「そして彼は……」
こっちの方が面白いのではと思ったので付け加えました。
途中はシリアスです。
「ふっふっふっふっふっふっ」
魔族領に一番近い人間の国の湊町の、国境に程近い森の中。
全身を黒いローブで覆った怪しい人物が、これまた怪しい含み笑いを浮かべていた。
その人物は両手を前に突き出しガッツポーズをしていた。
その握りしめた両拳は、興奮のためかプルプルと震えている。
ガバッ
そんな擬音が聞こえそうなほどの勢いで件の人物は空に両腕をまっすぐに伸ばし、掌をこれ以上は無理なくらい開き、顔を仰け反らせ、絶叫した。
「自由よ~~~!!!!!!」
重力にしたがって落ちたローブのフードから覗いた横顔とこぼれる金糸の髪は、まごうことなく今ごろなら王都に向かっているはずの『英雄』、カイルのものだった。
―――ことは数日前に遡る―――
「英雄をやめるって……死んだことにして欲しいって、いったいどう言うことだ!?」
カイルの爆弾発言のあと、彼はその場にいた仲間達に質問攻めを受けていた。
ちなみに、今回真っ先に立ち直ったのはヒューイである。
その彼に、カイルは淡々と答えた。
「別にアタシは、元々英雄になりたかった訳じゃないの。
この一年間、魔王討伐を目指して旅をして、その間に魔族に襲われてた村なんかを助けて。
その積み重ねで英雄なんて呼ばれるようになっちゃっただけ」
「それが不本意だったと?」
どこか怒ったように尋ねるメリアに、しかしカイルは首を横にふった。
「そういう訳じゃないわ」
好んでそう名乗ったことはないけど、そう呼ばれること事態が嫌だった訳じゃないの。と、彼は続けた。ひとつ大きく息をつき、彼は自身の胸中を語り始める。
それは説明と言うより、どこか独白に近かった。
「英雄って、不思議よね。
それがどこの誰で、どんな容姿をしてて、どんな過去を背負って、どんな性格なのか。
その人を形作る全てが、『魔族を倒す奇跡の人』と言う存在としての影に追いやられてしまうの。
……別にそれが悪い訳じゃないわ。魔族に対抗するすべを持たない、普通の人々にとって、大切なのは自分や周りの人が危ないときに助けてくれる人がいるかどうかであって、それがどこの誰かなんて関係ないから」
それでも懸命に生きる彼等が、アタシは貴いと思ったの。
だから助けたいと思った。
彼は続ける。
「アタシが今まで英雄と言う地位を受け入れていたのは、世界に生きる人達に、希望が必要だと思ったからなの。
『英雄』と言う希望があれば、いつ襲われるとも知れない魔族の脅威からホンの少しの間であろうとも開放される。
いつか魔族からの侵略に脅えずのびのびと人生を謳歌できるようになる日が来ると、夢を見ることができる。
そしてそれは近いうちにきっと実現する。そんな希望を、みんなに持たせてあげたかったの」
無責任にも程があるけどね。と、カイルは自嘲した。
「今日、やっと魔王を倒せた。魔王さえいなければ、魔族は人族に攻撃してこないわ。
彼らは元々冷徹で利益主義な種族で、魔王と言う麻薬に狂わされているだけだから、魔王がいなければ対等に貿易をすることすら可能なのは、皆も知ってるでしょ?
今回の戦いで散っていった人たちの遺族は、それでもやっぱり辛いでしょうけど……
きっと、乗り越えてくれる。
魔族は襲ってこない。
命の危険は去った。
……これでみんな、心穏やかに暮らせるはずよ。
英雄の役割は、ここでおしまい」
「……だからやめると言うのですか?
魔王の脅威がなくなったとはいえ、民が負った傷は決して浅くはありません。
彼らにはまだまだ、英雄が必要だと思いますが?」表情こそ穏やかなものの、リヒャルトの言葉は鋭い棘を持っていた。
カイルは、それをまるごと受け止めた。
「そうね。その通りだと思うわ。
でも、このまま英雄のままでいたら、アタシは彼らを高みから見守るだけになってしまう。
そんなのは嫌なの。
英雄をやめたアタシが彼らにしてあげられることなんてほとんど無いのもわかってるわ。
でも、上に立つ英雄ではなく、となりに並ぶ友人でありたいの。
それに、何時までも英雄に頼りすぎるのも、よくないと思うの。
英雄がいない状態で、危機に陥ることだって、きっとこの先たくさんあるわ。
そんなとき、助けを待つだけの存在であることがどんなに危険か……
そうならないように、多少の危機感を、残しておきたいのよ。
――あと……こんなことを言うのもどうかとは思うけど、傷ついた民を擁護し、鼓舞して勇気付けるのは、王族であるべきだと思うわ」
――アタシはただの傭兵よ?――
言い辛そうに言われたカイルの言葉に、リヒャルトは黙った。
言外に含めたカイルの意図に気づいたのだ。
今回の戦いで王族がしたことと言えば、カイルや自分達や兵達に魔王討伐命令を出したことのみ。
もちろん王族である以上、共に向かうことなど不可能であるし、魔王を打ちにいく彼らに対し様々な援助はしていたのだが、それらは総じて目に見えにくい。
結果として、民の賛美の目は命令を出しただけの王族にではなく、それを実行した兵達――さらに言えば実際に打ち倒したカイル――に向かうだろう。
カイルがヒューイ達と同じヒストリヤ国民で、王に仕える兵だったら問題はなかった。だが現実問題彼は外国人であり、ただの流れの傭兵だった。
カイルとヒストリヤ国との確固たる繋がりがない中で、カイルに尊敬が集中してしまうことは確かにまずい。
王族の威厳を回復させ、領地を円滑に治めるためにも、民には王族への畏怖の念を持ってもらう必要がある。
カイルの言ったように、それは確かに王族がすべき仕事だった。
黙ってしまったリヒャルトの代わりに、今度はリーサが質問をした。
「英雄をやめたいと言うことはわかりましたけど、それでどうして『魔王と相討ちになった』と言うことにする必要があるんですか?
魔王を倒したと報告したあとで雇用契約を打ち切っても、特に問題はないように思いますが」
実際には色々と問題がある事柄であると言うことに、まだ若く神殿で純粋培養で育てられた少女は気付けなかった。
カイルはひとつ頷くと、答えを告げるべく口を開いた。
「それがそうもいかないのよ。
もしリーサが今言ったように、ヒストリヤ国に出向いて陛下に任務完了の報告をしてから雇用契約を打ち切ろうとしたら、まず間違いなく何だかんだといって引き留められて足止めされるわ。
そして陛下は、アタシを国に引き入れようと躍起になるでしょうね。
魔王を倒すことのできる力を有する人間は、政治的に非常に価値があるのよ。
いれば他国への牽制になることは疑いようがないもの。
魔王を打てるほどの化け物に、好き好んで喧嘩売るバカはいないわ」
自らを化け物と形容するカイルに、一同はなんとも言いがたい表情を浮かべる。
それに構うことなくカイルは続けた。
「でもアタシがどこかひとつの国に所属してしまったら、それはまた新たな争いの火種になる。
今度は人と人との戦争になるわ」
せっかく魔王を倒して平和になるはずなのに、これじゃ本末転倒よ。
彼は苦々しげに呟いた。
「それに、もし仮に陛下がアタシを引き入れるために策を練るとしたら、それはきっと二人いる王女様のどちらかとの結婚でしょうしね。
……冗談じゃないわ。
ルーレもユーリも、アタシにとっては妹も同然よ。
かわいい妹達に、政略結婚なんてさせたくないわ。
アタシさえいなければ、将来好きになった人と結婚できるもの。
二人にとっても、それが一番でしょう」
憤懣やる方ないと言ったような彼の言葉に、実はルーレシア王女とユーリシア王女が、童話の中の王子様のような美しい容貌と男気溢れる性格を持つカイルを魅力的に感じ、恋心を抱いていることを知っている彼らは、二人の王女に心のなかで合掌した。
「……王城に戻ってから、魔王との戦いの傷で死んだことにしてはどうです?」
無駄とは思いつつも、リーサは一応聞いて見たが、カイルは即座に首を横に降った。
「それじゃダメよ。
そんなことをすれば、なぜ治せなかったのかと、今度はリーサが責められるわ」
それはリーサを思っての言葉だった。
「それに今回の戦いで死んだのが魔王だけでなく魔王を打ち倒した英雄もそうだと言うのであれば、魔族に対する切り札にもなる。
痛み分けと言う風に持っていくことが可能になるのよ。
魔族にとって、魔王は絶対。
人間よりも数は少ないとはいえ、その戦闘力は人間よりかなり上よ。
魔王を失った仕返しとして襲ってこられたらたまったもんじゃないわ。
でも、その本人がいなかったら、また話は変わってくる。
そう考えても、アタシはここで死んだと言うことにしておいた方が良いのよ」
その言葉に、今度は誰も何も言えなかった。
その後いくつかの話し合いのあと、あの場にいた面々は『カイルは魔王と相討ちになった』とすることに同意した。
リヒャルトだけは宮廷魔術師としての立場から何とか説得しようと試みたが、カイルの固い意思と、決してヒストリヤの損になるようなことはしないと言う言葉に、それ以上他国の国民である彼を自国の政治の駒にするのも悪いと思ったのか、最終的には渋々ながらも納得した。
いくつかの約束ごとをカイルに取り付けた後、細かい口裏あわせの話し合いが行われ、彼らは、カイルを残し決戦の場を後にした。
『魔王と相討ちした』カイルが、共に行くことはできなかったからだ。
「じゃぁ……元気でね」
寂しそうに、でもどこか肩の荷が下りたかのように儚く微笑みながら仲間を送り出す『魔王を討ち滅ぼした英雄』。
それが、彼らが見たカイルの最後の姿であった。
「じっゆう、じっゆう♪
魔王のお陰でじっゆう
ぶっ倒したお陰でじっゆう~♪」
今、件の英雄はそんな物騒なことを口ずさみながら森のなかを歩いていた。
その様子は非常に上機嫌で、満面の笑みを浮かべている。
正直、さっきまで大広間で、魔王や失った命に対し涙を流して冥福を祈っていた人間のすることでは無いと思うのだが、彼は一向に気にしていない。
足取りはこの上もないほど軽く、美しくスキップまで披露している。
正直に言おう。
とても怖い。
とてもではないが『英雄』に憧れる民に 見せられるようなシロモノではなかった。この場に誰もいないことを、神に感謝するばかりである。
だがもし仮に誰か人がいたところで、殆どがなにも見なかったことにして自分の用事を済ませようと足早に場を離れるだろう。
自分にできることはなにもないと見切りをつけて。
それほど今の彼は『イっちゃった』存在であった。
そのイっちゃった彼は、おもむろにピタリと足を止め、今更気がついたようにポツリと呟いた。
「――そっか。
別にもうこの姿でいる必要は無いのか……」
納得したようにうんうんと頷くと、彼は自らの血を媒介に「力ある言葉」を紡いだ。
一瞬で彼の足元に魔方陣が浮かび、目映い金色の光が彼の姿を呑み込む。
数秒後、やっと光が収まったその場に立っていたのは、金髪碧眼の高身長の青年ではなく、黒髪黒目の背の低い小柄な少女だった。
読了ありがとうございました。
はじめの方は少しギャグに入れましたかね?
次は英雄の正体について触れます。