとえば【闇蜘蛛の脚絆(シャドウウォーカー)】には《AGI》ボーナスは勿論、生前を準えてからいるからか、八つ足ならではの安定感というべきかノックバック耐性やスタン耐性がエンチャントされている。

 だから、正直に言えば欲しい。

 喉から手が出るほどの装備というのは早々ありはしない。

 目の前に自身に見合う装備がこれでもかという程に並んでいるのだから、眼の色が変わっても仕方ない。しかも、《AGI》装備というのは需要が低く、余り出回らないこともあるから尚の事。


 「ああ、いいとも」


 オレの歯切れの悪い、けれど物欲しそうな言葉にブリジットは迷うことなく頷いた。が、ブリジットの気前のいい返事を追うように、先日の言葉が脳裏に克明に甦る。


 《 取引をしようか。アルマ 》


 先日、彼女等から提示された条件は三つ。

 まず一つ目は、アラクネから手に入れたドロップで武具を造らせて欲しいということ。これについては、オレにデメリットは無く、無料で作成してくれるというわけでこちらから依頼した。

 そして二つ目。自身の能力についての情報を提供すること。二つ目というよりかは、一つ目に対する報酬という見方で間違ってはいないだろう。これに関しては、現時点では保留とさせて貰っている。

 何せ、オレのこれからが懸かっているのだ。

 最後の条件が、彼女たち《九尾の狐(ナインテイル)》の仲間――正確に言えば同盟の方が正しいだろうか。必要な時に必要な分だけ力を貸すといった関係を結ぶこと。


 「けど条件はどうするんだ?保留にしたままだぜ?」


 現在承諾しているのは一つ目のみで、これで益を得るのは自分と鍛冶屋として作成に勤しんだブリジットだけである。

 得をし過ぎて逆にバツが悪い。


 「いえ、見返りとしてユフィの分まで装備を作成させて頂きましたし問題ありません。ただ――」


 そう。オレが得たドロップは何も一種類につき一つではなく、複数個所持していた為、今回の件ではユフィの分の装備にも充てているのだ。

 ユフィも似たような黒を基調としたドレスに目を光らせ、ご満悦の様子。クルクルと回る様はドレスとも相まってお姫様のようだ。


 「――二つ目と三つ目については、今後私たちとパーティーを組むことでお願いしたいのですが、それでよろしいでしょうか」


 ヴァージニアは表情を、眉一つ動かすことなく淡々と述べる。

 その条件は甘いがしかし、自身の能力を売るには彼女等を知ることが大前提。そういう意味でいうと、甘いが最上と言ってもいい好条件。


 「一ついいか?」


 それでも、解せない事がある。


 「強いヤツなら他にも一杯いるだろうに。何でオレなんだ?」


 能力を窺い知るということは、曲者か否か、役に立つか立たないか、端的に言えば強いか弱いかを知るということに繋がる。彼女等程になれば、その手なら幾らでもいるだろう。それこそ、吐いて捨てる程にだ。

 だというのに、こうして初心者(ビギナー)である自分を、しかも大層に条件まで提示して引き止めるには何かそれなりの理由があるからに他ならない。


 「フェイトのテーマは《種族間戦争》」


 ビショップの女の子がぽつりと呟く。先のそれとはまったく違う雰囲気を纏う少女はやはりハイエンドプレイヤーの一員だと改めて認識させられる。


 「そう。今までのギルド間戦争なんかではなく、もっと規模が大きいものになります」


 閉じていた瞼をゆっくり開くと、ヴァージニアは怪訝そうにそう言った。


 「必要なものは?」


 黒い装束に足腰に巻かれたバックルが現すのはアサシン。首に巻かれた布キレのような真紅のマフラーと口まで覆うマスクに、後ろに流された群青のオールバック。職業上威圧感のあるアサシンだが、彼女の風貌からは凛としたイメージの方が見て取れる。

 腕を組み、目を瞑りながら、伺うことの出来ない口から発せられる言葉にはビショップと同じくハイエンドプレイヤーだけが持てる気が込められていた。


 「指揮官か」


 それとも戦力増強か。いや、違うな。

 オレの言葉に彼女、ヴァージニアは何も反応はしていないし、何よりそういう顔をしていない。


 「陣地、か?」


 戦争に有利に働くものとして戦力は勿論だが補給や進軍、逃走経路を兼ねた拠点。その場所は敵軍の本拠点に近いほど好ましいのは、誰の目から見ても明らか。


 「そうです。恐らくどのトッププレイヤーらもエルフィンの前に横たわる太古の森をどうにかできないものかと考えていた筈です」


 太古の森はエルフィン南部に広がる巨大な大森林地帯だ。フェイトの世界――リ=アース全体から見たらそこまで広大ではないがしかし、森林地帯というのは隠密もとい斥候を出すには絶好の地形である。無論、そこまで近づかせなければいいだけの話だが、手足の届く都合のいい領地というのはやはり近くに置きたいもの。

 加えて、これは後から知ったのだが、本来アラクネがあの浅い位置まで来ること自体が珍しく交戦は勿論、遭遇するのも一苦労したということだ。

 太古の森と云えど、そのフィールドは広大。クエストで訪れた場所は序盤も序盤でモンスターのレベルも最低限に抑えられたエリアで、そこから通じる太古の遺跡もまた同じだ。その最奥部にいるのがアラクネであり、レベル帯も女王である彼女を護るかのように高くなっている。


 フェイトでいう陣地はシステム上で言葉通りの意味を持つ。

 戦争時の陣営の敷設やそれ等に付随する戦闘を除く軍事行為は、自陣でなければ制限が課せられる設定になっている。そのひとつが、自軍の陣営は自陣でなければ設営出来ないということ。エリアを自軍の領地にするにはボスモンスター討伐やその他クエストでの解放を行分ければならず、太古の森の解放条件がアラクネ撃破だったというわけだ。


 「要は、エリアの斥候を頼みたいと?」


 ストーリークエストは未だ進みが遅い。一般プレイヤーから見たら退屈な日々だろうがけれど、トッププレイヤーからしたら今は大事な下地を作る準備期間と考えていてもおかしくはない。

 フォレスティである自分たちも、こちらの領地を全部把握しているかと問われればそんなことは無い。開拓型のゲームのため未開の地である方がずっと多い。

 そういった意味で考えると斥候というのはとても大事な役柄であるが、そんな役であるならスキルも揃っているアサシンである彼女の方が適任ではないだろうか。


 「もう一つあります。両方共に、こちらが予想する貴方の能力であった場合に限りますが、十中八九こちらの想定する能力だと断言できます」


 珍しくヴァージニアが確信にも似た笑みを浮かべて言い放つ。


 「能力の話は一旦置いておきましょう。端的に言いますと、貴方にストーリークエストを手伝って欲しいということです」


 嘗てのタイタニックが如く豪華客船に乗っけて貰って、メインディッシュに肖れるなんて願ったり叶ったりだ。何より、誰かに必要とされるというのは気分がいいものである。それがハイエンドプレイヤーともなれば尚更だ。


 「それじゃ、こっちからもお願いするよ」


 作業場でもある部屋の隅には朱色の光を放つ高炉が赤々と煮え滾り、オレとヴァージニアの表情の半分を真っ赤に染め上げ、視界に焼跡を残していた。

 そんなやけに蒸し暑い高炉があるにも関わらず、何故か晴れ晴れとした気分で彼女へと手を差し出す。

 仲間、と呼ぶにはまだ些か早いかも知れないがそれでも、自分のスタイルを誰かに必要とされたことは一度として無かった。それだけで、どこまでも飛べる気がする。


 「んじゃまぁ、オレの能力について話そうか」


 どう説明したものかと考えた結果、やはりこれしかない。

 オレの能力は口で説明したところで伝わりにくい。攻撃スキルであれば倍率などを話せばいいだろうけれど、オレのは称号含めて補助系と言わざるを得ない。

 教えたまではいいとしても、それで舐められてしまっては元も子もない。

 オレは意を決して歩を進めた。

 少しばかり安堵の溜息を漏らす彼女等を尻目に足早に部屋を出ようとするも、説明すると言った途端にどういう事かと不思議そうな視線が集中する。

 オレを良く知る連れのユフィはというと、またかと呆れた表情で溜息を一つ、二つ。俯きながら零していた。


 「誰か、オレの相手してくれ」


 ガタンと、《九尾の狐(ナインテイル)》の暴れる切り込み隊長こと二つ名《嵐帝(ストーム)》のミーティアが椅子を押し倒して立ち上がる。

 ギルドの前衛を担うヴァージニアともう一人であるグラディエーターのミーティアといえば、ゴスロリの風貌からは思いもよらない泣く子も黙る根っからの戦闘狂。

 巨大な戦斧を自在に操り、敵の悉くを暴風が如く薙ぎ払う様から今の通り名が与えられ、名実ともにアタッカーの高みを欲しいままにしている。


 「殺っていいのか?」


 少しばかり怒気らしき感情がその笑顔から読取れるものの、愉しさを見つけたかのような、牙を剥き出しにする獰猛な獣にさえ見えた彼女の問いは、普通であればそれだけで蛇に睨まれた蛙のようになっても致し方ないほど。

 彼女の強さを知るユフィからして、それはもう見ていられない状況だったのか、慌てて溜息を仕舞い込みオレに駆け寄って来てはミーティアを宥め始めた。


 「オレに、当てられるならな」


 ユフィの制止を振り切りながらふふんと、オレは鼻を鳴らして見せた。


 「ちょっと、アルマ!?」


 心配そうに、慌てふためくユフィを退けながら。


 「お前も見ただろ?《AGI》の可能性ってヤツをよ」


 満ち溢れた表情に溜息を漏らすユフィと、それを楽しそうに見詰める他のメンバー。そして、オレの挙動を見逃さないようにと、眼を光らせるヴァージニア。


 「本気で来い。《嵐帝(ストーム)》」


 ステータスはトッププレイヤー。経験は初心者(ビギナー)

 オレにとって一世一代の大勝負が、切って落とされた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ