02.loop corridor.
【02.loop corridor.】
あなたはヒトリを選ぶのか。僕を置いて逝くのか。
どうして。
どうして。
……どうして?
────溜め息を吐きながら、僕は料理の手を止めた。横手に視線を下げれば美しい、フォルムの皿、圭が好きな。
「……」
どうしたら良いのかな。僕は泣きそうになっていた。涙腺は在る。ただ容易く感情に振れることは無いんだ、この体は。
「……」
目頭を押さえる。今圭はいない。圭は散歩に出た。いや、多分手続きだ。
“子供を産む”と、言ったのだもの。申請書はすでに在るから、提出するだけ。
「……」
もし。これが結婚してと言うのなら、僕は何も言わなかっただろう。その相手をいびることくらいはするかもしれないが、それは可愛いものだろう?
「……なんで、」
零れた言葉は逝き場が無くて、立ち尽くしているみたいだ。
今の、僕の思考回路みたいに。……何で。
何で圭はヒトリを選択するんだろう?
僕は人間ではないから、仕方ないけれど。誰かいるんじゃないだろうか。圭は無自覚だけれどモテると思うし。危なっかしいから。……身内の贔屓目では無くて。それ差し引いて。
止まった手が、額に触れた。知らず上がった手のひらはやり場を求めるようにそこへ落ち着いた。やがて額から、ずり落ちて目を覆う。
泣きそうだ。
僕は彼女にしあわせになってほしかった。……素直な気持ちだろう? 大切なのだから。
この気持ちはどう言えるだろう。たとえば、母一人子一人の家庭で。
母が妊娠したとしよう。
その母に“子供を産むけど再婚はしないから”とか言われた。
「───」
……わかんないな。
とにかく複雑で。頭が混線する。冷静に滑り込んだ情報と感情の付いて行けない処理速度が、今も混戦している。薄々感じてはいたけども。いざ言われてしまえばこんなにも痛い。決着の付かない脳内に吐き気がしそうでつらくなる。
バランスを保つのも。
「……っ」
ぐるぐるする頭。回る中、変化を来さないのは一つの単語と。
圭の声と。
三人の男。
「……っ……!」
更に唇を噛み締め、目に宛てがってた手を口元へ下げて。シンクに突いていたもう片方の手を腹に。苦しくて、吐いてしまえたら楽なのにと思った。僕は胃が無いから出来ないのに。
生殖器官の無い僕は、栄養を摂取し廃棄する、そんな機能さえ無い。いっそ吐けたら。いっそ泣き叫べれば。
前者は体が構造上有り得ない。後者は─────。
「……」
なぜだろう。叶わない。
圭がヒトリを選ぶのは。
『僕』を造るときから決まっていたんだ。
だけど、だからって。
「納得出来ないよ……」
ねぇ、圭。
僕は『僕』がゆるせないよ。
『僕』の元になった“彼”も。
あなたを引き止めることが出来なかった“あの人たち”も。
その存在が、ゆるせない。
だとしても、あなたは。
「────侑生?」
声に項垂れた顔を上げた。耳に馴染んだ、音。プログラムでは無くて、この数十年で耳自体に、人工の皮膚越しに馴染んだ。
圭の声。
「どうしたの? 調子が悪いの? 不具合でも、」
「違うよ」
心配して、僕を覗き込む華奢な主。少女みたいな容貌はあまりにも脆く見える。こんな体で。
「……」
本当に子供を孕んで育んで、生み落とすなんて出来るの? 僕は瞼を一旦下ろし、瞬きをして上げた。
「大丈夫、だから」
僕は笑んだ。圭の眉が寄せられる。ああ、巧く笑えていないんだな、と、僕は呑気に考えた。でも圭は何も言わなかった。ただ「おかしいと思ったら言うのよ」とだけ言った。
僕は頷き、手元で停止した状態の料理を再び始めた。
僕に何が出来るだろう。
僕に何が出来るのか。
いとしくてかなしい、そしてナニモノにも代え難く強固なこの主の決意に。
そこにしあわせを添えるには、僕には何が出来るだろう。
僕は命題にも似た想いにぐるぐる、しばし迷うことになる。
【Fin.】
ぐるぐる回る。ぐるぐる巡る。
僕に重要なあなたのしあわせ。
僕に必要なあなたのしあわせ。
出ないこたえに、頭がショートしそうだ。
2008.11.28(執筆公開)