第三話:そのセットリスト、ジャンル違いにつき
【世界観のコンフリクト】
「――結論から言うわ。杏奈さん、あなたの『推し憑依』と陽翔くんの『センター・オブ・ワールド』は、現状、**最悪の相性**よ」
パンドラ本部、ブリーフィングルーム。
九条栞室長が、残酷な事実を告げるようにモニターを指し示した。
そこには、前回のシミュレーション訓練の惨状――私が投げた石が、陽翔くんの後頭部にクリティカルヒットする映像――が、無慈悲にもスロー再生されていた。
「うぐっ……! 公開処刑……!」
「ったく、背中が煤けてると思ったら、やっぱり犯人はお前かよ雑食!」
頭に包帯を巻いた陽翔くんが、私の隣で唸り声を上げる。
言い返す言葉がない。あの筋肉痛地獄から復活して三日目。私は未だに、まともな戦果を上げられずにいた。
「原因は単純よ。『ジャンルの物理法則』が違うの」
栞さんが眼鏡の位置を直しながら解説する。
「陽翔くんの能力は『アイドルアニメ』の物理法則で動いているわ。彼の動きは、リズムと演出重視。ダンスのキメポーズを取る瞬間に防御力が上がったり、ウインクで敵を足止めしたりする」
「当然だろ! 世界は俺のステージなんだからな!」
「対して、杏奈さんが前回使ったのは『スポーツアニメ』のキャラ。ボールの軌道計算、風の抵抗、筋肉の連動……極めてリアリスティックな物理法則に基づいている。この二つが戦場で混ざるとどうなるか?」
栞さんはモニターの映像を早回しした。
「陽翔くんが『見せ場』を作ろうとして、あえて無駄なターンをした瞬間に、杏奈さんの『最短距離』で投げた石が交錯する。お互いの『正解』が違うから、事故が起きるのよ」
「……つまり、私たちが組むのは無理ってことですか?」
私が落ち込みかけると、部屋の隅で無言でプロテインバーを齧っていた雨宮雫ちゃんが、ボソリと呟いた。
「……無理じゃない。合わせればいい。……セッション、みたいに」
「セッション?」
「そう。異なる楽器でも、リズムを合わせれば音楽になる。……お前たち、ソロパート弾きすぎ」
的確すぎる指摘に、私と陽翔くんは同時に押し黙った。
「そういうことだ」
それまで腕を組んで黙っていた一条蓮が、立ち上がった。
「理論は分かったな。では、実戦で調整してもらう」
「えっ、もう実戦ですか!? まだリハも済んでないのに!?」
「敵は待ってくれない。港区のカラオケボックスにて、特異ノイズ反応を確認。規模は中程度だが、放置すれば『歌いたくても歌えない』という絶望が伝播する」
「歌を……奪うだと……?」
陽翔くんの目の色が変わった。
アイドルオタクにとって、歌を冒涜されることは死に等しい。
「行くぞ、雑食! 足引っ張ったら、お前の推しの円盤、全部フリスビーにしてやるからな!」
「やめて! それだけは戦争になる!」
こうして私たちは、全く噛み合わないまま、夜の繁華街へと出動することになった。
【噛み合わない歯車】
現場となったのは、六本木にある高級カラオケ店『エコー・チェンバー』。
煌びやかなネオン看板の下、店内は不気味なほどの静寂に包まれていた。
「……嫌な空気だな。音が、死んでやがる」
陽翔くんが、マフラータオルを握りしめて呟く。
店内に入ると、廊下には店員や客たちが倒れていた。命に別状はないようだが、全員が虚ろな目で天井を見上げ、口をパクパクさせている。声が出ていない。
「ノイズ反応、VIPルームに集中しています。……気をつけて。敵は『音』を糧にするタイプです」
インカムから栞さんの警告が入る。
「ヒャハッ! 俺の美声を聞かせてやる絶好のチャンスじゃねーか!」
陽翔くんが一番奥のドアを蹴破った。
「お楽しみのところ悪いな! この橘陽翔様が、アンコールなしのラストライブをお届けしに来たぜ!」
部屋の中には、巨大なスピーカーのような頭部を持つ、異形のノイズが鎮座していた。
『スピーカー・ノイズ』。そいつは陽翔くんを見るなり、不快なハウリング音を放った。
キィィィィィィン!!
「ぐっ……! いきなり耳障りな! だったらこっちも全開で行くぜ! 『センター・オブ・ワールド』!!」
陽翔くんが金色のオーラを放ち、部屋の中央へ躍り出る。
敵の注目を集め、攻撃を一点に引き受けるタンク役。ここまではいつも通りだ。
「よし、私はサポートを……!」
私は考える。
剣士ゼノ様は、この狭い室内では剣を振れない。スポーツキャラは前回失敗した。
なら、魔法だ! 遠距離から援護射撃できる、ファンタジーRPGの魔法使いなら!
「召喚! 『紅蓮の魔導師・フレア』!」
私は脳内のキャラデータを切り替える。
大人気ラノベ『転生したらスライムだった件について考察する本』……じゃなくて、『爆裂魔法使いの憂鬱』のヒロインになりきる。
「汝、焦熱の理を聞け! 我が手に集いし魔力よ、敵を穿て! 『ファイア・ボルト』!」
詠唱と共に、手のひらに炎の矢が出現する。
狙いは正確。陽翔くんの動きも予測済み。
いける!
私は炎の矢を放った。
しかし。
「――遅いッ!!」
陽翔くんが叫んだ。
彼のリズムは、BPM180のアップテンポなアイドルソング並みに速い。対して、私の魔法は重厚なRPG準拠。詠唱から着弾までのタイムラグが、致命的だった。
陽翔くんは敵の攻撃を華麗なステップで避けたが、その避けた先に、私の放った炎の矢が飛んでいく。
「うおっ!? 熱っ!?」
「ああっ! ごめん!」
炎は陽翔くんの衣装の裾を焦がし、敵には当たらなかった。
「てめぇ! どこ狙ってんだ! リズムに乗れよリズムに!」
「無理よ! 詠唱魔法にリズムとかないの! 世界観が違うの!」
その隙を、スピーカー・ノイズは見逃さなかった。
敵の胸部が大きく膨らみ、圧縮された音波砲が放たれる。
ドォォォォン!!
「ぐあぁっ!!」
陽翔くんが吹き飛ばされ、カラオケのモニターに激突した。
オーラが明滅し、消えかかる。
「陽翔くん!」
「へっ……まだだ……俺の歌は……終わってねぇ……」
立ち上がろうとする彼だが、足が震えている。
ノイズは追撃の構えを見せている。
まずい。このままじゃ、全滅する。
どうする?
ゼノ様を呼ぶ? いや、今の私の体力じゃ、一撃でガス欠になる。外せば終わりだ。
雫ちゃんは外で見張り役だ。
私が、なんとかしなきゃいけない。
「リズム……世界観……」
陽翔くんの言葉が脳裏をよぎる。
『リズムに乗れ』。
『世界観が違う』。
そうか。
私は、自分の得意な土俵(ファンタジーやRPG)に、彼を合わせようとしていた。
でも、今の主役は彼だ。
この戦場は、アイドルのための場所なんだ。
なら、私がやるべきは「魔法使い」による攻撃じゃない。
(……引き出しを開けろ、天野杏奈! お前の中にある、数千の推しデータの中から、今の彼を最も輝かせる最適解を!)
私の脳内検索エンジンが、高速で回転する。
アイドル。ライブ。ステージ。
彼が必要としているのは、共に戦う剣士でも、魔法使いでもない。
彼を支え、彼を照らし、彼のパフォーマンスを最高潮に高める存在。
「……あった」
一つのタイトルがヒットした。
深夜アニメの金字塔。崖っぷちのアイドルたちを、裏方として支え続けた、伝説のプロデューサーと技術スタッフたちの物語『バックステージ・メモリーズ』。
私は、深呼吸をした。
魔力を練るのではない。
意識を、切り替える。
私は今、戦士ではない。私は――
「――照明、音響(PA)、準備完了」
【伝説のプロデューサー】
「陽翔くん! 立って!」
私の声色が、変わった。
それは悲鳴のような焦りを含んだ声ではない。
冷静で、的確で、演者に絶対の安心感を与える、プロのスタッフの声。
「は……? なんだその声……」
「アンコール、いくよ。セットリストは変更なし。ただし、演出は私がつける」
私は、ブレスレット型の『パッション・スタビライザー』を操作し、店内のカラオケ機器と照明システムに、物理的に(配線を引っこ抜いて無理やり)アクセスした。
いや、違う。
今の私には、この空間のすべての「演出機材」が、自分の手足のように感じられる。
スキル発動。
『超絶技巧・舞台演出』。
「照明、オン!」
バチッ!
私が指を鳴らすと同時に、店内の非常灯、間接照明、モニターの光、すべてが陽翔くんに収束した。
ただ照らすだけではない。彼の動き、彼の纏うオーラの色に合わせて、光が踊る。
「音響、ブースト!」
壊れかけたスピーカーから、ノイズではなく、重厚なビートが響き渡る。
それは陽翔くんの心拍数と完全に同期していた。
「な……なんだこれ……?」
陽翔くんが、自分の手を見つめる。
消えかけていた金色のオーラが、照明の光を受けて乱反射し、以前より数倍の輝きを放っている。
体が軽い。声が届く。
まるで、数万人のファンが待つドームのど真ん中に立っているような、全能感。
「お前……まさか、俺に合わせてんのか?」
「勘違いしないで。私はあなたが気持ちよく歌えるように、舞台を整えただけ」
私はインカムのマイク位置を直し、ニヤリと笑った。
その顔はもう、ただのオタクではない。
担当アイドルを武道館へ連れて行く、敏腕プロデューサーの顔だ。
「さあ、行ってきなさい、センター! 最高のファンサ(攻撃)を、最前列の特等席で見せて!」
「……へっ! 言われなくても!」
陽翔くんが笑った。
それはいつもの生意気な笑みではなく、信頼に満ちた、アイドルの笑顔だった。
「聞けェ! 俺の魂のシャウト! 『ギャラクティック・ノヴァ・ブレイカー』!!」
陽翔くんが跳んだ。
私の操作するスポットライトが、空中の一点へ向かう彼を追尾し、その軌跡を光の階段に変える。
敵のスピーカー・ノイズが放つ音波砲。
しかし、強化された陽翔くんの「歌声」は、物理的な衝撃波となってそれを相殺し、突き破った。
「響けぇぇぇぇ!!」
光とかかと落としが、同時に敵のコアを貫く。
まばゆい閃光。
そして、スピーカーがハウリングのような断末魔を上げ、爆散した。
静寂が戻る。
非常灯だけの薄暗い店内で、陽翔くんが着地を決める。
その背中に、私は最後のスポットライト(懐中電灯アプリ)を当てた。
「……ふぅ。……悪くねえ、演出だったぜ」
「どうも。最高のパフォーマンスでしたよ、アイドル様」
私たちは、顔を見合わせて、ふっと息を吐いた。
ハイタッチはしない。
でも、確かに今、私たちの間には「世界観」を超えた、一本の回路が繋がった気がした。
「任務完了。……お疲れ様」
ドアの向こうから、雫ちゃんがひょっこりと顔を出した。
彼女の手には、逃げ出そうとしていた小型ノイズを叩き潰したハンマーが握られている。どうやら、私たちが中で派手にやっている間、外の掃除をしてくれていたらしい。
「二人とも……うるさかった。……でも、良いライブだった」
雫ちゃんのその一言が、何よりの評価だった。
帰りの車中。
心地よい疲労感の中で、私は自分の手を見つめた。
(剣や魔法で戦うだけが、戦いじゃない……)
私は「雑食」だ。
だからこそ、誰にでもなれる。誰の物語にも合わせられる。
剣士にも、魔法使いにも、そして彼らを支える裏方にも。
「……ねえ、一条さん」
「なんだ」
「私、わかった気がします。私の戦い方」
私は、バックミラーに映る自分の顔――まだ少し自信なさげだけど、昨日よりはマシな顔――に向かって言った。
「私、このチームの『接着剤』になります。バラバラなみんなの世界観を繋いで、一番強い物語にする。それが、私の『推し活』です」
一条は、ミラー越しに一瞬だけ目を細めた。
「……『接着剤』か。悪くない表現だ。だが、その前に」
「その前に?」
「明日の報告書は君が書け。店内の機材破損の始末書もな」
「えええええ!? 演出上、必要だった経費ですよね!?」
「却下する」
「……ま、手伝ってやんよ」
隣で寝たふりをしていた陽翔くんが、ボソッと言った。
「俺のステージの記録係くらい、させてやってもいい」
「素直にありがとうって言えないの?」
「うっせー! 寝る!」
パンドラでの二回目の任務。
世界はまだ救えていないけれど。
とりあえず、最悪だった相性は、喧嘩しながら高め合うライバル関係へと、少しだけ進化したようだった。
(第三話 完)




