第5話 最強賢者、常識を知らなさすぎる
「……噂には聞いていたが、予想以上だな……」
俺のほうを見て、団長がそう告げる。
どうやら試験が終わっても、彼はこの芝居を続けるつもりのようだ。
「さて……いまのを見た上で、ネイトンの入団に問題があると思う者はいるか? いるなら手を上げろ。ネイトンと戦わせてやる」
団長の言葉に、手を上げる者は誰もいない。
だが、俺がこんな試験で魔法師団に入るのには、明らかに問題がある。
そこで俺は団長の指示通り、手を上げた。
「ネイトン、どうした?」
「申し訳ありません、ラジウス団長。私の入団には、問題があるかと」
「なぜそう思う」
ラジウス団長の鋭い目が、俺を見据える。
だが、それでも怯むわけにはいかない。
こんな試験を認めるのは……魔法の神に対して失礼だ。
「先程の試験……ミアさんは、明らかに本気ではありませんでした。このような八百長での入団を認めるのは、魔法師団の権威を落とすようになるのではないかと」
「……ミア、手加減していたのか?」
俺の言葉を聞いて、師団長の目がミアを見据える。
さて……これでようやく、茶番は終わるだろうか。
そう考えたのだが……。
「いえ。本気で殺すつもりでした。……なぜそのようなことを言われるのか、私にはさっぱり……」
どうやらミアは、あくまでとぼけるつもりのようだ。
命令とあらば、誰が見ても明らかな八百長だろうと最後までやり抜く忠誠心……。
このあたりは、さすが軍人といった感じかもしれない。
「ネイトン、彼女はこう言っているが……根拠はあるのか?」
「はい。ミアさんが使った魔法です」
「魔法がどうした?」
「彼女が使った炎魔法は、明らかに単純すぎる術式で、はじめから相手に乗っ取らせることを前提としたものに見えました。防御魔法も魔力密度が低く、まともな攻撃魔法を防げるような代物ではありません」
……ここまで指摘されてしまえば、流石に言い逃れはできないだろう。
頑張って俺を立てようと茶番を演じてくれた団長やミアには申し訳ないが、こんな試験で魔法師団に入るわけにはいかない。
仕事はコネや根回しではなく、実力で試験を突破して手に入れるべきものなのだ。
そう考えていると、師団長は重々しく口を開いた。
「……ネイトン、魔法使いが魔法を使うところを見たことはあるか?」
「え? ……はい、それはもちろん」
何を聞くかと思えば……あまりにも当たり前すぎる質問だった。
俺は落ちこぼれとはいえ、国内でも有名な魔法の名家、ネイトン家に生まれたのだ。
魔法使いなど、物心ついた頃から毎日見ている。
「具体的には、誰の魔法を見た?」
「ええと、よく見たのは父と兄で……他に見たことがあるのは、祖父、祖母……あと弟とか、叔父ですね」
俺の言葉を聞いてラジウス団長は、ミアと顔を見合わせた。
そして、ミアが口を開く。
「団長、ネイトンさんの父って……」
「『神域の魔導師』ルインズ=マギウスだな」
……父の二つ名か。
何度か聞いたことがあるが、やはり有名な魔法使いなんだよな。
だからこそ、俺をこんな茶番まで使って魔法師団に押し込めたわけだし。
「兄というのは……」
「『凍土の魔王』ハイシェル=マギウスのことだろうな」
兄にも二つ名があったのか。
それは知らなかったが、確かに兄は氷属性の魔法を好んで使っていたような気がする。
幼い頃は、一緒に魔法術式をいじって遊んでいたものだ。
とはいえ……俺が兄と一緒に魔法で遊べたのは、大昔の話だ。
膨大な魔力を持つ兄の魔法訓練に、魔力を持たない俺がついていける訳もない。
当時は俺を置いていく兄を恨んだりもしたものだが……今考えてみれば兄が俺を見捨てるのは当然のことだったな。
「……もしかしてこの人、マギウス家の魔法を普通だと思ってます?」
「そのようだな……」
二人はそう言って、下を向いて考え込み始める。
それからラジウス師団長は、ゆっくりと俺のほうを向いて口を開いた。
「ネイトン、お前には魔法師団員として、決定的に欠けているものがある」
彼らも、流石に茶番をやめるつもりになったようだ。
魔法師団の環境で研究ができないのは残念だが、不正試験を防げただけよかったとするか。
実力不相応な場所に入っても、結局不幸な思いをするのは俺自身だしな。
「もちろん分かっています」
最初から分かっていたことだ。
魔法師団員は、魔力を持たない人間には務まらない。
この当たり前の理屈を認めてもらうのに、ずいぶんと時間がかかってしまったようだ。
まあ、父ルインズが魔法師団に対して持っている力は、それだけ強いということなのだろうが。
「分かっていなさそうな言い方だから、一応聞いておくが……自分に足りないのはなんだと思う?」
……当たり前を通り越して、嫌味な質問だな。
俺は物心ついてから一度も、魔力がないことを忘れたことなどないというのに。
とはいえ、彼は俺の裏口入団を断ったせいで父ルインズの苦情を受けることになるのだろうし、嫌味の一つも言いたくなる気持ちも分かる。
立場の違いを考えても、ここは素直に答えるしかないというものだろう。
「魔力ですよね?」
「違う」
絶対に正解だと思っていた答えは、即座に否定された。
ミアはなぜか、顔を押さえてうつむいている。
「では……何が足りないと言うのですか?」
「常識だ。常識が致命的に足りていない」
常識……?
確かに俺はずっと家にいたので、世間知らずなところはあるかもしれないが……『致命的に足りていない』とまで言われるほどひどいだろうか?
家には家庭教師がいたので、ちゃんと歴史の授業も受けたし、王国の地理とかも勉強したのに。
などと疑問に思っていると、また団長が口を開く。
「とはいえ、魔法師団の入団要件に『常識』は含まれていない。よって……試験は合格とし、君の入団を認める」
どうやら俺は、合格になってしまったらしい。
……どうしてこんなことに?




