第12話 最強賢者、魔力を集める
◇
俺が地図に書き込みを始めてから10分ほど経った頃。
扉が小さく開けられ、ミアの声が聞こえた。
「随分時間がかかってるみたいだが、大丈夫か?」
どうやら、俺の記録が遅いのを心配したようだ。
まだ1割も書き終わってないのに。
そもそも、魔力のない人間が、こんなに広範囲の魔物分布を短時間で書き込める訳もないからな。
「すまない、魔力がないから時間がかかるんだ」
「記録に魔力は関係ないはずだ。……もしやり方がわからないなら、今回は教えるぞ。最低2人いれば調査結果は認められるし、あれだけの魔法操作能力があるなら本来は苦労しないはずだ」
魔法操作能力も何も、俺には操作する魔力自体がない。
とはいえ……記録魔法のために魔石を用意すれば、記録は短時間で済む。
魔法師団員の貴重な魔力を消費する必要もないだろう。
魔法師団の給料も入ることだし、これからは常に魔石を持ち歩くようにしたほうがいいかもしれないな。
魔石は高価ではあるが、誰の魔力も借りずに魔法を使えるというのは、大きなメリットだ。
もちろん、ちゃんとした魔法使いと比べればゴミ同然の出力の魔法しか使えないが、それでも記録くらいはできる。
しかし、今の俺が魔石も魔力も持っていないことに変わりはない。
代わりに持っているのは……気合と根性だ。
「やらせてくれ。市民の安全が賭かってるんだ」
「感心な心がけだな。……どのくらい待てばいい?」
「2時間……いや、万全を期すなら3時間ほしい。待たせるのは申し訳ないから、先に食事でも取っていてくれ」
元々、俺たちはこの街で一泊する予定だ。
不出来な俺だけが居残りをして、先輩方は先に自由時間を取る。
これが効率的というものだろう。
そう考えたのだが……。
「任務の途中で席を外すわけにはいかないな」
どうやら、提案は却下されてしまったようだ。
俺は多少字が汚くなるのを覚悟して、地図を書く速度を上げたが……焼け石に水といったところだ。
読めないレベルの字になってしまうと調査は意味がないし、これ以上速くするのは難しいな。
そう考えていると、ミアが言葉を続けた。
「だが、市民を守るために、時間をかけてでも万全の調査を行うという覚悟は称賛に値する。ネイトンが満足いく調査を終えるまで、私達はここで待っていよう」
「了解です!」
そんな言葉とともに、扉がまた閉められた。
どうやら彼女たちは、俺の調査を待ってくれるようだ。
しかし……外で先輩たちを立たせているとなると、とても申し訳なさを感じる。
ネムのほうは、腰が痛いのも我慢しているのだろうし。
「……仕方ないか」
俺は小声でそう呟き、羽ペンを台に戻した。
別に調査を諦めた訳ではない。
転写魔法を使うことにしたのだ。
確かに俺は魔力を持っていないし、魔石も手元にはない。
だが、ここには龍脈柱がある。
そして龍脈には、魔力が流れているのだ。
体に悪いからと言って父には止められていたが、今回は不可抗力というものだろう。
そう考えて俺は、龍脈柱に両手を当て、その魔力を体内へと誘導する。
すると……膨大な圧力を伴った魔力が、体内に流れ込んできた。
俺はすぐさま龍脈柱から手を離し、体内の魔力を制御しようとする。
だが龍脈の魔力は人間の魔力と違って、人間が制御できるようにはできていない。
体内で好き勝手暴れまわろうとする魔力を、無理やり押さえつけるような感じだ。
「くっ……」
新型の龍脈柱を、少し甘く見ていたようだ。
実家にあった魔力柱で試した時とは、流れ込む魔力の量も圧力も比べ物にならない。
俺は魔力と格闘しながら、龍脈柱の魔力が体に悪いという話を思い出していた。
確かに、これは制御を一歩間違えれば、魔力回路がズタズタになってしまう可能性が高そうだ。
などと考えつつも俺は、過剰すぎる魔力を少しずつ魔力回路から排出し、残る魔力への制御を強めていく。
そうして1分ほどが経った頃……俺の体内に残った魔力は、最初に取り込んだ量の千分の一未満になっていた。
この量でも、転写魔法を使うには十分すぎる。
俺はインク瓶に手を当て、中のインクを魔力となじませていく。
頭の中に調査結果を思い浮かべ、魔力と混ぜたインクを紙へと誘導すれば……調査結果の完成だ。
一切妥協のない、魔物分布の調査結果が、紙の上に映し出されている。
まあ、情報量の割には紙が少し小さめなので、かなり文字が小さくなってしまったが……読むには問題ないだろう。
そう考えながら、出口の扉を開けた。
「終わったぞ」
部屋に入ってからの時間は、15分といったところか。
最初から龍脈柱の魔力を使うことを決めていれば、もっと早く終わった可能性も高いな。
魔石をちゃんと用意しておけば、ミアやネムと似たような時間でもいけるかもしれない。
「思ったより早かったな。途中でコツを掴んだか?」
「ほら、やっぱり言ったじゃないですか! ネイトンさんならすぐだって!」
そう言って二人が、龍脈観測所に入ってくる。
そして……ミアとネムが、俺の調査結果を見て目を丸くした。
「ネイトン、その紙は……」
しまった。
調査が終わったら地図を畳んで見えないようにしろと言われていたのに、机の上に置きっぱなしにしてしまった。
もうミアとネムの記入は終わったので問題ないと思ったのだが、規則は規則だ。
何を言われるかはもう分かっている。
ヘルマン組の流儀については、ネムに教えてもらったからな。
「すまない、腕立て伏せを……」
「腕立て伏せ?」
俺の言葉をきいて、ミアはキョトンとした顔をした。
……腕立て伏せをしなくてもいいのだろうか?




