第13話 最強賢者、心配される
「……地図を出しっぱなしにしたのを怒られるんじゃないのか?」
「最後なんだから、それは問題ない。だが……この内容は何だ……?」
そう言ってミアは俺が書き込んだ地図を持ち上げ、目を近づけて観察する。
そこには魔物の名前と数が、びっしりと書き込まれている。
「書き方がおかしかったか?」
「……書き方というか、森の名前と魔物の数や強さが大雑把に書かれているようなものを想像していたんだが……」
なるほど。
魔力がない俺が、あの短時間で書き上げられる地図となると、たしかにそんな感じになるな。
どうやら彼女は、俺が龍脈柱から魔力を吸い上げて魔力を使ったのに気がついていないようだ。
「初めてとはいえ、そんな杜撰な調査をするわけには……」
俺の言葉を聞いて、ミアが自分の地図を差し出した。
そこには、俺が『杜撰な調査』としてイメージしていたそのままの地図があった
50平方キロもある森に大きくマルをつけて『約350体 平均Dランク、最高Cランクを想定』などと書かれている。
この内容なら確かに、転写魔法は必要がないだろう。
攻撃性も索敵範囲もまったく違う魔物をまとめてランクでくくっていいなら、記録に時間がかかるわけもない。
「……ネムは?」
「こんな感じですね!」
ネムの地図は、さらに大雑把だった。
ミアですらいくつかのエリアに分割して分布を書いている巨大な森を大きく囲って『5000匹くらい 多分ランクDとか』などと書いている始末だ。
……こんな情報で、市民の安全を守れるのだろうか?
「もしかして……この調査、かなり手を抜いていいのか?」
魔法師団は軍でもあるが、政府組織の一つでもある。
もしかしたらお役所仕事的な感じで、本当は必要の薄い仕事が、規則などのせいで残っているのだろうか。
だとすれば、使えない新人である俺が回されたのも納得だ。
そんな仕事に2時間もかけようとしていたのは、かなり空気の読めない行動だったのかもしれない。
魔物の種類と数を一つずつ書くなど、愚の骨頂だ。
などと考えていると、ネムとミアが口を開いた。
「いや、これでも真面目にやってるんだ……」
「ネイトンさん、探知とか得意そうだとは思いましたけど……まさか龍脈に触れるだけで、魔物の種類まで分かっちゃうんですか!?」
「普通わかるものじゃないのか……?」
ネイトン家にあった龍脈柱でさえ、魔物の種類くらいは分かった。
まして、ここまで性能のいい龍脈柱を用意してもらっているのだから、魔物の種類くらいは普通にわかるものなのではないだろうか。
そう言ったところで、俺はネムが魔物分布調査を苦手だと言っていたことを思い出した。
ネムほどではないにせよ、ミアも実は調査が苦手なのかもしれない。
彼女の得意魔法はあくまで炎魔法……つまり攻撃系であって、調査とか分析みたいなちまちましたことは、戦うのが苦手な人間に任せておけばいいのだろうし。
「……ミア、ネイトンが常識を覚えるまで、『普通』という言葉を使うのを禁止しようと思うんだが……どう思う?」
「賛成です!」
「多数決が成立したな。ネイトン、『普通』という言葉は使用禁止だ」
禁止令を食らってしまった。
まあ確かに、世間知らずではあるかもしれないが……そこまですることもないと思うのに。
「ところでネイトン、調査内容は後でちゃんと確認するとして……この分量をどうやって書いたんだ?」
「転写魔法だ」
「……ネイトンには、魔力がないはずじゃなかったか?」
ああ、やはりそのことか。
龍脈の魔力はあまりに巨大なので、ちょっとくらい吸い上げても分かりにくいんだよな。
よく観察していれば、放出した魔力に気付けるかもしれないが……平時にいちいち魔力なんか見ていないだろうし。
「必要な魔力は、龍脈から吸い上げたんだ。体に悪いらしいが……」
俺の言葉を聞いて、ネムとミアが青ざめた。
そして二人は、何やら慌て始める。
「ネム、急いで魔法医の手配を……」
「こんな田舎じゃ、魔力回路の損傷なんて見れる人いませんよ! 王都にネイトンさんを運んでから治療を……!」
などと言いながらネムが、俺の足を払う。
そのまま後ろに倒れ込もうとする俺を抱え上げ、走り出そうとしはじめた。
身体強化魔法を使っているのか、やたらと力が強い。
「……あれ? ネイトンさん、普通に元気そうじゃないですか?」
ネムはそう言って、俺の様子を観察する。
そして、俺の足を下にすると、地面へと降ろした。
「ちゃんと自分の足で立ててますね……」
「さっきまでは立ててたぞ」
ネムに足払いをされるまではな。
魔法師団員の身体強化つき足払いに耐えられる一般人などいるわけもないので、あれで転んだのは仕方がないだろう。
そもそも、いきなり転ばされるなどとは思っていなかったし。
しかし今の対応で、なんとなく『龍脈から魔力を吸い上げる』というのがどういう行為として扱われているのかは想像がついた。
恐らく、龍脈の魔力を扱おうとして魔力回路を破壊された者が、今までに何人もいるのだろう。
ある程度の訓練をせずに龍脈から魔力を吸い上げれば、そんなことになるかもしれないからな。
「……魔力回路の損傷に伴う内出血もみられないな……」
「でも言われてみると、ちょっとだけ龍脈っぽい魔力が残ってますね……」
立ち上がった俺を、そう言ってミアとネムが観察する。
そして、なにやら相談をし始めた。
「ネイトンさん、本当に人間なんでしょうか……?」
「今までのデータを総合すると……答えはノーだな。ネイトンはおそらく、人の姿をした新種の生物か何かだ」
「それか、魔力制御をするために作られた改造人間……?」
「ありえるな。マギウス家は人体実験まで始めたのか……?」
……なんだか失礼な話だ。
少なくとも俺は、改造なんかされた覚えはないぞ。




