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第25話 最強賢者、決断する



それから10分ほど後。

俺は木の陰に隠れて、戦闘が始まるのを待っていた。

魔石で起動した聴覚強化魔法のお陰で、ミアたちの会話がよく聞こえる。


「最終確認だ。ドラゴンとは15メートルの距離を保ち、炎を吹く予備動作が見えたら距離を維持したまま横に移動しろ。間違っても正面から受けようとしたり、距離を取ろうとするなよ。炎の射程は100メートルを超える」

「はい!」

「距離を取る場合は、炎の直後を狙え。再発動までに20秒くらいはかかるはずだ」

「はい!」

「私に近付くなよ。ターゲットを分散させれば、狙われていない間は負担が減る」

「はい!」


ミアたちの話は、やはり炎への対策ばかりだ。

本に書いてあった、ドラゴンの最大の武器が炎だという話は、間違っていなかったようだな。


……俺がいる場所は魔鉱竜から200メートルほどの場所だが、戦場が少し動いただけで、射程に入ってしまう。

もうちょっと離れた場所から様子を見ればよかったかもしれないが、今更隠れ場所を探し直すのも難しそうだ。

とりあえず、こちらに戦火が及ばないことを祈るしかない。


「どうしても逃げ場がない場合以外、空は飛ぶな。ドラゴン相手に空中戦は分が悪い」

「はい!」


相手が空を飛べる場合は地上戦に持ち込むというのも、本にあったセオリー通りだ。

空中戦を挑むと、敵は普段通りに戦えるのに対して、自分達だけ飛行魔法を発動し続ける魔力消費と魔法制御に悩まされることになる。

いくら魔法使いといえども、地面に足をつけていたほうが戦いやすいのだ。

走って避けるための身体強化も、飛行魔法よりは遥かに負担が軽いしな。


「では、行くぞ!」

「了解です!」


二人はそう話し、身体強化で前に踏み込んだ。

あっという間に二人は攻撃魔法の射程に入り、二手に分かれる。

ネムとミアが攻撃魔法を発動すると、猛烈な炎が吹き上がる。


ネムも今回は、周囲を燃やすことをまったく恐れていない。

ブラッド・ベアのときとは比べ物にならない炎が二箇所から吹き上がり、魔鉱竜に襲いかかった。


「ギャオオオオォォォ!」


炎を浴びた魔鉱竜が、怒りの声を上げた。

効果は……恐らくイマイチだな。

少なくとも一撃では長期戦を覚悟する必要がありそうだ。


などと考えていると、魔鉱竜が口を開いた。

俺はミアの姿も魔鉱竜の姿も直接は見られていないが、魔鉱竜は極めて魔力密度が高いので、魔力だけで指の一本一本まではっきりと見えてしまうのだ。


魔力が急激に膨れ上がり……ミアに向けて炎を吹き出す。

ミアは身体強化を発動し、距離を維持したまま大きく回り込んでそれを回避した。

お手本みたいな避け方だな。


そして肝心のドラゴンの炎のほうだが……これなら散らせるくらいはできそうだ。

完全に消滅させたり跳ね返したりは難しいだろうが、身を守るだけなら何とかなる。

確かに出力自体は桁違いに大きいが、制御自体は父の魔法などより甘い感じだ。

などと考えていると、今度は魔鉱竜がネムに向けて炎を放った。


「わわっ」


ネムは少し慌てながらも、身体強化で炎の範囲を走り抜ける。

やや危なっかしいような気もするが、なんとか炎は避けられたようだ。

なんとか前に割り込んで炎を散らしたくなるが……これ、割って入るのは無理だな。


炎がどうとかではなく、単純に二人の移動速度がが早すぎる。

身体強化を使って目にも止まらぬスピードで走り回る魔法師団員に、生身の俺が追いつけるわけもない。

魔力の動きを見れば戦況を観察することはできるが、これに割って入ろうとすると、魔法師団員と同等の身体強化が必要になってしまう。


立ち止まってくれればまだ動きようもあるが、二人はほとんど立ち止まらない。

ドラゴンとの距離を調整したり、互いの位置がかぶらないように動いたり、爪や尻尾をかわしたり……絶えず移動し続けているのだ。


これでは、俺が追いつける可能性はゼロと言っていい。

魔石の魔力による身体強化では、必要な出力の100分の1も出せないだろう。

2人を信じて見守るしかなさそうだな。



それから数分後。

二人は回避を繰り返しながら、魔鉱竜に炎魔法を撃ち込んできた。

ネムもだいぶコツを掴んできたようで、回避に安定感が出てきた。


だが、戦況はよくなっていない。

むしろ、悪化しているように見えた。


「ミアさん! これ本当に効いてるんですか!?」

「効いてはいるはずだ! とにかく攻撃を続けるしかない!」


魔鉱竜の周囲はドラゴンの炎とミア達の魔法によって焼き焦げ、木などもわずかに焼け残っているばかりだ。

俺がいる場所は今のところ延焼を免れているが、いつ焼け出されても文句は言えない。

それだけの炎魔法を食らっているにもかかわらず、魔鉱竜に大したダメージが見られないのだ。


その理由は、だいたい見当がついている。

あの魔鉱竜は、食らったダメージを回復しているのだ。

魔鉱竜にそんな特性があるなどとは本に書かれていなかったが、魔力の動きを見ている限りだと、そう考えるしかない。


「攻撃属性を変えるのはどうでしょうか!」

「魔鉱竜相手なら炎魔法が一番効く! 効くはずだ!」


効くはずの攻撃が効かない。

少なくとも、ダメージが蓄積しているようには見えない。

そんな焦りが、ついにミスを生んだ。


「……あっ」


身体強化を使いながら走っていたネムが、木にぶつかりそうになったのだ。

魔力の感じからすると……恐らく炎で炭化した木が、運悪く焼け残っていたのだろう。


その直後、俺は飛行魔法の気配を感じた。

ネムは飛行魔法を使って、木をよけようとしたのだ。

飛行魔法の猛烈な加速によって、ネムはなんとか木を回避できたようだが……魔鉱竜との距離が離れてしまった。


「バカ! 飛ぶな……距離を取るなと言ったはずだ!」

「そうでした! ど、どうすれば……!」


魔鉱竜の炎は遠くにいけばいくほど広がるため、距離を取ると逆に避けにくくなる。

だからこそ、一定の距離を保てと言われていたのだ。


そしてネムは、さらに最悪の選択肢をとった。

防御魔法だ。


ネムの出力の防御魔法で、竜の炎は防げない。

だから回避に徹するしかないのだが、防御魔法が魔法制御力に与える負担が、回避のための速度を奪ってしまう。

というか、まだドラゴンに狙われてもいないのに防御魔法を発動する意味がわからない。

完全にパニックに陥っている。


「あっ、あああぁ……」


ネムも自分が悪手を打ったことに気付いたようだ。

あと10秒ほど猶予があれば、なんとか立て直せたかもしれない。

だが……魔鉱竜は隙を見逃さなかった。

竜が口を開き、ネムに顔を向ける。


俺はとっさに、手元の魔石から魔力を抜き出し、魔法を発動した。

この状況で俺が使える、唯一の魔法――挑発魔法だ。


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