第30話 最強賢者、賭けに出る
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それから10分ほどが経過した。
ネムの魔力は、まだ1割ほど残っている。
「ネム、出力をさらに2割落としてくれ」
「了解です!」
魔力をなんとか残せたのは、俺の活躍というより、冒険者たちの活躍によるものだ。
彼らは壊れた壁の周囲に集まり、ネムの魔法で倒しきれなかった魔物を倒してくれている。
もう俺たちは魔物を倒しているというより、冒険者が倒せるくらいまで魔物の体力を削っていると言ったほうが正しいだろう。
だが、戦況はあまりいいとは言えない。
本来は後に残すべきネムの魔力を使ってしまっていることに加えて……もう一つ問題があるのだ。
「魔物、段々増えてないですか……?」
「間違いなく増えてる」
街の近くにあった魔物の群れは、およそ40万。
俺達の街に向かってきていたのは、そのうちレオニリア渓谷を通り抜けた、ほんの僅かな部分だけだった。
そのため魔物は、ほぼ一列になってこちらへ向かってきている。
だが今は、段々と列の外からくる魔物が目に付くようになった。
恐らく、レオニリア渓谷を通らない迂回ルートを通った魔物が、ここに到着し始めたのだろう。
今はまだ別ルートから来る魔物は多くはないが……時間とともに増える魔物によって押しつぶされるのは時間の問題だな。
まあ、それより先に魔力が尽きる可能性も高いだろう。
ネムの魔力は残り1割、ミアは4割あるかどうか……それがなくなれば、いくら魔法師団員といえどもただの人間だ。
そう考えていると……一人の騎士団員が走ってきて叫んだ。
「ネイトン=マギウスさん! 王都の魔法師団からの緊急連絡です!」
どうやら、通信が入っているようだ。
だが今だけは、俺がここを離れる訳にはいかない。
足りない魔力を少しでも有効活用できるよう、ケチ臭く使う作業は、俺が最も得意とする分野なのだから。
「後に回せと伝えてくれ! 戦闘中で手が離せない!」
「どんな理由があろうとも、戦闘を放棄してでも来いとのことです! これは上官命令です!」
騎士の言葉を聞いて、俺はどうすべきか考える。
軍人としてはまず間違いなく、彼の命令に従うべきなのだろう。
たとえ俺が離れることによって魔力消費が激しくなるとしても、命令違反は許されない。
だが……この状況で、命令を律儀に守ることに意味があるのだろうか。
俺はそう考えて、ミアのほうを見る。
「それは団長本人のご命令か!? 本当に戦闘を放棄しろと言ったんだな!?」
「はい! すべてご本人の言葉です!」
ミアの質問に、騎士がそう即答した。
どうやら俺を呼んでいるのは、魔法師団長のようだ。
「ネイトン、ここは任せろ!」
「……すまない、できるだけ早く戻る!」
俺はそう言って結界を蹴り、滑空魔法を発動した。
虎の子のDランク魔石――俺が持つ中で最も高性能な魔石から魔力を抜き出し、全速力で俺は見張り塔へと飛ぶ。
前線に出る直前に、俺達が戦闘を見ていた見張り塔。
そこには王都につながる、高性能魔法通信機が置かれている。
「ネイトンです何の用ですか! 今は戦闘中なので手短に――」
俺は魔法通信機に向けて、そううまくし立てる。
すると、すぐに答えが返ってきた。
「命令だネイトン。ミアとネムを連れて撤退しろ」
ラジウス師団長――魔法師団の最高権力者の声だ。
それ言葉を聞いて、俺は口をつぐんだ。
上官の命令なのだから、軍人としては従うべきなのだろう。
「戦況はこちらでも把握している。防衛は絶対に不可能だ。諦めるんだ」
師団長が、さらに言葉を続ける。
だが、この街には住民もいるし……魔法図書館もある。
人類が積み重ねてきた叡智の集合体――魔法図書館は、それだけでも俺の命よりずっと重い存在だ。
それを見捨てて撤退するくらいなら、俺は死を選ぶ。
そう考えていると、予想外の声が聞こえた。
「ネイトン、聞こえるね?」
魔法通信機から聞こえてきたのは、俺の父、ルインズ=マギウスの声だった。
もしかしたら俺が逃げたがらないのを予想して、説得用に連れてきたのかもしれない。
とはいえ父ならば、俺が魔法図書館を見捨てて逃げるような存在ではないことくらい知っているだろう。
「あの魔法図書館には、君が命をかけるような本はない。無駄死にはやめるんだ」
……まず間違いなく、俺達を撤退させるための嘘だな。
本当に価値がない本なら、わざわざ巨大な図書館などを作って保管する必要もないのだ。
そしてもちろん、魔法師団が撤退すれば、本だけではなく住民たちも見捨てることになる。
だが……父がいるとなると、そもそもの状況が変わってくる。
魔法図書館だけと言わず、街全体を助けられる可能性があるのだ。
「父さん、魔法師団は今、そっちにいるの?」
「ああ。魔法師団の戦力はほとんど王都にいる。今も各所から集めているが……援軍はまず間に合わないと考えてくれ」
やっぱり王都には戦力が揃っているのか。
つまりその戦力をここまで連れてくることができれば、街を見捨てずに済むというわけだな。
「転移門を使えないかな?」
「……は?」
俺の言葉を聞いて、父があっけに取られたような声を出す。
……転移魔法の第一人者がこんな反応だということは……やはり無理なのか。
などと考えていると、父は言葉を続ける。
「……分かった。試してみよう」
「ルインズ!? 一体何を言って……」
「静かにしてくれ。私はネイトンと話しているんだ」
ラジウス師団長が父を止めようとしたが、父はそれを拒否した。
どうやら、魔法を試してみてくれるようだ。
「転移魔法が成功するかどうかは、『出口側』の魔力操作にかかっている。そのことは理解してるね?」
「分かってる。……もし失敗したら、どんな命令にも従うさ」
『転移門』という魔法は、入口側と出口側に1人ずつ――合計で2人の魔法使いが必要になる魔法だ。
『入口側』の魔力と、『出口側』の魔力操作力……どちらが不足しても、転移門は発動できない。
この国で最高の魔法使いの一人である父の場合、魔力が足りないということはまずないので……もし発動に失敗するようなら、それは俺の力不足だ。
「分かった。では賭けをしよう。……もし失敗したら、君は考えうる手段を全て使って、自分の命を守るんだ。それ以外のものは全て無視すると約束してもらおう」
「約束する。ただし門が開いたら、すぐに送れるだけの戦力をこっちに転移させてほしい」
「もちろんだ。……ラジウス、魔法師団員を集めてくれ」
悪くない賭けだ。
元々、この街を救う手段は『転移門』以外に存在しない。
『転移門』を使ってもらえなければ可能性はゼロだが、試してくれるのであればゼロではなくなる。
後は俺が、門を開けるかどうか次第だ。




