第28話 最強賢者、街に戻る
「く、黒い魔力……!?」
「魔鉱竜が、まるでバターみたいに……」
体に大穴が空いたドラゴンを見て、二人がそう呟く。
再生能力を持っていたドラゴンも、流石に心臓と魔石を破壊されては復活できないようだ。
「臨界魔力ってやつだ。いくら相手が硬かろうが、おかまいなしに溶かせる」
攻撃の貫通力という面でみると、恐らく先程の魔法は世界最強の術式の一つだ。
射程の短さや膨大な魔力要求量という弱点はあるものの、当たりさえすれば何でも溶かせる。
「黒い魔力……教科書では読んだことありますけど、実物は始めて見ました……」
「魔法実験で作るのさえ難しいのに、実戦で起こしたなんて話は……聞いたことがない」
どうやら、臨界魔力を見るのは初めてのようだ。
確かに、作ろうと思わないと作れないものなので、見慣れないのは当然かもしれない。
「臨界魔力を作るうえで一番むずかしいのは、材料となる魔力を用意することだ。臨界状態にするだけなら難しくはないさ」
「……む、難しいと思いますけど……」
「少なくとも、極大暴炎砲よりは簡単だ」
俺が先程の魔法の材料にしたのは、発動できる人間が世界に10人もいないような魔法だ。
あれだけの材料を用意してもらえれば、失敗するほうが難しいというものだろう。
「まあ、常識の話は一旦置いておこう。私達は命を助けられた側だ。……ありがとう」
「……そうですね。ありがとうございました」
そう言ってネムとミアが、俺に頭を下げる。
だが……あまり助けたという感じはしないな。
そもそも二人が窮地に陥ったのは、危険な戦いに俺を参加させるのを避けてくれたからなのだし。
「街を助けるのは元々、俺達全員の任務だ。戦うのは当然だ」
俺は二人に、そう答える。
しかし、今はもっと重要な問題があるようだ。
「……それと、まだ戦いは終わってない」
俺は周囲の魔力を探りながら、ミアにそう告げる。
二人がドラゴンと戦おうとしたのは、もとはといえば街を守るためだ。
だが……街を襲おうとしていた敵はドラゴンだけではない。
レオニリアの付近には今も30万近い魔物がいて、いつ街を襲撃してくるか分からない状況だ。
さらに悪いことに……その魔力反応は、少しずつ街のほうへと動き始めていた。
「魔物が動いてる。街のほうだ」
俺の言葉を聞いて、二人の顔が引き締まる。
魔物と聞くと顔つきが変わるのは、さすが魔法師団員といったところか。
「30万の魔物……」
「……もし襲撃があるなら、街の全体を守るのは無謀な戦いと言わざるを得ないな」
もし勝算がないとみた場合にどうするかは、あらかじめ相談済みだ。
街を放棄して逃げ、援軍が来るのを待つ。
住民たちを見捨てるのは心が痛むが、もし俺達が戦っても結果が変わらないのであれば、逃げられる俺達が無駄死にをする意味はないからだ。
しかし、言い方に気になる点があった。
『街の全体を守るのは』という点だ。
「まるで、街の一部なら守れるみたいな言い方だな」
「その通りだ。……レオニリア城の中に入れるだけ住人を入れて、城だけを守る。そして入り込もうとする魔物を片っ端から倒して、魔法師団の援軍を待つんだ」
レオニリア城は、街の中心付近に位置する大きな城だ。
周囲には高い塀もあるし、それなりに深い堀もあるし、何より守るべき範囲が狭くなるというのがいい。
広大な街の全域を守るよりは、だいぶ望みがありそうだ。
「私、もう魔力は半分も残ってないですよ……?」
ネムはミアの言葉を聞いて、心配げにそう告げる。
彼女は凄まじい魔力を持っているが、流石に『極大炎界砲』の魔力消費は重かったようだ。
「安心しろ。私も同じだからな」
どう見ても悪いニュースだ。
何を安心できる要素があるのだろうか。
「まあ、分が悪い戦いなのは分かっている。やっぱりやめておくか?」
「……お二人がよければなんですけど……できれば、戦いたいです」
ミアの言葉に、ネムがそう答えた。
どうやら、やる気のようだ。
「仕事熱心だな」
「いえ、実はそうじゃなくて……実はあのお城、友達が住んでるんです」
「……レオニリアに?」
「はい。ルナ=レオニールって子なんですけど……」
「領主の娘じゃないか」
「あ、その子です! 魔法学園にいた頃、同じクラスで……」
どうやら、この街の領主の娘は、ネムの友達だったようだ。
助けてあげたいのは山々だが……俺は一つ、重大な問題を抱えていた。
実は俺も、このレオニリアには守りたいものがあるのだ。
「城以外を見捨てたら、魔法図書館はどうなる?」
王立大図書館の分館。
膨大な量の魔法書のコレクションが、この街にはあるのだ。
たかが本……という人もいるかもしれないが、魔法書というのは人類の英知の結晶であり、人類が生きてきた意味だとすら言える。
それは俺の命より重いし、万難を排して守る必要がある。
もちろん魔法師団員としての仕事は住民の命を守ることであり、魔法書を守ることではないのかもしれないが、魔法書たちを見捨てるわけには……。
「魔法図書館分館は、城の中にあるぞ」
「その作戦、俺も加わらせてもらおう」
もはや作戦に加わらない理由はなかった。
あの城こそ、俺が守るべきものだ。
「では、急いで街に向かおう」
「ああ」
そう言いながら俺達は、街へと走っていく。
先程のドラゴンと違って、勝てる見込みは立っていないが……まあ、仕方がないだろう。
たとえ俺が命を失うとしても、図書館の本を何冊かでも守れるのであれば……命を賭ける意味はあったと言えるはずだ。
◇
それから少し後。
俺達はレオニリア城の会議室へとやってきていた。
この場にいるのは俺達3人に加え、王国騎士団レオニリア大隊長シルバ=カンダス、冒険者ギルドレオニリア支部長のガンド、そして領主のジョセフ=レオニール。
レオニリアの最高権力者たちが、ここに集まっていた。
「以上の理由より、魔法師団は住民たちをレオニリア城に退避させ、戦力を集中させての防衛を進言します」
「……この城は、住民全員が入れるほど広いのか?」
「座ったり寝たりスペースがあるかは分かりませんが……援軍を待つ間だけ耐えるなら、何とかなるかと。結界魔法で床を増設するという荒業もあります」
「現実的に考えるなら、主な問題は住民の避難が済むかどうかですね」
「スペースより、時間のほうが問題か……」
そう言って領主が、一瞬だけ考え込む素振りを見せる。
だが、領主はすぐに口を開いた。
「全滅するよりはマシだ。ただし住民を一人でも多く避難させるために、できる限りの時間を外壁で稼いでほしい」
「その役目、ギルドが引き受けましょう」
「騎士団も協力します。……魔法師団の魔力は効果的に使いたいので、出番までは温存しておいてください」
どうやら作戦は認められたようだ。
ギルドや騎士団の協力も得られるとなると……少しは希望が出てきたかもしれない。
まあ、稼ぐべき時間と敵の数を考えると、相変わらず戦況はかなり絶望的な気もするが。
「それで、魔物の到達はいつ頃になりそうだ?」
「このペースだと……およそ30分ほど先です」
俺は周囲の魔力を観測しながら、そう告げる。
魔物の群れはあまりに巨大すぎて、龍脈柱がなくても簡単に探知できる。
「急いで防衛網を整える必要がありそうだな」
「準備はもう済んでる。……俺達が何も言わなくたって、あいつらは外壁を守るさ」
「ああ。城に引っ込ませるほうが苦労しそうだな」
シルバとガンドが、そう言葉を交わす。
どうやら彼らは、部下や冒険者をずいぶんと信用しているようだ。




