第16話 最強賢者、手助けする
「ネイトン、さっきから走ってる方向がずれてきてないか?」
「仕方ないだろう、敵がものすごい速さで走ってるんだから」
走り始めて数分後。
俺たちは、街の方に向かって走っていた。
ブラッド・ベアが俺たちの後ろに回り込み、街のほうへと行ってしまったからだ。
距離も一時期は1キロほどまで詰まっていたのに、今はもう2キロも離れている。
敵の速度は時速60キロ近いが、俺たちの走りは時速20キロあるかどうかだろう。
どこかで立ち止まってくれない限り、追いつくことができないわけだ。
もしブラッド・ベアがその気になれば、俺たちを無視して街を襲うことすらできるだろう。
まあ、所詮はランクDの魔物なので、街道などで少人数が襲撃を受けたりするような場面でなければ、あっさり討伐されるだけだろうが。
「ブラッド・ベアがどこに行くかを、魔力から読めたりしないんですか!?」
「魔力で動きが読めるのはせいぜい数秒先だ! 移動先なんて読めない!」
「……冗談で言ったんですが、本当に読めるんですね……」
冗談だったのか。
どうやらネムの冗談は分かりにくいようだ。
などと考えていると……ブラッド・ベアの動きが急に変わった。
急に方向転換して、俺たちに近い方向に走り始めたのだ。
「止まってくれ。向こうから来てくれるかもしれない」
「どうして、そんなことが分かる?」
「まさか、本当に魔力を……」
そのルートは、まっすぐなようでいて少し違う。
ブラッド・ベアは人が歩きやすいルートを通り……そして、俺が魔力反応の話をした場所で、ほぼ直角に曲がった。
俺たちが今までに通ってきたのと、まったく同じ道をなぞっている。
……ブラッド・ベアは嗅覚の鋭い魔物だと聞いていたが、ここまで完璧に後をつけられてしまうものなんだな。
何十分も前に通った道をたまたまブラッド・ベアが通っただけで襲われてしまうとなると、この魔物が王国最悪の殺人魔物として扱われているのも納得がいく。
個体数が少ないのは、もしかしたら冒険者などもあっさり見つけてしまうので、すぐ強い冒険者の返り討ちになってしまうせいかもしれない。
「俺たちの匂いを辿ってるみたいだ。後ろから来るぞ」
「……なるほど、匂いか……!」
俺の言葉に納得して、ミアとネムが後ろを向いた。
あとは魔物の討伐になるが……ここは絶対に、俺の出番はないだろうな。
「私がやります! 魔力はいっぱいありますから!」
「任せた。森の中だから、いつもみたいに派手な炎はやめろよ」
「了解です!」
どうやら今回は、ネムが倒すようだ。
Dランクの魔物など魔法師団の相手ではないので、討伐はまったく問題ないだろうな。
彼女らはたとえ目をつむっていても、あのくらいの魔物は消し炭にできるだろう。
「……絶対だからな! また前みたいに山火事を起こしかけたら、一人で消火させるぞ!」
「は……はい! 気をつけます……! 3回目の火事だけは……!」
どうやら討伐以外の点で問題があるようだ。
先程から彼女らは、ブラッド・ベアの話を一切していない。
ただネムが使う魔法が、周囲に余計な被害を与えないかどうか心配しているだけだ。
しかも『3度目の火事』と言っているあたりを見るに……すでに彼女は2回も火事を起こした経験があるようだ。
彼女も魔法師団に入ってから、そう長くはないはずなのだが……。
などと考えていると、遠くからブラッド・ベアが向かってくるのが見えた。
ブラッド・ベアの体重は、およそ300キロほどだ。
それが時速60キロで向かってくるというのに、ミアとネムに恐怖の様子は一切ない。
「いきます!」
その言葉とともに、ネムの体から魔力が溢れ出す。
魔力は炎へと変換され、炎の渦と化してブラッド・ベアのほうへと殺到し始める。
だが……そこで問題が起こった。
炎を構成する魔力が横へ広がり始めたのだ。
「あっ」
ネムが『マズい……』といった顔をする。
魔力の制御に苦労している様子だ。
炎自体はまだ広がっていないようだが、魔力が完全に拡散してしまっているので、あと1秒ともたずに炎が広がるな。
原因はおそらく、彼女自身の緊張だ。
魔力制御に力が入りすぎて、かえって変な場所に魔力が集まってしまっている。
彼女が今までに火事を起こしてきた理由も、なんとなく想像がつくな。
一方ミアは、そのことに気付いた素振りすら見せない。
これは……わざと放置して、対処してみろと言っているのだろうか。
いずれにせよ、放っておけば大火事になるのは確かだ。
俺はとっさに周囲の魔力を操作し、ネムの魔力制御を補助し始める。
俺とネムの間の距離は、1メートルほどしかない。
魔力操作も、それなりには届く距離だ。
すると……炎の渦は急激に収束し、ブラッド・ベアだけをピンポイントで焼き尽くした。
周囲には何の被害も及ばず、ブラッド・ベアは断末魔を上げる暇もなく燃え尽きた。
「……完璧じゃないか! 実戦でも、こういう魔法が使えるようになったのか!?」
炎が収まった後で、ミアはそう言って手を叩いた。
まるで自分のことのように喜んでいる様子だ。
「は、はい! でもなんだか、自分の魔力じゃないような気がして……」
「魔法が上達していくときには、そういう感覚もあるものだ。自分の魔力は自分にしか制御できないんだから、あの魔法をやったのは確実に自分だ。自信を持って……」
そこまで言いかけて、ミアは俺のほうを見た。
どうやら、模擬戦で魔力を乗っ取られたのを思い出したようだ。
「ネイトン、まさかとは思うが……何かしたか?」
……どうやら俺の魔力操作には気付いていなかったようだ。
他人の魔力を操作する技術というものが普及していないようなので、そもそも発想から抜け落ちていたのかもしれない。
まあ、ちゃんと魔力を持っている人間からすれば、わざわざ扱いにくい他人の魔力を使う必要もないので、普及しないのも当然だが。
などと考えつつ俺は、どう答えるべきか考える。
答えはすぐに出た。
「何の話だ?」
俺はまったく何のことか分からないといった顔で、首をかしげる。
正直に答えると、なんだかロクなことがないような気がしたからだ。




