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真稀的短編小説

クリスマスの夜

作者: 矢枝巳架

相変わらずのベタ~です。

 12月も中頃を過ぎれば、話題は自然と【クリスマス】へと変わっていく。俺の通っている大学でも、恋人の有無を問わず「今年のクリスマスの予定は?」などと、この時期では定番と化した話を振ってくる奴も多くいる。


「健斗~今年のクリスマスはどうする?」


 と、講義後に話題を振ってきたのは、大学へ進学して出来た最初の友人、小山勝(こやますぐる)だ。ちなみに俺の名は大崎(おおさき)健斗といい“健斗”と書いて“たけと”と読む。まぁそんなことはどうでもいいとして、


「バイト」


とだけ言葉を返す。


「マジかよ!?クリスマスだぜ!」

「俺には関係ない。というか、俺がバイトしてる理由くらい知ってるだろ?」

「いや、けどよぉ……」


勝とて、俺ん家の家庭環境を知らないわけじゃない。俺の家は、どちらかといえば貧乏で、俺の他に双子の妹がいる。そんな環境下にあって、俺は高校を卒業したらすぐに就職して両親の負担を減らそうと考えていた。けれど、両親は俺に進学を勧めた。それは「今の時代、大学くらい出ておかないと」との意味も込めて、だ。

 本当は断るつもりだったのだが、何度説得しても「大丈夫だ!子どもが心配することじゃない!」と、両親は気丈に振舞った。だから俺は、なるべく金銭的にも負担のかからない家から離れた県営の大学へと進学し、授業料やアパートの家賃、それに食費なんかをアルバイト代で賄っているわけ。

 だから世間が【クリスマス】というイベントに浮かれていようと、俺には関係のない話なのだ。


「俺、女子大の子達と合コンをセッティングしたんだぜ?クリスマスに女の子と過ごせるチャンスを作ったんだぜ!可愛い彼女が出来るかもしれないんだぜ!?」


と、勝が珍しく食い下がる。コイツには進学して仲良くなり始めた頃に、俺ん家の家庭環境の事を話しているので、いつものように「バイト」と言えばあっさりと引き下がるのだが、今回は少し違っていた。


「生憎だが、女の子と知り合うよりも、まずは金だ」

「そんなんじゃ寂しいじゃんかよぉ……。そりゃ、前に話してくれたことは覚えてるけど、せっかく親御さんが大学に進学させてくれてんだぜ?少しくらい大学生らしいことしようぜぇ?」

「アルバイトも立派な大学生らしい事だろ」

「華が無いじゃん」

「悪いが俺は華(女の子)よりも実(金)のほうが興味をそそられるんだよ。っと、悪い!もう帰らねぇとバイトが始まっちまう」

「あ、おいっ!?」


 あんまし長話もしてられねぇ。早々に話を切り上げ、俺の背に向かって何か言っている勝を置いて、講堂を後にした。










「ありがとやっしたーっ!!」


 大学に進学し、すぐに始めたのが“居酒屋”のアルバイトだった。かれこれ2年近くアルバイトをしているのだが、ここで雇われているバイト生は入れ替わりが激しく、そんな中で俺はかなりの古株として扱われている。

 今日も最後の客を見送り、店内の掃除に取り掛かる。掃除は閉店後と開店前に行う作業だが、ありがたくもこの居酒屋は繁盛しているので、毎度ピカピカに磨き上げた床やテーブルは、閉店後には見るも無残な姿に。

 と、いうわけで―――


「清掃入りまーす!」


 エプロン(自前)に、デッキブラシとバケツ、雑巾。さすがにバイトを始めて2年近くも同じことを繰り返していれば、コツもわかり手際も違う。まだバイトを始めて間もない新人達にはテーブルや椅子の清掃をお願いし、油やジュース、それにアルコールの類がこぼれた床を、俺は丹念に磨き上げる。……ん、よし!


「床、終わりました~!!」

「おぅお疲れさん!んじゃ“いつもの”頼むわ!」


 清掃道具を元の場所に戻し店長に声をかける。元は“漁師”だったという店長は、体躯(がたい)がよくいかつい顔をしているのだが、実際には強面(こわもて)に似合わず陽気で面白い。そんな店長が俺に頼む“いつもの”とは、所謂“まかない飯”の事。家事はあまり得意じゃない俺だが、居酒屋でのバイトという環境で、料理をするのが好きになった。最初は店長の手伝いをする程度の俺だったが、今ではバイト生に“まかない”を作る作業は、俺に一任されている。さて、今日は何を作ろうか―――








「出来ました」


 居酒屋というのは、やはり遅くまで営業するので“まかない”に関しても手早く出来るものが優先される。そこで今回作ったのが、マグロの“血合い”と呼ばれる部位を使った“マグロステーキ”と、食材の残りで作った出来合わせの“チャーハン”に、残り物の“味噌汁”。居酒屋ではあるが、店長が元漁師ということもあって“漁協”にコネがある。なので食材の多くは“魚介系”のものが多く。まかないもまた、それに伴う食材が多い。


『頂きます!!』


という店長を含めた俺達バイト生が、手を合わせて“まかない飯”に箸をつける。この瞬間が、俺にとってこのバイトで【一番緊張する瞬間】だというのは、バイト生として如何なものかと思うのだが、はてさて、どんなお言葉が返ってくるだろうか―――


「ん、美味い!」

「美味いっす大崎先輩!」

「美味しい……しかも、見た目よりアッサリしてる……やりますね先輩」

「さすがです大崎さん!」

「どうもです」


どうやら合格点のようで、俺も素っ気なくだが心の中で安堵する。


「けど、なんで“俺達”と“三河(みかわ)さん達”のマグロステーキがちょっと違うんすか?」


とは、後輩の山口(男)の素朴な質問である。まぁ俺達のマグロステーキは、バター醤油、それにガーリックを使って焼き上げた、見た目がいかにも“ガッツリ系”。それに対して三河たち(女性陣)のマグロステーキは、シンプルに焼き上げたマグロの血合いの他に、刻んだ大葉(シソ)に大根おろしを使った“和風タレ”を添えてある。

 要するに――


「まぁこの時間(0時)だし、さすがに女の子に“ガッツリ系”はきついだろ。それに【血合い】は名前の通り“血の臭い”がきついから、臭いを押さえつつアッサリと食えるものがいいと思って……な」


 やっぱし、女性はカロリーやらダイエットやらに気を遣う人が多いからな。


「……これだけ気配りが出来て、顔もそこそこ、清掃云々では手早く手際よく、なおかつきれいに掃除を仕上げる大崎先輩なのに、なぜ彼女の一人もいないのか……不思議ですね」

「さぁな。まぁ彼女を作る暇があれば、その分だけ金を稼いでるほうが幾分かマシだと思ってるし」

「えっ、大崎さんって彼女いないんですか!?」

「いない。そしてしばらくは作るつもりもない」

「俺が女だったら絶対先輩に惚れてるのに!」

「キモイ」

「即答そしてひどい!?」


 とまぁ、まかない飯を食べている間は、若者なりに盛り上がるわけで。店長は苦笑しつつ、俺たちの会話に耳を向けていた。











 12月も終盤に差し掛かっていた。今日は【クリスマスイブ】である。俺はバイトを理由に実家に帰っておらず、店休日以外は全て居酒屋でアルバイトをするようになっていた。まぁこれは昨年と同じで、また同様に


「大崎くん、今年のクリスマスもバイトに入ってくれるのかい?こっちとしちゃ願ってもないことなんだけど……」


とは、苦笑する店長の言葉である。


「しっかし、今年は他の子(バイト生)たちも長く続いてるな。やはり大崎くんのおかげかねぇ……」

「さぁ、店長の気さくな性格のおかげじゃないんですか?」


 と、開店前に軽い会話でリラックス。店長の言うとおり、居酒屋の仕事は接客の他に料理や飲み物を運ぶだけでなく、裏方の仕事も多いため、けっこう重労働。下手すれば1ヶ月で辞めてしまうようなバイト生が多かった中で、それでも山口を始めとした他の3人のバイト生は、頑張って働いてくれている。

 今日はクリスマスイブということもあり、山口と三河の二人は「すみません!この日は休ませてもらってもいいですか?」と、休み。まぁ恋人のいる相手がクリスマスイブを一緒に過ごしたいという気持ちもわからなくないわけで、店長も俺も簡単に容認。そもそも、世間はクリスマスというイベントに沸き立っているけれど、この店は“居酒屋”である。大して客足に普段との差は無い。むしろ少ないともいえる。




 今はまだ19時。開店から2時間が過ぎたが、客足はサラリーマンの3人だけ。やはりこういうイベント事で客が多いのは、少しばかり洒落たレストランとかなのだろう。

 そういえば「是非とも合コンに参加してくれ!」と、開店間際まで勝は俺にメールを寄こしてきた。どうやら男子の数が足りていないらしい。なので、俺が最後に送ったメールの内容が「恨むなら己の人脈を恨め」だった。その後は携帯の電源を切ったので返信の有無は知らない。


そんなこんなでバイトに集中していたのだが、21時を過ぎた辺りから、客足はパッタリと途切れた。これにより、今日は早めに閉店(22時)。その20分後に、俺と粟島(あわしま)という名の真面目だが無愛想な後輩(女)はバイトを終えて、店を出た。


「大崎先輩、この後のご予定は?」


 帰り道が一緒ということもあって、俺は粟島を送る形で帰っているのだが、途切れた会話の後、不意に粟島が口を開く。


「帰って寝る」

「先輩の思考に「私とご飯を食べに行く」という選択肢は無いんですか?」

「……ふむ。無愛想だと思っていたが、粟島は面白い冗談が言えるんだな」

「冗談ではないのですが……まぁ先輩らしいといえば先輩らしいですね」

「生憎、俺は自他共に認める“ケチ”でな」


ケチというか堅実というかは人によって異なるが、俺はたぶん“ケチ”の部類に入るだろう。守銭奴だし。しかしこれは想定内だったらしく、再び粟島が口を開いた。


「さて、そんな先輩に朗報があります」

「ほぉ……なんだ?」

「私が奢ってあげましょう」

「なるほど。たしかに俺にとっては金を使わず好都合だ」

「では……」

「却下だ。何が悲しくて後輩に飯を奢ってもらわにゃいかんのだ」


これはまぁ……先輩としてのつまらんプライドだろう。まして女の子に奢ってもらうのは、男としての威厳に関わる。けど、金は使いたくない。とうより、


「粟島、お前の目的は何だ?」


粟島(こいつ)以上に、周りに対して素っ気ない態度の俺(店ではもちろん愛想に気を遣っている)が、どうして後輩とこんなやり取りをしているのだろう?そこが気になった。


「そうですね……先輩は私のタイプなんですよ。もちろん、男性として異性(おんな)を惹きつける“魅力”があるという意味で」

「だとすれば、お前は眼科もしくは精神科へ行ったほうが良いと思う」

「そうですか?素っ気なくともさりげない気配りが出来るし、顔も悪くない。家事云々も普段の仕事を見ていれば容易に察することが出来ます。そんな先輩は、女性にモテる資質を持ち合わせていると思うのですが?」


資質を持っているからと言って、モテるとは限らないと思うんだがな。


「前も言った通り、俺はしばらく彼女を作る予定は無い。俺は恋人より「お金を優先する……ですよね?」


言葉を遮るあたり、俺がどんな性格かはわかっているだろうに。それに、仮に俺なんぞと付き合ったとして、メリットがあるわけでもなかろうに……。


「……まぁその性格は如何なものかとは思います。ですがそれを差し引いても、先輩は私にとって魅力的なんですよ。両親に迷惑をかけまいとバイトに励む先輩の姿勢に、私は惚れたんです」

「さて、誰に聞いたんだ?」

「前に店長と先輩が話しているのを聞いたんですよ。まぁ盗み聞きですが」

「おい」

「それまでは「愛想悪い先輩」だなと思ってたんですけどね。人の事は言えませんが」

「まったくだ」

「そこは「粟島は別に愛想悪くないぞ?」と言ってくれれば私の中の胸キュンポイントが上がったんですが……まぁともかく、先輩がどうして恋人を作るよりもお金を稼ぐことを優先するのかという結論を知ってしまって以来、私は先輩に対する見方が変わってしまって……気付けば惚れてました。好きです」


はぁ……最近の()の愛情表現はストレートだな。オジさんの俺には理解できないよ……まだ20歳だけど。あと胸キュンポイントってなんだ?


「ですので、先輩を食事に誘おうと考えてましたが……ふむ、どうやら失敗のようですね。仕方なく先輩に無碍に断られたと大声で泣き喚きながら今日は帰ります」

「……さり気なく脅すとは良い性格してるな……はぁ、まぁ飯くらいなら付き合ってやろう」

「あら、今のでまたポイントが上がりましたよ。さすがは先輩ですね、焦らした後にさりげなく優しくするなんて……」

「やっぱ帰る」










 はぁ……どうしたもんだかね。恋愛よりお金稼ぎを優先する俺だが、女性に好かれるというのは、やはり嬉しいものだ。事実、昨晩は粟島と一緒に(ファミレスで)飯を食ったんだが、思っていたより楽しかった。ただ飯を食うだけだと思っていたんだが、食事中もバイトの話(主に店長の話とか顔マネ)をしたり、お互いの事を話したりと、話題は尽きなかった(もちろん飯代は俺が払ったが)。

 その後は粟島を(アパート)まで送り、俺は帰ることにしたのだが、


「据え膳を食わないとは……」

「馬鹿言ってないで早く寝ろ」


粟島という無愛想な後輩は、なんだか猫を被っているように見えた。もちろん“据え膳”は食べなかった。既成事実など作らないに越したことはないしな。


 とまぁ昨晩はこんな感じ。んで、明けて翌日。クリスマス当日だが、やはり“居酒屋”とは無縁なイベントなのか、客足は疎ら。昨日以上に客の引きも早く、8時も過ぎれば閑古鳥状態。


「今日も早めに閉めるか……まぁ大崎くんにとっては嬉しくないだろうけど」

「バイト代が稼げないのは不本意ですが、客が来ない状況で店を開けておくほうが、よっぽど俺の“ケチ”に反します」

「先輩はケチというより堅実って感じっすね」

「そうね。第一、先輩はケチじゃないです。昨日は私にご飯を奢ってくれたし」


…………は?


「え?二人って付き合ってんの?」

「いや、付き合ってません」

「篭絡させている途中です」

「おい……」


この期に及んで【爆弾】を放り込んだよ、この後輩(あわしま)は。


「山口くん、すぐに暖簾(のれん)をしまって!それから三河さんは札を“準備中”にしておいてくれ!」

「「はい!」」

「おい」


なんだろうね、この迅速な店じまい……。そのスピードを普段の仕事で発揮してくれりゃいいのに。などと俺の心の中の愚痴が聞こえるはずも無く、早々に閉店した店内で、テキパキと席が設けられた。




「さて、昨晩何があったのか……詳しく聞かせてもらおうか?」

「粟島に脅されて飯を奢らされたあと、アパートまで送って帰りました」

「……色々と語弊はありますが、まぁ事実です」


 好奇心丸出しな店長(以下:山口と三河)の事情聴取らしき尋問に、言葉少なく、かつ簡潔に言葉を返す。粟島も……まぁ肯定した。不服そうではあったが。


「……面白くない」

「全くっす!」

「同感です!」

「お前ら……」


何が気に食わない……俺は事実を述べただけなのに。


「でもさっき「篭絡している途中」って粟島さんが言ってたけど……」

「まぁ……告白はされました」

「しました。ちなみに“据え膳”となるべく先輩にはアパートまで送ってもらいましたが、手どころか部屋にも入ってもらえませんでしたよ」


粟島、余計なことを言うな。


「ふむ……まぁ大崎くんらしい、かな」

「先輩は常に「恋人よりお金」ですもんね」

「ですねぇ……」


あぁ、想像通りの言葉が返ってきた。まぁ俺の性格(とか事情)を知っている三人だから、容易にその時の想像は出来たらしい。


「既成事実を作るために頑張ってはみたんですがね……強敵です」

「粟島は要らんことを言うな。まぁ好きか嫌いかでいえば、好き……だとは思うんだがな。如何せん彼女などいた事もなければ、付き合うということもよくわからん。まして付き合ったとしても、俺が粟島に裂ける時間は少ないと思うし……そもそも好きという気持ちもどちらの意味なのかわかってないしな」


これは俺の本音だ。昨晩の一件で、俺の粟島に対するイメージは【無愛想】から【面白い後輩】へと変わっている。とはいえ、それが恋愛感情だとは言い難く、まして付き合ったところで、普通の恋人のようなこと(デートとか)は出来ないだろう。今でもけっこうギリギリの生活を送っているわけだし。


「前途多難……っすね……」

「う~ん……」


山口と三河は悩む。まぁ俺と粟島のことで悩んでも意味無いと思うんだが。


「……なら、デートは店内(アルバイト)で……とか?」


店長……それ、普段と変わらないと思うんですが。


「……名案ですね。ならば私と先輩のシフトを同じ日にしましょう。全て。」

「粟島のポジティブ思考は尊敬できるんだがな……お前にまで余計な負担はかけたくない。というより、付き合ってる前提で話を進めるな」


まだ付き合うとも言ってないのに。それに【面白い後輩】という気持ちが恋愛感情かどうかもわからないと言ってるだろうが。


「では、まずは呼び方から変えましょう。私は“健斗”と呼びます」

「話を進めるなそして呼び捨てすんな」

「ですので“健ちゃん”は私の事を佐織(さおり)と呼んでください」

「おい、既に呼び名が砕けすぎてる。あと、山口と三河、笑うな」

「もしくは“さっちゃん”か“サッチャー”と」

「わかったよ“サッチャー”」

「……そのあだ名は気に入りません」


だろうな。誰も好き好んで某国の元首相の名で呼んで欲しいと思う奴がいるとは考えられんし。そして店長も笑うな。別に漫才をしてるわけじゃねぇんだ。


「まぁ時間はありますので、これからゆっくり口説き落とそうと思っています。なので、覚悟してくださいね“健斗さん”」

「俺の意志は無視か……はぁ……」


にっこりと笑う粟島は、既に俺を口説き落とす準備を始めているらしい。そう思ったのは、笑みに“余裕”を感じたから。溜息を吐きつつ、俺は次の言葉を口にする。




「……お手柔らかに頼む」










5年後の今日は【クリスマス】。大学を卒業して無事に就職が決まった俺は、冬のボーナスで、前々から気になっていた“ある物”を買い、目的地へと走っていた。時間は歩いても充分に間に合うほど余裕があったのだが、急いで会いたい一心からか、歩の速度は上がっていて……。そんな自分に苦笑しつつ目的地に到着すれば、相手は既に待っていたようで、こちらに気付くと小さく手を振った。


「悪い、待たせた!」

「私も今着いたばかりですから」


走ってきた俺に対して気にしていないと嘘を吐く相手に、俺はまた苦笑。その手を取れば、どれだけ待っていただろうかと心配するほど、冷たかった。


「相変わらず真面目なのはいいんだけどな……俺に嘘は吐かなくていい」

「なら……いつまで待たせるつもりだったんですか?寒さで凍え死んでしまうかと思いましたよ」


途端にいつもの口調で俺を責め始める“待ち人”。


「……これでも時間前に来たんだが……」

「そうでしたね。まぁともかく、私と手をつないで暖めてください。今回はそれで妥協してあげましょう」

「それで許してくれるならありがたい………とはいえ“恋人”を寒い中、ずっと待たせてしまったお詫びをしたいと思うんだが」

「それは殊勝な心がけですね。どんなことをしてくれるんですか?」


相変わらず淡々とした口調だ。とはいえ、色々と待たせてしまったお詫びというか、これまでこんな俺に付き合ってくれた感謝の意味も込めてと言うべきか……。先ほど買った“ある物”を取り出し、恥ずかしながら“恋人”の前で片膝をつく。


「こんな俺のそばにずっと一緒にいてくれたお前に、今さらながら口に出来なかったことを言う。まぁ恥ずかしいから一度しか言わないが……」


前置きして、頭の中を整理。しかし、やはり緊張するな……。生まれて初めて口にする言葉だし、周囲も「え?なにあれ?」と、こちらに気付いている人も少なくない。そんな中で、俺は言葉を紡いだ。


「これからも、一緒にいてほしい……“佐織”、お前が好きだ……俺と結婚してください」


あの日から5年……今までずいぶんと苦労をかけっぱなしだった。デートらしいデートをすることも出来ず、贈り物らしい物を贈ることも出来なかった俺なのに、佐織は文句一つ言わず、ずっと一緒にいてくれた。就職しても最初の頃は仕事を覚えるのに精一杯で、ようやく時間に余裕が生まれ始めたのは、ごく最近になってからのこと。普通なら見限られてもおかしくないはずなのに……そんな俺をずっと待ってくれている佐織に不誠実でありたくは無い。そして、そんな彼女の優しさに心惹かれ、好きになっていた自分の気持ちに正直でありたいと思いながらも、気恥ずかしさゆえか、ずっと口に出来なかった言葉を添えた、俺にとって一世一代のプロポーズ……。


「篭絡成功……ですね。ずいぶんとまぁ長いこと待たされたものです」


ふと僅かに口元を歪めた佐織は、俺の手から“ある物”……いや、この際はっきり言うが、【指輪】を手に取った。


「やはりこういった贈り物は嬉しいですね。おそらく“健斗さん”が私にくれた初めてのプレゼントでしょう」

「我ながら最低の彼氏だと思ってるよ」

「いえいえ……待たされただけにずいぶんと価値のある贈り物を頂きました。“一生涯の恋人”という飛び切りのプレゼントを……ね」


割とアッサリ告白は成功。しかし、俺としちゃ緊張で手が震えていたにも関わらず、佐織のなんと淡々とした口調だろう……なんか解せんな。


「でも、せめて恋人の指のサイズくらい知っておいて欲しかったですね」

「え?あ……」


と、少し可笑しそうな表情をした佐織の言葉どおり、薬指にはめられた指輪はずいぶんと“ゆとり”があった。というよりぶかぶか……。この期に及んでなんという失態だろうか……購入した店の店員さんに言えば、代わりを用意してくれるだろうか?


「ですが、もう返品は利かないでしょうね……」

「うっ、マジか……けっこう大枚をはたいたんだが……」

「いえいえ。仮に返品が利くとしても私は返すつもりは毛頭ありませんが」

「は?なんで?せめて指に合うサイズにしたほうが――っ!?」


そう言いかけて、いつも無表情な佐織の顔が、一気に開花させたような笑みと言葉に変わり、俺の唇を人差し指で遮った。



「……ふふ、一生涯の大切なプレゼントに、返品なんて野暮なことをする気はありません。そうですね……許して欲しかったら、私をこれから一生涯、愛してくださいね?」



そんな言葉を口にした佐織に、俺はガラにもなく照れた。将来尻に敷かれる可能性は充分あるわけだが、まぁここまで言われて返す言葉もないようじゃ、俺はホントに不誠実で最低な男になってしまう。

 だから―――



「言われなくても……一生“佐織”を愛している。その気持ちが変わることはないよ。ずっと……」


現在進行形で、そして未来(さき)の事を確信して、俺は言葉を返した。


そんな俺たちに、周りからは拍手が湧き起こって、なんともいえない恥ずかしさと嬉しさの交じった、そんな今日は―――








――【クリスマス】。

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