「『彼女』の正体、『彼』のウソ」
ついに明かされる『英雄』の正体です。
ギャグにはなりませんでした。
普通のファンタジー目指そうかな
「ん~!
この姿も久しぶりねぇ」
たった今の今まで青年だったはずの少女は、ひとつ大きく伸びをした。
『あ、口調ももう戻していいのか』
そう笑う少女の言葉は、この世界のどこの国の人々が聞いても理解できない言語だった。
彼女の年は、目測で十代の後半。
この世界では珍しい黒髪黒目、150に届きそうで届かない低い身長。肌は少し黄色みの強い象牙色で、体格は手足が多少長めだがごく普通。
モデルのような美しさはないが、笑っていれば10人中8人は可愛いと言ってくれそうな、愛嬌のある顔立ちだ。
しかし、この世界のどの国民にも一致しない顔立ちでもあった。
白状しよう。
彼女はこの世界の人間ではない。
彼女はほんの二年前まで、日本の、あの有名なネズミの王国の近くにすむ、高校に入学したばかりの学生であった。
いや、高校生なのだから生徒と言うべきなのだろうが。
とにかく彼女は、平成生まれのごく平凡な日本人だった。
それがなぜこの世界で傭兵(しかも男)として生きていくことになったのか。
それは彼女にもわからない。
ただあの日、彼女はある出来事に巻き込まれた。
そして目覚めたら、全身びしょ濡れの状態で、この剣と魔法の世界、グラウディアに来ていた。
その辺りの細かい経緯は、いずれ語ることもあるだろうが、今は関係ないので割愛する。
さて、ここでひとつ先程まで主人公として活躍していた『英雄』カイルの話をしよう。
結論から言うと、カイル=グレイディッシュという男は存在しない。
ここに来た当初、不思議と言葉は理解できていたものの、なにもわからず途方にくれていた彼女を誘拐して売り飛ばそうとした盗賊達や、そこから助けたはいいものの、その膨大な魔力量に目をつけ恩を笠に着て妾妃と言う名の枷をつけ、絶対服従を誓わせようとしたとある国の王などを見て、
「あれ?これこのまま女として自由に生きていくの難しくね?」
と言うことに気付いた彼女が造り上げた、言わば幻影である。
だからこそ、金髪碧眼高身長の美青年で傭兵なのだ。
童話に出てきそうな美形の男。しかも渡りの傭兵。
この二つが揃えば、盗賊などはむやみに襲って来にくいだろうし、多少世間に疎かろうと外見に引かれて寄ってきた女性がこれ幸いと教えてくれるだろうと言う打算である。
こちらの世界に来た当初の彼女は、最初に述べた出来事のお陰か、少々人間不信気味だった。
閑話休題。
話をもとに戻すが、そんなわけで、カイルはこの世に実在しない。
異世界からやって来た少女の、姿替えの魔法によって作られた、架空の人物である。
もちろん中身には少女がいるので、『理想の男』と言う着ぐるみを着ているようなものだと思ってもらえば分かりやすいだろう。
つまり、彼は存在そのものが『ウソ』なのだった。
ここまで来たらバラしてしまうが、大広間で『カイル』が仲間たちに言った『英雄をやめる理由』。
王都に帰ったあとの自分に降りかかるだろう出来事への推察や、魔族達への抑制について語ったことはウソではない。
だがしかし。
あの時語った心情の、ほぼ全てはウソである。
ウソでないのは、王女二人を妹のように思っていると言うことと、リーサに対して示した気遣いのみ。
英雄になりたかった訳じゃないと言うのは完璧なウソと言うわけではないが、このような行動をしたらそう呼ばれると言う確信がある上で、行動をとっていたのだから、あながちウソじゃないとも言えないだろう。
人々に希望を持たせる云々は完璧なウソである。
ただ、目の前の敵を自分の明日の命に係わるから倒していただけである。
そこに人々が希望を見出だすだろうことはわかっていたが、結局は自分のためである。
高みから見守るだけはイヤと言うのもまた然り。
確かに高みにいるのはイヤだったが、それは自由に動けなくなるのがイヤだったからだ。
王族への心遣いのようなものを見せたのは、それを言えばみんなを説得するのが容易くなるとの考えからであり、本当に王族を思ってのことではない。
ちなみに言うと、王女達の自分への恋心にもしっかりと気が付いている。
こうしてみると、なかなかに最低な人物である。
てかウソつきすぎだろ。
猫を被るにも程がある。
辛うじて、魔王を倒した後の、戦で散っていった者たちへ向けた鎮魂の祈りがウソでないことだけが救いだろうか。
もちろん、彼女にも言い分はあるだろう。
カイルと国王の契約は、魔王を倒すと言うことのみであるから、政治の駒にされるのがイヤなのはわかる。
またそれが原因で争いが起こるだろうことは火を見るよりも明らかであり、自分が死に物狂いでもぎ取った平和を、そんなことで乱してほしくないと思うのは当たり前だ。
王女達のことに関してはそもそも自分が女なので論外。
民に対しても、全員に平等に手を差し伸べるのは無理な話で、それならば初めから、訳のわからないまま動いて余計苦しめてしまう前に、全員に差し伸べられる人に任せてしまった方がいいのも道理である。
魔族に対する抑止力は王都に戻ったリヒャルト達だけで十分で、こちら側も『最強』を失ったと知らしめることで溜飲を下げさせることができ、冷静に相対出来るだろう。
魔族たちと敵対ではなく、貿易で親交を結べるのなら、経済的にも、それに越したことはない。
まあなんのかんの言っても、カイルがウソツキであることになんの変わりも無いのだが。
ちなみにみんなが引いていた女言葉についてのエピソードだが、あれはウソではない。ただし事実を正しく言ってもいない。
カイルは彼女が自分に教えている言葉が女性特有のものであることにも、それがわざとであることにも習っている段階で気がついていた。
それでも敢えてそのまま覚えたのは、当時風当たりが強くなっていた周囲への防波堤にするためだ。
あと何も気付いてないと信じ込んで女言葉を教えて笑いを堪えてる彼女を見ているのが純粋に面白かったから。
元々女なので、男の姿のままでも、女言葉を使うことに違和感もためらいも羞恥もない。
これはどちらかと言えば対話している方にダメージが蓄積する話し方なのだ。
カイルの男らしい容貌も、それを後押しする。
現に最後にばらして修正しようと考えていたらしい彼女は、一向に直らない(直さない)彼との会話にどんどん顔色を青ざめさせていた。
それを見ているのはなんだか非常に楽しかった。
そんなウソツキな英雄の正体である彼女は、魔王討伐と言う厄介事からやっと解放され、のびのびと羽を伸ばしていた。
次回から本格的に行動開始です。
目指していたのは『英雄』のその後なので、むしろ物語的にはそっちが本編です。