表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

第四話∶無口な少女と、雄弁なハンマー

【沈黙の聖域と、喋りすぎる私たち】

パンドラ本部での生活にも、少しずつ慣れてきた……と言いたいところだが、この職場は毎日が「供給過多」と「解釈違い」のせめぎ合いだ。

「おい雑食! 今週の『ギャラドリ』のランキング見たか!? きららちゃんが神すぎて、俺の網膜が焼き切れるかと思ったぞ!」

「はいはい、よかったね陽翔くん。網膜の予備、アマゾンで注文しとく?」

朝のブリーフィングルーム。オレンジ色の髪を逆立てた橘陽翔たちばな はるとは、今日も今日とて推しの布教に余念がない。

私は適当に相槌を打ちながら、視線を部屋の隅へと向けた。

そこには、巨大なハンマーケースに寄りかかり、黒いゴシックドレスに身を包んだ少女――雨宮雫あまみや しずくがいた。

彼女は外界との通信を一切遮断し、小型ゲーム機の画面に没入している。その指さばきは、人間離れした速度でボタンを叩いているにもかかわらず、驚くほど静かだ。

「……雫ちゃんってさ、いっつも何やってるの?」

私が小声で尋ねると、陽翔は肩をすくめた。

「さあな。あの陰キャ、話しかけても『ん』とか『……』しか言わねーし。俺とは住む世界ジャンルが違うって感じ?」

「ジャンル違い、か……」

前回の任務で、私は「ジャンルの違い」を「プロデュース」という形で乗り越えた。けれど、雫ちゃんとの間には、まだ分厚い壁がある気がする。

彼女の推しは何なのか。

彼女がなぜ、あんなにも巨大なハンマーを振るうのか。

そのヒントは、彼女がプレイしているそのレトロなドット絵のゲームにあるような気がした。

チラリと画面を覗き込む。

薄暗いダンジョン。傷ついた騎士。そして、彼の後ろをトコトコとついてくる、無力な少女。

騎士は何も喋らない。敵を斬る音と、重厚な足音だけが響く。

「……『沈黙の守護者サイレント・ガーディアン』?」

私が呟いたタイトルに、雫ちゃんの指がピクリと止まった。

ゆっくりと顔を上げ、黒曜石のような瞳が私を捉える。

「……知ってる、の?」

「え、あ、うん! 確か二十年くらい前の『死にゲー』の金字塔だよね? 難易度高すぎてコントローラー投げる人が続出したっていう……」

雫ちゃんは、ほんの少しだけ目を細めた。

「……投げない。……これは、対話」

「対話?」

「死んで、覚えて、敵の配置、攻撃の予備動作、その全てを体に刻む。……言葉はいらない。痛みと経験だけが、真実を語る」

彼女はそう言うと、再び画面に視線を落とした。

その横顔は、ゲームを楽しんでいるというよりは、何か神聖な儀式を行っている求道者のようだった。

「なるほどね……。彼女にとっての『推し活』は、一種の『修行』なのかも」

私が感心していると、ブリーフィングルームの扉が開き、一条蓮いちじょう れんが入ってきた。いつも通りの冷徹な表情だが、今日は少し眉間のシワが深い。

「無駄口を叩いている暇はないぞ。特異点シンギュラリティが発生した」

「特異点? いつものノイズじゃなくて?」

一条はモニターを点灯させる。

映し出されたのは、文京区にある歴史ある古図書館『帝都中央図書館』だった。

「現在、図書館の半径500メートル以内の『音』が消失した」

「音が……消えた?」

「そうだ。車の走行音、人の話し声、風の音。あらゆる振動が吸収され、完全な無音空間と化している。そして、内部に突入した機動隊員との通信も途絶えた。最後の報告によれば、『世界が書き換わっている』とのことだ」

「世界が書き換わる……?」

「栞の分析では、強力な『領域展開型』のノイズだ。内部は、奴らのルールが支配する異界になっている可能性が高い」

一条は私たち三人を見渡した。

「今回のミッションは、図書館内部の生存者救出と、ノイズのコアの破壊。ただし、陽翔」

「おう! 俺の歌でその静寂をぶち破って……」

「お前は待機だ」

「はぁ!?」

陽翔が素っ頓狂な声を上げる。

「なんでだよ! 俺の『センター・オブ・ワールド』なら、どんな状況でも……」

「敵は『音』を奪う。お前の能力の発動条件は『歌唱』と『自己主張アピール』だ。声が出せないアイドルに何ができる?」

「うぐっ……!」

痛いところを突かれ、陽翔は絶句した。確かに、声を出せない彼は、ただの派手なジャージを着た一般市民だ。

「今回は、天野と雨宮、この二人で行く」

一条の指名に、私はゴクリと唾を飲み込んだ。

私と、雫ちゃん。

一番コミュニケーションが取れていないこの二人で、声が出せない世界へ?

「……雫。お前の『推し』の出番だ」

「……ん」

雫ちゃんは静かに立ち上がり、巨大なハンマー『マレウス・サイレンティア』を担いだ。

その背中は、雄弁に語っていた。

「私の領域だ」と。


【ハードコア・モード】

図書館の敷地内に足を踏み入れた瞬間、世界から「音」が死滅した。

キーン、という耳鳴りすらしない。完全な、真空のような静寂。

自分の足音も、衣擦れの音も聞こえない。

(うわ、気持ち悪っ……! 何これ、VRの音声オフにした時みたい……)

私はインカムに手をやったが、ノイズが走るだけで何も聞こえない。栞さんや一条さんとの通信も遮断されているようだ。

隣を歩く雫ちゃんを見ると、彼女は全く動じていなかった。

むしろ、水を得た魚のように、その瞳は鋭さを増している。彼女はハンマーを構え、油断なく周囲を警戒しながら進んでいく。

図書館の重厚な扉をくぐると、そこはもう、私の知る図書館ではなかった。

「……嘘でしょ」

声に出したつもりだったが、音にならなかった。

本棚は歪み、天井はどこまでも高く伸び、床には不気味な青白い霧が漂っている。

そして何より異様なのは、空中に浮かぶ無機質な赤いゲージと、幾何学的なアイコンだった。

(HPバー……? スタミナゲージ……?)

視界の端に、ゲームのUIユーザーインターフェースのようなものが表示されている。

私の頭上にも、そして雫ちゃんの頭上にも、緑色のバーが浮かんでいる。

『――ようこそ、静寂の回廊へ。ここでは、沈黙こそが金、雄弁は死なり』

脳内に直接、無機質なテキストログが流れた。

(ここ、現実がゲームのルールに侵食されてる……!?)

その時。

書架の影から、ゆらりと「それ」が現れた。

司書のような服を着ているが、顔がない。顔の部分には、「静粛に」というマークが描かれたマスクが張り付いている。

手には巨大な裁断機のような刃物。

『ライブラリアン・エグゼキュショナー(図書処刑人) Lv.35』

敵の頭上に名前とレベルが表示された。

レベル35!? 私たちの今のレベルっていくつなの!?

敵が音もなく刃を振り上げる。

私は咄嗟に叫ぼうとした。「危ない!」と。

しかし、声は出ない。

ドンッ!

衝撃だけが伝わってきた。

雫ちゃんが、私の前に割って入り、ハンマーの柄で刃を受け止めていたのだ。

金属音すらしない。ただ、火花だけが散る。

雫ちゃんが私を一瞥する。

その目は、「下がってろ」と言っていた。

彼女はハンマーを回転させ、流れるような動作で敵の懐に潜り込む。

一撃、二撃。

重いはずのハンマーを、まるで指揮棒のように軽やかに操る。

敵のHPゲージが削れていく。

強い。

でも、どこか違和感がある。

(雫ちゃん、無理してる……?)

彼女の動きは洗練されているが、私を庇うために、本来の立ち回りができていない。

このゲーム――『沈黙の守護者』のルールでは、プレイヤーは「護衛対象(NPC)」を守りながら戦わなきゃいけないんだ。

今の私は、彼女にとって「足手まといのNPC」でしかない。

次々と現れる処刑人たち。

雫ちゃんのHPゲージが、少しずつ、でも確実に削られていく。

回復魔法を使おうにも、私の手持ちの魔法キャラは「詠唱(声)」が必要だ。

音のない世界では、魔法使いもアイドルも無力。

どうする?

どうすれば、彼女を助けられる?

私は必死に脳内ライブラリを検索する。

声を出さずに、彼女と連携を取る方法。

この理不尽な「死にゲー」の世界観で、私が役に立てる役割ロール

(思い出せ……。雫ちゃんが言っていた言葉。『敵の配置、攻撃の予備動作、その全てを体に刻む』……)

そうか。

この世界は、「言葉」じゃなくて「情報データ」で構成されている。

敵の動きには必ず「予兆テロップ」がある。

この空間に漂うUIは、飾りじゃない。攻略のためのヒントだ。

私は目を凝らした。

オタク特有の「動体視力」と「情報処理能力」をフル稼働させる。

推しゲーの攻略wikiを徹夜で作った時の、あの集中力で。

見えた。

敵の足元に、一瞬だけ表示される赤い範囲マーカー。

敵が剣を振り上げる瞬間の、わずかな発光パターン(エフェクト)。

それは、この世界の「言語」だ。

私はスキルを発動させる。

戦闘職じゃない。

今の私に必要なのは、プレイヤーを勝利に導く、最強のサポーター。

『攻略サイト管理人・即時更新モード』起動!


【攻略情報は背中で語れ】

私は、戦場のど真ん中で、手近な本を拾い上げた。

そして、ゼノ様の剣技でも、魔法少女のステッキでもなく、一本の「ペンライト」を取り出した。

いや、これはただのペンライトじゃない。

戦況を指示する「マーカー」だ。

(雫ちゃん! 右、3秒後に範囲攻撃が来る!)

私は声を出さず、ペンライトの光で床にバッテンを描く。

雫ちゃんがそれに反応し、反射的に右側へステップした。

その直後、彼女がいた場所を巨大な刃が通過する。無音の風圧が、彼女のスカートを揺らす。

雫ちゃんが、驚いたように私を見た。

私はニカっと笑い、親指を立てる。

「私の目は、攻略本アルティマニアだよ」と伝えるように。

雫ちゃんの瞳に、光が宿った。

それは、「護衛対象」を見る目から、「共闘者パートナー」を見る目への変化だった。

(次は左! 敵の背後にクリティカル判定あり!)

私は敵の背後に光の矢印を飛ばす。

私の能力『解析者の眼(wiki・アイ)』が、敵の行動パターン(アルゴリズム)を読み解き、可視化していく。

「言葉」はいらない。

光のサインと、お互いの信頼があれば、意思は通じる。

雫ちゃんが頷く。

彼女の動きが変わった。

私を庇うための守りの動きから、敵を殲滅するための攻めの動きへ。

ハンマー『マレウス・サイレンティア』が、黒い旋風となって戦場を駆ける。

『ライブラリアン・エグゼキュショナー、残りHP 10%』

いける!

そう思った瞬間、図書館の奥から、桁違いのプレッシャーが押し寄せた。

本棚が崩れ落ち、瓦礫の中から現れたのは、巨大な鐘を背負った怪物だった。

『静寂の鐘楼守ベル・ガーディアン Lv.50 BOSS』

ボスのお出ましだ。

鐘楼守が、背中の鐘を鳴らす動作をする。

音は聞こえない。だが、空間そのものが歪むような衝撃波が放たれた。

ドォォォォォン……!

(まずい、広範囲即死攻撃(AoE)だ!)

逃げ場がない。

雫ちゃんのHPは残りわずか。私の防御力じゃ耐えられない。

絶体絶命のピンチ。

その時、雫ちゃんが動いた。

彼女は私の方へ駆け寄るのではなく、ボスの懐へと飛び込んだのだ。

自殺行為だ。

(違う……!)

私は気づいた。

彼女の視線が、私ではなく、私の手元――私が「次に使うべきスキル」を示唆するために召喚していた、あるアイテムに向けられていることに。

それは、レトロゲームによくある「無敵時間発生アイテム」――『女神の涙』のアイコン。

雫ちゃんは、私に賭けたのだ。

私が、この瞬間に最適な「解」を導き出すことを。

(応えなきゃ、オタクの名折れだ!)

私はスキルを切り替える。

攻略本モードから、一瞬だけの「バグ技」級の防御スキルへ。

私の推しキャラリストの中に、一人だけいる。

どんな理不尽な攻撃も、バグを利用して無効化する、RTAリアルタイムアタック走者の推しが!

『フレーム回避の達人・グリッチ』!

私は雫ちゃんに向かって、ペンライトを投げた。

それは光の粒子となり、雫ちゃんの体を包み込む。

無敵判定の付与バフ。持続時間はわずか0.5秒。

鐘の衝撃波が、雫ちゃんを直撃する――その瞬間。

彼女の体が透き通り、衝撃波をすり抜けた。

ジャスト・フレーム回避。

ボスの攻撃後の硬直時間。

雫ちゃんの目の前には、無防備なボスのコアが晒されている。

彼女はハンマーを高く振り上げた。

その背後には、言葉を持たないけれど、誰よりも主君を想う『沈黙の守護者』の幻影が重なって見えた。

「……終わり(ジ・エンド)」

雫ちゃんの口が、音のない世界で微かに動いた。

ズドンッ!!!

ハンマーが振り下ろされる。

『99999 DAMAGE』

クリティカルヒットのエフェクトが花火のように散り、ボスのHPバーが一瞬で消滅した。

怪物が光の粒子となって崩れ落ちていく。

それと同時に、歪んでいた図書館の景色が、ガラスが割れるようにひび割れ、剥がれ落ちていく。

「……あ」

私の耳に、瓦礫が転がる音が聞こえた。

遠くで鳴る車のクラクション。風の音。

音が、帰ってきた。

「はぁ……はぁ……。やった……!」

私はその場にへたり込んだ。

緊張の糸が切れて、指一本動かせない。

コツ、コツ、と足音が近づいてくる。

顔を上げると、雫ちゃんが立っていた。

彼女はハンマーをケースにしまい、じっと私を見下ろしている。

怒っているのかな。勝手な指示を出したから。

「……杏奈」

彼女が、私の名前を呼んだ。

それは、今まで聞いたどの声よりも、はっきりとした声だった。

「……ナイス、攻略ガイド

彼女は不器用に口角を上げ、右手の親指を立てた。

さっき私がやったのと同じポーズ。

サムズアップ。

「……うん! ナイス、プレイ!」

私も親指を立てて返す。

言葉はいらない。

ただ、そのポーズだけで、私たちは完全に通じ合っていた。

本部への帰還ヘリの中。

陽翔くんが無線越しに騒いでいる。

『おい! マジかよ! あの難攻不落の「静寂の回廊」を二人でクリアしたって!? どんな神連携だよ! 俺の出番は!?』

「うるさいわね陽翔くん。今回のMVPは、無口なプロゲーマーと、優秀な攻略wikiのコンビよ」

私は隣で眠っている雫ちゃんを見た。

彼女は寝言で、むにゃむにゃと何か呟いている。

「……次は、ハードモード……周回……」

(まだやる気か……)

私は苦笑しながら、窓の外の夜景を見つめた。

パンドラのメンバーは、みんなバラバラだ。

ジャンルも、戦い方も、大事にしているものも違う。

でも、だからこそ面白い。

「……さて、次はどんな『無理ゲー』が待ってるのかな」

私はスマホを取り出し、今回の戦闘ログ(記憶)をメモに残した。

いつか、この冒険も一つの「神ゲー」として、誰かに語り継がれる日が来るかもしれない。

そんな予感を抱きながら、私は静かに目を閉じた。


(第四話 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ