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第9話 最強賢者、馬に乗る

 任務を伝えられてから1時間ほど後。

 俺たち3人は馬に乗って、最初の調査地点へと向かっていた。


 魔物の分布調査とは言っても、実際に森などに入って魔物を探し回る訳ではない。

 魔法師団員は、一般人とは比べ物にならないほどの魔力探知能力を持っている。

 その魔力探知能力を使い、街の周囲の魔物分布を一気に調査し、脅威を見つけ出すというわけだ。


「ところで……魔法師団なのに、馬で移動するんですか?」


 二人についていきながら、俺は疑問を口に出した。

 馬は確かに人間と比べれば速いが、飛行系の移動魔法などには遠く及ばない。

 魔力消費も大したことがないので、移動は基本的に飛行なのかと思っていた。


 もしかして、魔力がない俺への配慮なのだろうか。

 だとしたらありがたいな。


「魔法師団では常に実戦を想定する。必要がない時には、魔力を使わない手段を選ぶのが基本だ」


 俺の質問に、ミアがそう答える。

 どうやら馬を使うのは、魔力を温存するためだったようだ。

 飛行魔法に必要な魔力など微々たるものだと思うのだが、その微妙な差が生死を分ける可能性まで考慮に入れているというわけだ。


「それと、団員相手では敬語を使わないでくれ。ネイトンが敬語を使うべき相手は団長だけだ」

「……分かった」


 魔法師団というと、魔法界でもトップクラスのエリートたちだ。

 その彼女らに敬語を使わないというのは、なんだか変な感じもするが……先輩であるミアがそう言うなら、そうすべきなのだろう。


 団員同士では、敬語を使わない文化なのかもしれない。

 そう考えていると、ネムが口を開いた。


「ええと……私も敬語をやめたほうがいいですか?」


 どうやらネムは敬語を使っているようだ。

 団員相手には敬語を使わないんじゃなかったのか……?


「ネムはそのままでいいぞ」


 ネムの言葉に、ミアがそう答える。

 話が違うような気がする。


「……だが私より強くなったら、ミアも敬語はやめてもらう」


 どうやらミアは、自分より強い人間に敬語を使わせるつもりがないらしい。

 だとしたら……やはり俺も敬語を使う必要があるのではないだろうか。


「俺もたまたま勝てただけだから、やっぱり敬語のほうがいいんじゃないか?」


 例の模擬戦は八百長ではなかったという説明自体は、すでに聞いた。

 魔法師団の訓練は、そもそも魔法を『乗っ取られる』ことを想定していなかった……という話だ。

 全員が大量の魔力を持っている魔法師団では、限られた魔力をちまちま使うより、どんどん新しい魔力を使って魔法を撃ち込んだほうが手っ取り早いというわけだ。


 もしそうだとすると、俺のような戦い方をする人間は、逆に盲点となったのかもしれない。

 魔力を持たない分、制御に特化して相手の魔法を無効化しながら戦うというのは、発想の外だったのだろう。


 とはいえ、それは事前に手の内を知られていなければの話だ。

 俺がこういう戦い方をすると分かっていれば、いくらでも対策の立てようがある。

 もう一度同じ条件で戦えば、まず勝てないだろうな。


「ネイトンはダメだ。私に勝ったという事実は重い」


 有無を言わせない口調だった。

 反論は一切許さない、とでも言わんばかりだ。

 黙っておいたほうがよさそうだな。


 ◇


 その日の夜。

 俺たちは、最初の魔物観測地点である、テナルの街へと到着した。

 王都からの距離は、大体100キロといったところだな。


「うう……腰が……」


 馬から降りたネムが、そう言って腰を抑える。

 どうやら彼女は、あまり馬に乗り慣れていないようだ。

 魔物分布の調査を嫌がっていたのは、案外これが理由かもしれない。

 この任務のほとんどは、移動時間でできているのだ。


「観測結果に問題がなかったら、回復魔法を使っていい。それまでの我慢だ」

「はい……」


 どうやら、街の周囲の安全を確認できるまで、魔力消費はお預けのようだ。

 腰が痛い状態で戦いになったら困るような気もするのだが……魔法の発動に体の状態はあまり関係ないので、魔力の温存が重視されるのかもしれないな。


 などと考えつつ俺は、リーダーであるミアについて街の中を進む。

 ミアが足を止めたのは、街外れにある小さな小屋だ。

 建物には『テナル龍脈観測所』と書かれている。


「ここだ」


 そう言ってミアが、扉に手を当てる。

 龍脈観測所の外観は、ただの小屋だが……その扉には通常の鍵に加えて、魔法結界が展開されていた。


 結界まで使って守られている理由は、龍脈の重要性にある。

 龍脈は広範囲の魔力と繋がっており、扱いによっては災害すら引き起こすことができる。

 そのため龍脈に接続する設備を作るには国からの許可が必要で、部外者が簡単に触れられないような防御も必要となるのだ。

 まあ、ちゃんとした魔法使いなら簡単に破壊できる程度の代物ではあるのだが……龍脈柱を守る結界を壊せば重罪となり、下手をすれば死罪なので、壊そうとする奴はいないだろうな。


 などと考えているうちにミアが結界を解除し、扉を開く。

 小屋の中には、地面に刺さった太い杭と、小さな書類机があった。


 書類机の上には羽根ペンと、周辺地図の束が置かれている。

 周辺地図は魔法によって簡易印刷されたもので、街の名前などは書かれていない。


 太い杭は、龍脈に接続されているようだ。

 いわゆる『龍脈柱』というやつだな。

 龍脈には広い範囲の魔力が集まるため、その魔力に触れることによって、生身よりはるかに広範囲の状況を知ることができる。


 俺の家にも、父が作った龍脈柱があった。

 龍脈から魔力を吸い上げれば魔法を使えるので、子供の頃は何度かやっていたのだが……危ないからと言って、父に禁止されてしまったんだよな。

 龍脈の魔力は人間と質が違うので、あまり体によくないらしい。


「任務の内容は道中で説明したが、ネイトンが初めてなので、一応説明をしておく」


 そう言ってミアが机の前に座り、片手で龍脈柱に触れる。

 そしてもう片方の手で、羽根ペンを手に取った。


「こうやって、龍脈を介して魔物の分布を確認しながら、結果を書き込むんだが……これを書く間、他の団員は観測所の外で待機することになる」


 事前の説明通りだな。

 魔法師団員といえど、龍脈観測の能力には差があるし、日によって調子のいい悪いもある。

 そのため3人が別々に観測を行って、結果が一致するか確認することで信頼性を確保するというわけだ。


「結果を書き終わったら、地図を中身が見えないように折り畳んでから、次の団員を呼ぶんだ。全員の結果を突き合わせて、異常がないか確認する」


 俺とネムは、ミアの言葉に頷く。

 他の団員の結果が見えないようにするのは、無意識に結果を合わせようとしたりするのを防ぐためだろう。


 面倒な手順にも思えるが、効率と信頼性の両立という意味で、これに勝るシステムはない気がする。

 周辺を歩いて回るのに比べれば、遥かに短時間で済むしな。


「では、観測を始める。最初が私、次がネム、最後がネイトンだ」

「了解」

「了解です!」


 俺たちはそう言って、龍脈観測所を出た。



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