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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

悪役令嬢の猛悪 - 醜聞は不可避となってしまったのです

作者: 餅野 論
掲載日:2026/05/30


転載はお断りします。


ここは、とある世界のとある国。


「アマルフィナ・ヴァローク侯爵令嬢、貴様との婚約を本日この時を以って破棄する。そしてこのリビディーネ・ピグリツィア男爵令嬢と新たに婚約する」


まぁ大きな声。ここは夜会かしら。

両陛下と、妹姫様がいらっしゃって。

あら? 姉姫様は? まあ、隣国の皇子殿下とご一緒されて。

これはまた格別なご衣裳で、素敵なお二人。まさに美男美女ねぇ。


え? でも、今、大声で派手に宣言したのはこの国の王太子、アロガンツ殿下だわ。

国王陛下の夜会で? こんなに大勢のお客様方の前で?

あ、姉姫様、卒倒されて。大丈夫かしら。

でも無理もないわね、殿下もわざわざこんなところで。

って、アマルフィナ? ぇえええ、わたくしぃ?

わたくし伯爵家の娘ですけど、どうして皆こっち見て?


あ。これ、夢だわ。いつもの。

今ではない、やがて訪れるその時の。はぁ、なんだ~。

もうすぐビアンカが起こすのよね、知ってるのよ。

それまでちゃんと書いておかないと ‥‥‥ 。


「フィナ~、こんなに(うな)されて、ううぅ」

「大丈夫ですわ、貴方しっかりなさいまし! すぐ書き終わります。ん、足りない? ページを変えましょう」


一人の少女がベッドに仰向けに寝かされていた。

額に汗を浮かべ、時折、んんっと呻きが漏れるその様は熱病に罹ったようにも見えるが、そうではない。これまで何度も同じことがあった。


少女の胸元には一冊のノートが開かれており、只管(ひたすら)にペンを持つ手が動いて、スルスルと文字を綴っていく。


ベッドの周りには少し頼りない父、強く美しい母、可愛い弟、献身的な侍女が寄り添い、少女がどうなることかと気を揉んでいる。


『‥ お ‥‥ ょう ‥ ま、お嬢様 ‥‥‥』


遠くから呼ぶ声がする。

そう。もう書き終わったのね。

じゃあ、そろそろ、起きない と ‥‥‥。


「っ! はっ、はっ、はっ、はぁっ ‥‥‥ はぁあ~、ビアンカ~お水ちょうだい」

「!よかった、よくがんばったわね」

「‥‥‥ フィナ~」「お姉ちゃんっ」

「お嬢様、こちらをどうぞ。ゆっくりですよ」


優しい家人に愛されているアマルフィナはポートマン伯爵の長女で、先日、十歳になったばかりだ。


***


アマルフィナは五歳の時から夢で見た出来事を書くようになった。


どんなふうに書こうなどと考えることはない。

寝ている間に手が勝手に書いていくのだ。


最初は、遊びの途中に寝入ってしまい、床にクレヨンでのたくり描かれたそれは物語風のただの落書きと思われた。

またいたずらされてはたまらんと、侍女からお絵描きの紙を渡されてからはそちらに記されていった。


初めの内は些細(ささい)な出来事の描写だった。


使用人、怪我をする

三日後にブエナ村だけ雨が降る

二月(ふたつき)後に母に友人から贈り物が届く、贈り物の内容は ‥‥‥


断片的な語だけだったものが徐々に内容が具体性を帯び、起こる時期が先へと延びてゆく。

それが確かに起きるのを目の当たりにした屋敷の皆はアマルフィナの力を奇跡と認識し、畏れ、秘すべき事として扱うようになっていった。

大きな力は争いを呼び寄せる。扱いには注意が必要だ。


皆から大切にされ、アマルフィナは驕ることもなく、愛らしく素直に育っていく。


アマルフィナが七歳の時、領地に流れる大きな河が一年後に氾濫する夢を見た。

これまでの実績を知る父親は疑うことなく直ちに対策に向けて動き、丁寧に時間をかけて領地に備えをさせる。

それだけでなく、上流と下流の領地を統べる貴族にも危険を知らせた。

普段は愛娘にデレ甘の父もやるときはやるのだ。


河川の氾濫は起きたが、幸いにも伯爵領は小さな被害に留めることができた。

伯爵からの働き掛けによって被害を抑えられた領主たちはとても感謝した。

しかし同時に、連絡された内容の的確さに何故これほどと疑念を持たれてしまった。

その疑念も領地災害の報告の一部として王宮へ伝えられてしまう。


良かれと思った行動で得られた結果が好ましいものとは限らない。

奇跡の力は王家の知るところとなった。

特別な力を持った者がいるなら、それを我が物にするために動き出すのが権力というもの。


アマルフィナは父の善行が招いた状況を、「この成り行きが読めないとはこの力って意外とポンコツなのかしら」と力への過信は禁物と戒める。

ポンコツはお前の父だとばかりに奇跡の力は出来事の先の先まで見るように変わっていく。負けず嫌いか。


***


アマルフィナが九歳になった時、もう身辺調査は足りたのか、王家から王子との婚約が打診された。


王家の御子は上から第一王女、王子、第二王女の三人でいずれも正妃の子だ。

先代国王の治世で正妃の子と側妃の子で継承を巡る事件があり、現王は側妃を持たずにいる。


この国は男子継承が基本であり、唯一の王子は時が経てば王太子となる予定である。

姉姫である第一王女は隣国の皇子と交流があり、このままなら隣国へ。

妹姫の第二王女は国内の有力貴族に嫁ぐとみられている。


王子はアマルフィナの一つ歳上だ。

やがて王太子、そして国王となる王子との婚約。

それは、将来の王妃としての能力が求められるということだ。

妃教育は大変さが行列をなして襲い掛かってくるのは明白だ。


困難は避けて逃げてとにかく遠ざかりたい、そんな臆病で少し怠惰な心根のアマルフィナ。


娘のことが大好きでよく分かっている父親は、婚約を何とか回避できないかと、のらりくらり、煮え切らない態度で王家の打診を躱す、逸らす、はぐらかす。

可愛い娘を嫁にやりたくないという男親の狭い心も時にはよい仕事をするものなのだ。


だが、周囲の貴族が黙ってはいなかった。

小さな田舎領地の、たかが伯爵家の、見た目もそれほど特別でもない、そんな娘がやがて王太子となる王子様の婚約者ですってぇえええぃ!

我が娘の方が可愛い、絶対に、絶対の絶対に、だ!

親も馬鹿なら娘も推して知るべし。

そんな父娘が多いのも悲しい現実。

振り回せる権力があるから手に負えない。


伯爵家に対して様々な嫌がらせが始まってしまった。


いかん、このままではアマルフィナに直接の危害が及ぶと考えた伯爵一家は、婚約の打診を逃れる好機とばかりに王都の屋敷をあっさりと引き払い、領地へ生活拠点を移してしまった。

王都での社交? 知らんなぁ。


これはまずいと王家は手を変えてくる。


今は単なる婚約者候補の一人として扱い、対立候補を削ぎ落としていくこととした。

他のご令嬢たちと王子の交流を先行させ、あれこれ難題を吹っかけて心を折ってゆくのだ。性格悪いぞ。


王妃陛下はそもそもの婚約に反対で、この件で離宮に引き籠ってしまった。


王子も堪ったものではない。

異性を意識し始めた初々しいこの年頃に、可愛らしいご令嬢との交流にワクワク、ドキドキしていたら、いつの間にか去っていくのだ。


この淋しさ、空しさ、あぁ心はずっと土砂降りさ。

自分が悪さをしでかした覚えはない。

相手のご令嬢から不快な思いをさせられたわけでもない。


周囲の大人たちの打算で進む物事。

あぁ自分はその駒なのだと、王子という立場の不自由さを知ってしまった。

こうした人との歪な関わり方を重ねたことが先々の禍根となる。

だから破天荒な野生の男爵令嬢にトゥンクしちゃうのか、王子。


この時、王子の心に王家の女性陣が寄り添っていれば、あるいは。

いや、そっちに拗らせたら怖くて書けません。

がんばれ王子。強く生きてくれ!


***


アマルフィナが十歳になって見た婚約を破棄される夢の話は家族にすぐに受け入れられた。


実は、アマルフィナの力には副作用があった。

夢で見る世界のアマルフィナ、その意識や経験の記憶を目覚めた時に取り込んでしまう。

つまり、十歳にして結構な耳年増になっていたのだった。


そんなオマセさんなアマルフィナが知恵を総動員して考える。

ちょっと整理しよう、そうしよう。


王子が他の誰とくっつこうが構わない。

けれど、夜会の婚約破棄、あれはまずい。王国の危機だ。

覚えのない罪での断罪も絶対いらない。

学院は行きたいわけじゃないから入学しなければいい。社交もポイだ。

出奔、は、したくない、大好きな家族と一緒にいたい。

婚約が嫌なわけじゃない。その先の婚約破棄が問題よ。

婚約破棄の前に婚約がなくなればいいのよね。

婚約より先に誰かと結婚しちゃう、とか?

ぇえええけけけケッコンンンンー?


「お嬢様、残念なお顔になってますよ? あら、お熱ありますね」


何か良い方策はないものかと思案を混ぜ捏ねして、知恵熱を出したアマルフィナはまた夢を見た。


国王陛下の異母兄である大公閣下に実情を話して庇護を求めるのがよいと。

大公閣下の所領はポートマン伯爵領のお隣、田舎だ、一緒だ。


大公である王兄殿下は先代国王の長男だが側妃の子だった。

正妃の子である現在の国王より一年半、早く世に生を受けた。


毒殺未遂から王位継承の争いを嫌い、早々と臣籍を選択して大公となった。

継承権は最下位に下がっており、現王家がもしもの時のための予備という位置付けで、現在は領地で隠遁生活を送っている。なにそれうらやましい。


そんなわけで大公閣下へお手紙を送ってみることにした。


***


ポートマン伯爵とアマルフィナは大公家の別邸へ招かれていた。

挨拶を終え、落ち着いた雰囲気の談話室に通された。

執事が紅茶を淹れて壁際へさがる。


王兄殿下は優雅にカップを口元に運び、にこりと微笑んで

「どうぞ召し上がれ、可愛らしいお嬢さん。クッキーは好きかな?」


アマルフィナは屋敷に到着した時から圧倒されていた。

はぁ~、すごい方だなぁ~、シュッとしてキリッとしてお父様とは違いすぎてすごい、などと語彙がおかしくなるほどに。


「さて、庇護がほしいとのことだが、どういうことかな?」


「はい、実は、娘のアマルフィナには不思議な力がありまして」


「うん、話には聞いているよ。先の出来事が分かるんだって? 二年前だったか河川水害も君の領地はそのおかげで軽い被害で済んだと」


王兄殿下はアマルフィナに目を向け、話を続ける。


「その話が王家にいって婚約を迫られているんだろう? なぜ嫌がるんだい? どんな不都合があるのかな?」


「‥‥‥ それは」


言いよどんだ伯爵はアマルフィナを見る。

こくりと頷いたアマルフィナは言う。


「お父様、わたくしがお話いたします」


伯爵家の置かれた状況、周囲の貴族家からの圧迫。

未来のことでは、婚約者となった王子と学院でのこと、夜会での婚約破棄、それが王女の婚姻に波及すること、そして謁見の間で ‥‥‥。


「‥‥‥ ふぅーっ、‥‥‥ なんということだ」


話を聞き終え、呆然としていた王兄殿下が大きなため息を吐き出す。


「いや、確かに。庇護を求めるのも納得だ。はっ、ははっ。はははは」


気持ちを落ち着かせたいと王兄殿下は蒸留酒を少し口にして気分が良さそうだが、目の光は陰り、なんだか淋しそうに見える。


「はぁー、わかったよ。庇護しよう。そしてこの後、婚約者に決まったら動くとしよう。いや、それじゃ遅いか。もう根回しを始めないとだな」


「あの、婚約者に選ぶことを止めていただくわけには?」


「無理だねぇ。私の言うことなんて聞きやしないさ。むしろ難癖付けたと攻撃されるだろう。そんな光景はなかったんだろ? そういうことさ」


仲は良くないんだよ、解るだろ? と言わんばかりだ。


「そうだ、謁見の練習をしなきゃいけないねぇ。夢で見たようにスラスラ話せる? 君はしばらくここに泊まるといい。侍女も付けるから生活の心配はいらない」


「あ、いえ、わたくしの侍女が一緒に来ております、ので、ここに呼んでもよいでしょうか?」


「うん、いいよ」


一人で帰ることになったお父様の萎れた背中が悲しく見える。

それからのアマルフィナは王兄殿下監修の下、何度も謁見の予行演習を重ねる日々を過ごす。


「お嬢様、顎の角度! 指先! 目線!」

「はい、そこで泣く! 弱い! もっとだ」

「ハンカチは水色が映えますね」

「午後はドレス選びだ。服飾師が来る」


王兄殿下も侍女のビアンカも気合十分で、細やかな指導に涙が出ちゃう。だって女の子だもん。

アマルフィナがここにきて半年、夢で見た会話が自然な流れでできるようになり、新たな世界が見えてきた気がしたころ、その日がやってきた。


王子の婚約者指名が王命として下された。


***


この度の婚約者指名について貴族諸侯のご理解を賜りたいと王宮に願い出て、王兄殿下の後押しで貴族を集めてもらい、陛下への謁見の機会が設けられた。


アマルフィナは父に付き添われ、謁見の間に入場する。

高位貴族が続々と入場し、最後に陛下の来臨が告げられる。


「陛下、ご入場」


宰相が重々しく開催を宣言する。

「この度、輝ける王国のアロガンツ王子殿下の婚約者選定において、アマルフィナ・ポートマン伯爵令嬢が指名されたことは諸侯らも存じていよう。ついてはポートマン伯爵令嬢より諸侯にご理解を賜りたいとの願い出があり、この場を設けた次第である」


「ここでの発言は書記官が漏らさず記録し、公式な記録となる。心して話すように」


そういって宰相はアマルフィナと諸侯を見た。

「ではポートマン伯爵令嬢、説明を始めよ」


「ポートマン伯爵が長女、アマルフィナと申します。この機会を賜りましたこと、感謝申し上げます」


挨拶をすると、ほうと感心した声が聞こえる。

王兄殿下(ししょう)、掴みは上々のようです。


「なにぶん、学院就学前の未熟な小娘の申しますことで、不適当な言葉もあるかと存じますが、大人の皆様に於かれましてはどうか優しき御心でご寛恕を賜りたく、お願い申し上げます」


ふむ、小さな子がえらいねぇ、がんばってるねぇ、という温かな眼差しを感じ、アマルフィナは、はい、がんばりますっ と心に刻む。


「王子殿下の婚約者にご指名を賜りましたこと、とても光栄に存じます。また同時に過分であると大変恐縮しております。


なぜ伯爵家の冴えない娘が婚約者に? というのが皆様の思われているところではと愚考いたしております。


わたくしが殿下の婚約者候補に選ばれましてから当伯爵家は、領地間の取引での不平等な条件設定や、家族が社交の場に出れば誹謗中傷や強要、傷害などの嫌がらせを受けてまいりました。


そのため一年前より伯爵家領地へ生活の場を移して今日まで過ごして居る次第でございます。


田舎領地の伯爵家のわたくしが王子殿下の婚約者候補になったことは、諸侯の皆様へ不和を運ぶものとなってしまったのです」


「田舎領地、か。私の領地、隣だよ」

王兄殿下がボソリと呟くもアマルフィナは止まらない。


「其方が不和を拡げたわけではあるまい。また、そのような心根の者ではないと調べもしたのだ」


「聞けば其方は婚約者となるのを望まぬように思えるが、なぜ嫌がるのだ?」


「嫌がっているのではございません。わたくしは恐れております。この婚約が陛下に大きな選択を(もたら)します故に」


「大きな選択? 何を齎すというのか、(つまび)らかに述べよ」


「はい。わたくしは不思議なことに、これから先、やがて起こる出来事を夢に見ることがあるのです」


アマルフィナは考える。

陛下と宰相の一瞬険しく引き攣ったお顔。まぁ怖い。

力のことは伏せておきたいのでしょうか。

皆様に開示いたしますよ、ごめんあそばせ。


「夢に見た出来事を記録し、対策に活かすことで影響を少なくできたことがあります。二年半前の河川水害です」


伯爵領地の被害が少なかったあれかと、多くの貴族が思い至る。


「そのように見た夢に、わたくしに不幸が訪れるものがありました」


宰相がさも疑わしそうに問う。

「その不幸の訪れとやらに対策はできるのかね?」


「できる、と、思います。‥‥‥ 対策もお話しいたします」


「わたくしは王子殿下の婚約者に指名されましたが、この後、侯爵家の養子となります。家格の低さを補うためです」


何故それをと宰相が驚くが、顔をすぐに隠す。

王家と侯爵家が内密に進めていた計画だ。


「侯爵令嬢として妃教育が始まりますが、元は伯爵家の娘、王宮では侮られ、陰湿な嫌がらせを受けます」


「そして学院に入学するのですが、殿下が十五歳、学院二年生の時、殿下は一人の下級生にその御心を移されます」


「その女生徒は、とある男爵家の庶子であり、現在は未だ平民ですが来年、男爵家の養子になります」


「貴族の養子になったいえど、長らく根付いた平民での生活習慣や物事の捉え方考え方、異性との接し方などは変えるのが難しく、本人も望みません。

家格の上下関係性を基本とした礼儀作法を入学までの数年で一般的な貴族令嬢の水準に整えるのは容易ではなく、中身がほぼ平民のまま学院に入学した彼女は、野蛮で礼儀知らず、男性に不適切な接近をする者として孤立します」


「そのような状況下、学院で最上位の地位にある王子殿下が彼女に格別な庇護を与えます」


「殿下の庇護によって彼女は増長し、それまで彼女の至らぬ点を指摘した者たちへ報復を始めます」


「殿下はそれを(たしな)めることなく、むしろ、彼女と一緒になって敵対者たちを(はずかし)めていきます。わたくしにもその矛先が向けられるのです」


「殿下の婚約者であるわたくしは、その二人の恋仲の邪魔をする悪役令嬢と呼ばれ、殿下に(おもね)る者たちからも貶められ、蔑まれます。何も悪いことなどしていないのにもかかわらず、です」


「学院では、そんな、まるで刑罰のような生活が二年半ほど続きます。その間、殿下の行状を許容しない貴族が学院の七割を超えて増え、結束を強めます」


陛下も宰相も、貴族諸侯も愕然として聞いている。


「そして、わたくしが、おそらく十六歳の時、王宮での祝いの夜会で、わたくしは、両陛下、第一王女殿下、第二王女殿下、隣国の皇子殿下、異国のご来賓、貴族の皆様の前で、横に男爵令嬢を引き連れた王子殿下から酷く罵られた上に婚約破棄を告げられ、晒し者にされます」


「そして、身に覚えのない罪を着せられ、国からの追放を申し渡されてしまうのです」


「断罪の後、国境へ向かう護送の馬車が崖から落とされ、そうして、わたくしは、終わるのです」


「一方的な婚約破棄が起きた夜会は姉姫様の祝賀の場だったので、姉姫様の隣国との縁談は消え、外交が悪化します。また、殿下は貴族諸侯の支持を失い、王家への反発を招きます」


「王子妃となるには家格の足りないわたくしを養女にしてくださった侯爵家にも咎めがゆきます」


「実家の伯爵家は国家叛逆の冤罪で族滅されます。父も母も、弟も、使用人も。皆、悪事など何もしていないのに」


「そして、陛下には、王子殿下の処遇という大きな選択が迫られるのです」


謁見の間に集った貴族たちは語られた内容を理解し、驚愕していた。

栄えある王国にそんな出来事が待っているなど、到底受け入れ難い。

語られた内容は本当に起こることなのか?

そのような出来事を引き起こす愚か者を放置しておくわけにはいかない。

まさか、対策とは ‥‥‥ 。


「い、いや、待て、待つのだ。其方が婚約者となったが故に王子は心変わりをするのか?」


「これまで、わたくし以外の方が婚約者で、王子殿下がどのような振る舞いをなさるのか、わたくしは見たことがございません。先を見る対象を自在に選ぶことなどできないのです」


「むぅ? 其方との婚約に関わらず、あ奴がやらかしたらどうなる? それほどの愚か者であるということなのか? どう転んでも最悪ではないか」


「なんと。一体、このような荒唐無稽な話を、どうやって信じろというのだ!」

宰相閣下が声を震わせて叫ぶ。


「陛下、わたくしが殿下の婚約者に据えられたのは、先の出来事を知る力の故でございましょう?」


「この先の時において、わたくしの話が当たったならば、殿下は途方もない醜聞を王家に齎すこととなりましょう。

外れたならば、わたくしに婚約者の価値などなく、外れが明らかになるその時まで長々とそんな者を婚約者に据えてきたことが王家の醜聞となりましょう」


「つまり、わたくしを婚約者に据えたことで王家の醜聞は不可避となってしまったのでございます」


「婚約の王命が根源であると申すか? こ、この、ぶ「この無礼な娘を捕らえよ、ですかな? 陛下」」


言葉を先取りされた陛下は、一瞬、呆けたような顔をし、すぐに激高する。


「き、貴様っ。いかに兄といえど出過ぎた真似は許さんぞ!」


王兄殿下は取り合わず宰相に向けて問う。


「宰相。この場の発言はすべて記録されている、だったな?」


「う、うむ。この者が記録しておるわい」


「それは結構だ、しっかり記録しなさい。では、陛下の背後のカーテンに隠れてせっせと作文しているのは一体何だい?」


王兄殿下がサッと駆け寄りカーテンを捲れば、そこに隠れていた書記官が悲鳴を上げた。

その手元から書面を奪い、ついっと目を通すと愉快そうに話を始める。


「ふんっ。さて、いよいよ大詰めだよ? お集りの諸侯に問おうじゃないか。今、私が取り上げたこの書式。これは厳正なる資格を与えられた書記官だけが公式記録に用いるものだ。誰でもほいほいと使える物じゃあない」


謁見の間に集う貴族諸侯に見せるよう、文書を高く掲げる。


「おまけにだよ? この書式にはなんと! すでに宰相の承認印が押されているときた。ははっ! こりゃどういうわけだ? 解る人、いや、解らない人、居るかい?」


公式記録を恣意的に歪め、一方的に断罪できる仕組みに愕然とする貴族諸侯。

真っ青な顔色に変わった宰相がゆっくりとその場に(くずお)れ、床に両手をつく。


「ずっと不可解だったんだよ、ずぅっとね」


「貴殿が宰相に就任してから処罰されていった貴族たちの事件の経緯、関係者から聞き取った状況と証言の公式記録の噛み合わなさが」


王兄殿下は愉快そうな様子から一転し、汚らわしい物を見たような嫌悪を浮かべて言葉を続ける。


「最初に処罰されたのは私の友人だ。知ってただろ? ふぅ~ん、こういうことやってたんだ。最高の権力者が。反抗的な貴族を粛正するためなら不正だってお構いなしか? 陛下も知っていたんだよなぁ?

よくも、王国の(まつりごと)への信頼を裏切ってくれたなっ!


さあ、弟よ、どうする?

今まさにこの時、ここも、其方の大きな選択の時だ」


「わ、わしは ‥‥‥ 、っ? 大きな、選択??

‥‥‥ 、まっ、まさか最初からこれが見えていたと」


「はい、陛下。

この状況こそ、わたくしの見た光景への対策でございます。

婚約を命ぜられたわたくしは、王家にとって悪役にしか成り得なかったのです。

どうぞ、最後を迎えられるその時まで品位を汚されませんよう。

では、これにて失礼いたします。ごきげんよう」


アマルフィナは深く膝を折って一礼し、父の元へ下がっていく。

やっと、久しぶりに楽に呼吸ができた気がする。


あとの幕引きは王兄殿下にお任せしよう。

アマルフィナの心は晴々としていた。



本作、これにて終幕です。

読んでいただきありがとうございました。


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