第31話 最強賢者、世界記録を破壊する
「では、術式を発動するぞ」
「分かった」
俺はそう言って、父が開いた転移門の魔力を探す。
転移門は、俺達に見えている世界とは別次元にある魔力的空間上で、光として観測することができる。
人によって門の色は違って見えるようだが、俺の場合は白い光だ。
だが……魔力的空間の中に、転移門らしき光は見つからなかった。
恐らく父は、まだ入口側を開いてはいないのだろう。
「入口側の術式を起動してくれ」
「すでに起動した。……これで分かっただろう? この距離では、転移門の発動など不可能なんだ」
……どうやら入口は存在しないのではなく、俺が見つけられていないだけだったようだ。
理論上、今回の転移門の発動は、俺の魔力制御力を限界まで使ってギリギリ足りるかどうか……といったところだ。
甘く見ていた訳ではなかったが……やはり簡単ではないようだな。
そう考えたところで、遠くから轟音が聞こえてきた。
どうやら新たな魔物の群れが突っ込み、外壁が完全に崩壊したようだ。
流石のミア達でも、これ以上は外壁を守れないだろう。
――これではダメだ。
外の音を意識できる程度の集中で、世界初の魔法を成功させられるわけもない。
俺は目を閉じ、魔力的空間に意識を集中させる。
そして、しばらく間隔を研ぎ澄ませるうちに……俺は遠くに、かすかに光る点のようなものがあるのを見つけた。
光の色は白――父の転移門の色だ。
俺はそれを見失わないよう、慎重に魔力制御を伸ばし、光へと繋ぐ。
そして……俺はその光を、一気に引っ張り上げた。
光は俺に向かって、真っすぐに飛び――。
「ネイトンさん! 大丈夫ですか! ネイトンさん!」
「かはっ!?」
目を開けると、俺の視界には一人の女性が映っていた。
通信魔法を取り次いでくれた、レオニリア城の職員だ。
それを意識した瞬間、後頭部に痛みが走る。
手を当ててみると、そこにはべったりと血がついていた。
どうやら集中のあまり姿勢の維持を忘れ、倒れて頭を打ったようだ。
だが――怪我をしたかいはあった。
俺の目の前にあったのは、複雑な装飾の施された、光り輝く門――転移門だ。
どうやら、発動には成功したらしい。
「開け」
俺がそう告げると、扉がひとりでに開いた。
向こう側に見えた景色は――魔法師団の訓練場の風景と、整然と並んだ魔法師団員たちだ。
「ほ、本当に開いた!?」
「400キロの距離だぞ……!? ありえないだろ……!」
魔法師団員たちは、驚きに目を見開いている。
どうやら、この距離での転移というのは魔法師団でも珍しいようだな。
「門が開いたぞ! 今のうちに突っ込め!」
驚く魔法師団員たちに、ラジウス師団長がそう叫ぶ。
その言葉を聞いて、飛行魔法で門をくぐり、見張り塔の外へと飛び立っていった。
門が開いてから3秒と経たずに、外に待っていた全員の転移が完了したようだ。
『総員、最大火力をもって魔物を撃滅せよ! 魔力をケチるなよ!』
「「「了解!」」」
拡声魔法を使って放たれた師団長の声に、魔法師団員たちが一斉に答える。
それと同時に、街と魔物の群れの間を塞ぐように、巨大な炎の壁が立ち上がった。
10人ほどの魔法師団員が、共同で大規模炎魔法『ファイア・ウォール』を発動したようだ。
街に辿り着こうとする魔物は炎の渦で焼かれ、街に辿り着く前に絶命する。
すでに入り込んだ魔物は、氷の槍や電撃に貫かれて次々と倒れていった。
援軍が来たとはいっても、集まった魔法師団員はたったの70人ほど。
敵の魔物は40万もいるのだから、多勢に無勢という状況に変わりはない。
そう思っていたのだが……10分と経たずに、俺達の視界に映る魔物は全滅してしまった。
一応、炎の壁の向こうには魔物もいるが……突っ込んできたところで、ただ焼け死ぬだけだ。
『第一部隊は街の防衛に残れ! 残り全員で本隊を叩くぞ!』
「「「了解!」」」
そう言って魔法師団員たちは、魔物が来た方角へと飛んでいった。
どうやら襲ってくるのを待たずに、自分たちから魔物の群れを全滅させるつもりのようだ。
などと考えていると、後頭部に温かい感覚があった。
それと同時に、頭の痛みが引いていく。
後ろに目をやると、そこには父ルインズがいた。
どうやら今の感覚は、父の回復魔法だったようだ。
「街が気になるのは分かるけど、怪我くらいは治したほうがいいと思うよ?」
「……ありがとう」
俺はそう言いながらも、周囲の魔力を探る。
ミアとネムの魔力は、すでに確認できた。
ほとんど魔力切れに近い状態のようだが、徒歩でこちらへ向かっているようだ。
「もう、俺の出番はなさそうか?」
「ああ。魔法師団員は70人もいるのに、魔物は『たった』40万しかいないんだ。簡単に全滅させられるさ」
「……そうみたいだね」
俺は遠くの魔力を見ながら、そう呟く。
魔法師団は次々に大魔法を発動し、魔物の群れは急激に数を減らしていた。
彼らが魔力を節約している様子はないが、元々の量が多すぎるので、魔力を使い切るまでには時間がかかりそうだ。
この調子で行けば、魔法師団が魔力を3割も使わないうちに、魔物のほうが全滅する。
……国がすさまじい費用をかけて魔法師団の育成と維持を行っている理由が、分かるような気がするな。
確かに彼らが使う魔法は、魔力の変換効率という点では改善の余地があるかもしれないが……そんなことは重要ではないのだ。
たとえ効率が少しくらい悪かろうとも、膨大な量の魔力を持つ人間が70人も集まっていれば、全てを力技で踏み潰せてしまう。
考えてみれば、ミア達はたった2人で、しかも魔力を半分以上失った状態で、あれだけ長く魔物を食い止めたのだ。
そんなのが70人もいて、負けるのを心配するほうがどうかしている。
もちろん、2人が魔物を食い止められたのは、後方に控えていた冒険者や騎士たちの力のお陰もあるのだが……それでも魔物の半分以上は、あの2人が倒した様子だし。
などと考えていると、父ルインズが口を開いた。
「ところでネイトン……『転移門』の距離の世界記録って、どのくらいだか知ってる?」
突然の質問だな。
以前にミアが『長距離転移は準備に時間がかかる』と言っていた。
今回は準備時間なしで400キロいけたので、おそらく父が時間をかけて準備をすればもっと遠くまで飛ばせるのだろう。
だとすると、かなりの当てずっぽうになるが……。
「1000キロくらい?」
「残念。大外れだ。……正解は約21キロ。正確には君がさっき更新するまでの話だけどね」
それは流石に嘘だろう。
ミアから聞いた話とすら矛盾する。
「でもミアは、1ヶ月かけて準備をすれば、400キロの長距離転移もできるって言ってたぞ」
「ああ、それは『連続転移』の話だね。『出口側』になれる魔法使いを20キロおきに配置しておいて、連続で『転移門』を使うんだよ。……そんなに何十人も『出口側』を用意なんてできないから、実際は1ヶ月あっても無理だけどね」
なるほど、そんな裏技があったのか。
確かに転移門を何回も使えば、1回あたりの距離は関係なくなる。
『出口側』自身は転移門での移動ができないので、20キロごとに用意しておくというわけだ。
「でも、どうしてそんなに短いんだ? 20キロなんて飛行魔法で飛んでも遠くないじゃないか」
俺の言葉を聞いて、父は呆れ顔になった。
何を言っているんだこいつは、とでもいいたげな顔だ。
「あのね、君の魔法制御力は普通じゃないんだ。私とすら……君を除けば王国最高峰の魔法制御力を持つ私ですら、君とは比較にすらならない。もはや人間の領域を超えているんだ」
「またそれか……」
確かに父は、事あるごとに俺の魔法制御力を褒め称えていた。
だが、それは親バカの類というものだろう。
「そもそも、考えてもみてくれ。400キロの転移門なんかを開けるんだとしたら、世界の国防はどうなる? 『出口側』の魔法使いが一人入り込んだだけで、400キロ先から大軍が飛んでくるんだぞ!?」
……言われてみると、確かにそうだ。
この世界での大規模魔法戦は、長距離の転移魔法を想定していないように見える。
もし、転移魔法が20キロほどしか届かないというのが事実だとしたら……俺の魔法制御力の話は、親バカではなく事実なのだろうか?
「というわけで……悪いが、今回の転移魔法のことは隠滅させてもらっていいか? どういう筋書きにするかはこれから考えるが、なんとかして隠したいと思っている」
「隠さないとどうなるの?」
「各国が血眼になってネイトンを殺そうとするだろうな。……ネイトンの殺害に成功するまで、他国の軍は400キロ先から急襲される恐怖から逃れられない訳だ」
なるほど、それはまずそうだ。
魔力すら持たない俺が暗殺者に狙われたりしたら、1日ももたずに命を落とすことだろう。
「隠せるなら、隠してくれると助かる」
「任せてくれ。情報工作は私の得意分野だからね」
どうやら俺は期せずして、他国の防衛網に穴を開けてしまったようだ。
だが、そういった難しいことを考えるのは後でいい。
俺達は魔物とドラゴンの急襲に気付き、それを食い止めた。
今考えると、もうちょっと上手くやれたような気もするが……街と魔法図書館を守れたのだから、魔法師団員として最低限の仕事はできたと考えてもいいはずだ。
そう考えつつ、俺は見張り塔を戻って来るミア達の魔力を眺めていた。




