「カイルと言う男」
仲間達の容姿と立ち位置が出てきます。
あと主人公のちょっとした異常性も。
男――カイルは肩と言わず全身で息をしながら、今にも崩れ落ちてしまいそうになる体を気力だけで必死に保たせていた。
今の自分が持ちうる限り全ての技と魔力を絞り尽くして注いで剣を心臓に突き立てたのだ。いくら超人的な回復力を持つ彼であっても流石に限界だった。
いくら大広間にいる魔族は仲間達がすべて相手をしてくれたため一対一に持ち込められたからと言って、それで魔王との対戦の負荷が無くなるわけもない。
何せ彼は仲間を死なせたくない一心で、彼らが危なくなる度に魔王を相手にしつつ魔法で助けていたのだ。
それはこの世界に住む魔族以外の全ての生物の命と今後の人生を、両肩にかけている人間としては決して正しくはない行動だった。
今も、決して油断は出来ない。しかし、緊張する必要もないと彼は理解していた。
自分の剣は魔王に届いた。使用した剣は退魔の剣であり、そこに魔族が最も忌避する、人間の持つ陽の力――生命エネルギーを注いだのだ。
魔族の長である魔王が、それに耐えきれる訳がなかった。
魔王だった存在は、徐々にその輪郭を曖昧にし、己を形作る魔力を保てず、小さな微粒子となって、一言も発することなく崩れていった。
――トサ
カラ……ン――
布と金属が床に落ちる小さな音が、静寂に包まれた広間に大音量で響いた。
今まで魔王が着ていたローブと、それに突き刺さった退魔の剣。身につけていたアクセサリー類と王冠が、支えをなくし重力に逆らわず落ちた音だった。
それが、魔族と人間の長い戦いに終わりを告げる終焉の鐘となった。
「終わった……のか?」
そう呟いたのは、カイルから8メートルほど離れた場所に立っていた剣士だった。二十代後半の、カイルと違いがっしりした体格のこの男の名はヒューイ。此処よりはるか西にある、世界で三本の指に入る大国・ヒストリヤ王国で、外警部隊隊長として勤めていた男である。
この若さで隊長と言う地位にいることからも解るように、腕っぷしがよく、気配りもうまい、将来有望な非常に優秀な人物である。
「とうとう……成し遂げたんですね」
疲れをにじませながらも安堵のため息をこぼしたのは、緩くウェーブした長い銀髪のはかなげな少女。140後半ほどしかない、華奢な彼女の名はリーサ。まだ十代半ばだが優秀な神官で、治癒・回復や結界の力に長けている。今はその結界の力をもってして外からの援軍と内からの逃亡を防ぐべく守っていた扉に背を預け、凭れて何とか立っている状態だ。
「その様だな。もう、大丈夫だろう。やっと、帰れるな……」
それに答えたのは真っ直ぐな赤毛の、二十代後半の女性。相当消耗しているのだろう。崩れるように方膝を突き、自らの体を手にした剣で支えている。その知的でありつつも勇壮な顔は、心なしか少し青白い。身長は、女性にしてはやや高めだろう。170ほど。細身だが、バランスのいい体つきだ。彼女の名はメリア。魔剣士である。リーサから150メートルほど離れた場所で、自らが屠った魔族の山に囲まれている。
その場から更に5キロほど離れたところから、一人の男が彼らに向かって近付いてくる。その顔はやはり疲れの色が濃いものの、とても清々しげだ。髪は赤みを多分に含んだ黒色で、人の良さそうな、警戒心を抱かせない顔立ちだが、年老いた三十代にも、若々しい五十代にも見える。一言で言えば年齢不詳だった。
とりあえずカイルの仲間で彼が一番年上であることは間違いないだろう。彼の名はリヒャルト。
宮廷魔術師で、賢者と呼ばれ、全ての正しい真実を知るために、また年若く血気盛んな彼らのストッパー兼参謀役として、今回の旅に参加していた。
魔力は宮廷魔術師としては必要最低限でしかないものの、その質の高さと、深く広い知識をフルに活用した彼オリジナルの術のバリエーションと規模は半端ではなく、まさに賢者と呼ばれるに相応しい男である。
現に、この大広間にいた魔族達の約半数を葬ったのは彼であり、壁や天井の至るところにある焦げ跡や陥没が、その威力の凄まじさを物語っている。
その様子を見たカイルは、数度大きく深呼吸して軽く息を整えると、足を引き摺りつつ先程まで魔王がいた場所に近づき、そっと、自分の剣を引き抜いた。
主のもとに戻った聖剣は、またキラリと光を反射して煌めいた。魔王の心臓を突いた際に付着したはずの血は、その持ち主と共に既に粒子となって離れていた。
それを見たカイルはまたひとつ大きく息を付き、その場にひざまづくと黙祷を始めた。
これまでの戦いで散っていったかつての戦友達、救うことができず侵略され亡くなってしまった善良な無辜の人々。また彼らを守らんと立ち上がり、血と命を捧げた各国の冒険者達。そして今自らの手でその命を奪った魔族達と、その主たる魔王。
今回の戦で失われた幾つものかけがえの無い命に捧げられた鎮魂の祈りだった。
そのきつく瞑られた眦から、ひとつ大きな涙がこぼれ、血に濡れた頬を伝った。
その姿は切なくなるほど清らかだった。
「カイル……」
誰のものかわからない口から漏れた自分の名前に、カイルは伏せていた顔を静かに上げた。ずいぶん長いことそうしていたのだろう。関節がギシリと軋んで痛みを覚えた。
そのままゆっくりと立ち上がり、心配そうにこちらを眺めている仲間達を見やった。
リーサに回復してもらったのだろう。メリアの顔色は戻り、しっかりと自分の足で立っている。
彼ら一人一人の顔を見やり、彼は口を開いた。
「皆に、お願いがあるの。どうか聞いてくれないかしら?」
疲れからかかすれ気味ではあるが、響いていくような美声だ。だがその話し言葉は、逞しい男性のものからは程遠いなんだか残念なものだった。
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