第29話 最強賢者、魔力を節約する
◇
「……ちょうど30分か」
「ネイトンさんの予想、やっぱり正確ですね……」
会議からちょうど30分後。
俺達は城の見張り台から、魔物の群れが向かってくる様子を見ていた。
「40万の魔物という割には、ちょっと少なく見えますね……」
「レオニリア大渓谷があるのが救いだな。魔物が沢山いても、一度には通れないんだ」
レオニリアの北には、レオニリア大渓谷という巨大な谷が存在する。
魔物の群れはその谷の向こう側にあるので、この街に向かう途中で、自然と群れは細長く引き伸ばされてしまう。
そのおかげで俺達は、一度に40万の魔物を相手にせずに済むというわけだ。
あと30分だけ待ってくれれば、大渓谷を封鎖するという手もあったかもしれないが……それを言っても仕方がないだろうな。
というか大渓谷を封鎖しにかかるのは、別ルートから迂回された時に挟み撃ちを食らう危険性があるので、仮に時間があっても作戦としては採用されなかっただろう。
大渓谷は最短ルートではあるが、他にも沢山のルートがあるのだから。
「……正面の防御、なんだか薄くないですか?」
ネムは冒険者や騎士たちの動きを見ながら、そう尋ねた。
確かに……町の防衛はあまり詳しくないのだが、今まさに魔物が向かってくるあたりの戦力が、なんだか薄く見える。
戦力は壁に沿ってだいたい均等になるように配置されているようだが……むしろ敵がいない方向が、比較的戦力が充実しているように見える。
「いや、これでいいんだ」
ミアは防衛網を確認し、そう言って頷いた。
どうやら、問題はないようだ。
「ネム、魔物が木にぶつかるところを見たことはあるか?」
「ありません!」
「どうして見たことがない?」
「それは……魔物が木を避けるから?」
俺はネムの言葉を聞いて、裏側のほうが防衛網が厚い理由をなんとなく理解した。
そして、ネムも同じだったようだ。
「もしかして……魔物は外壁を避けようとするんですか?」
「ああ。そして壁の反対側で群れの魔物とぶつかって、ようやく外壁に切れ目がないことに気付き、壁を壊しにかかる」
「なるほど……だから裏側を重点的に守るんですね」
「そういうことだ。まあ壁に切れ目がないという情報はすぐ群れ全体に伝わるから、全方位をちゃんと守る必要があるけどな」
……魔物が互いに意思疎通をしているという話は聞いたことがあったが、この巨大な群れの中でもすぐ全体に情報が伝わるのか。
通信魔法なしでは人間でも難しいことを、魔物たちは本能だけで成し遂げるようだ。
「私達の出番はまだ先だが、油断はするなよ。……もしヤバそうな場所があったら、少しだけ魔法を撃ち込んで補助する選択肢もある」
「壁が1箇所でも崩れると、そこから魔物がなだれ込んでくるからですね」
「ああ」
そう話している間に、魔物は外壁の目の前までやってきた。
だが魔物たちは、まったく方向を変える様子も、速度を落とす様子もない。
もちろん魔物の敏捷性であれば、壁の直前で避けるようなこともできるのだろうが……壁があるのはとっくに分かっているというのに、そんなに非効率なことをするだろうか?
俺はそう考えつつ、魔石を使って望遠魔法を発動する。
「魔物って、そんなに壁の直前で方向転換するのか?」
「いや、こんな動きは見たことが……」
ミアがそこまで言ったところで、轟音とともに魔物たちが突っ込んだ。
全速力で壁に激突した魔物たちは、首が折れたり潰れたりして絶命する。
だが、後ろの魔物たちはおかまいなしに仲間の死体を登り、一直線に街を目指す。
街の外壁は、低い場所から魔物が突っ込んでくることは想定されているが、壁の上のほうに圧力をかけられることを想定して設計されてはいない。
それこそ魔物が積み上がりでもしない限り、あるいはドラゴンのような巨大な魔物がいない限り、そんな攻撃を受けることはないからだ。
魔物たちの捨て身の攻撃によって、想定外の圧力にさらされた外壁は――内側に倒れるようにして、あっさりと倒壊した。
「っ……非常事態だ! 出るぞ!」
「りょ、了解です!」
ネムとミアはそう叫んで見張り台を飛び降り、飛行魔法で壁の崩れた場所へと向かう。
俺は慌てて魔石から魔力を抜き取り、滑空魔法を発動して二人の後を追い始めた。
「これだと、いきなり魔力を使うことになっちゃいますけど……」
「ほとんど避難が済んでいない段階で城を守っても意味がない! せめて冒険者たちが崩壊地点に集まるまで……3人でもたせるぞ!」
「了解!」
そう話しながら俺達は、壁の崩れた場所へと飛んでいく。
その途中で、ミアが拡声魔法を発動する。
「これより魔法師団が、外壁崩壊地点に攻撃を行う! 巻き込まれないよう退避せよ!」
すると壁が崩れた場所に向かおうとしていた冒険者たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
ミアは近くの建物の屋根に着地しながら、魔法を発動する。
外壁にあいた穴をふさぐように、炎の渦が吹き上がった。
「ネイトン、私の魔力を操って効率を上げられるか!」
俺はミアに向かって飛ぶ俺に向けて、そう叫ぶ。
魔石による滑空魔法は魔法師団員の飛行魔法ほど速くないので、ミアまではまだ少し距離がある。
この距離ではまだ制御はできないな。
「すぐに行く!」
俺はそう言いながら飛び続け、ミアの炎の目の前までたどり着く。
そして足場として結界魔法を発動し、その上に立った。
俺一人の体重を支えるくらいの結界なら、魔石でもなんとかなるものだな。
そして俺はミアの魔力を操作し、魔力から炎への変換術式を組み替える。
元々のものより複雑でコントロールが難しいが、魔力効率に優れる術式だ。
すると……炎の勢いが、急激に強まった。
「魔法出力は今の1割まで落としていい! それで何とかする!」
「そんなに落として大丈夫なのか?」
「強い魔物のところに威力を集中させれば足りるはずだ!」
「……凄まじい制御力だな」
そう言ってミアが、魔法の出力を下げる。
俺はその魔力を操作して、向かってくる魔物たちを片っ端から焼いていく。
要は街に魔物が入らなければいいだけなので、炎魔法を抜けるギリギリで魔物が死ぬように調整することによって、魔力は節約できる。
それも攻撃範囲の全域を均等に焼くのではなく、特に強い魔物がいる場所だけに出力を集中させれば、全体の出力は最低限に抑えられる。
魔力をケチるのは、それなりに得意なのだ。
『北門の外壁が崩壊した! 冒険者および騎士団は街の北部へと集合せよ! 今は魔法師団員が支えているが、魔力には限りがある!』
『住民は急いで城へ避難してください! 城内には全員が避難するのに十分な広さがあります!』
拡声魔法の声が、街の中に響き渡っている。
魔物の戦力がここに集中したので、他の場所を守っていた冒険者たちには余裕があるはずだ。
彼らが集まってくれば、防衛を交代してもらえるだろう。
「ネム、魔法を代わってくれるか? 制御は放棄してネイトンに任せていい」
「了解です!」
そう言ってネムが魔法を発動したので、俺は制御の対象をネムの魔力に切り替えた。
ミアはネムより魔力制御に優れているので、同じ量ならミアの魔力のほうが価値が高い。
制御を俺に頼れる状況であれば、ミアの魔力を温存したほうがいいというわけだろう。
「冒険者が集まるまで、どのくらいかかる?」
「この規模の侵攻を抑えるには、300人は必要です! ……15分、いえ13分もたせてもらえれば……!」
ミアの質問に、ギルドの受付嬢がそう答えた。
……冒険者300人で戦うような相手を、たった一人の魔力で食い止められるというのは、なんとも凄まじい戦力だが……ネムの魔力も、もう残りはさほど多くない。
残った魔力がおそらく3割弱……このペースだと3分ほどで魔力の1割を消費する感じだ。10分もつかどうかもギリギリだな。




