第11話 最強賢者、覚悟を決める
「終わりましたー!」
ネムが龍脈観測所に入ってから3分ほど後。
なんとミアよりも早く、ネムが観測所から出てきた。
これは……確定と言ってもよさそうだな。
まず間違いなく魔物分布調査は、転写魔法が前提だ。
魔法らしき魔力は感じなかったが……魔法師団員ともなると、転写のような小魔法は魔力を漏らさずに使えるのだろう。
まあ、考えてみれば当たり前だな。
魔法師団は王国に存在する魔法組織の中でも、最も優秀な人材が集まる場所だ。
転写魔法ごときを使えない人間がいる訳もないし、僅かな魔力を節約するために手書きで記録をする理由もない。
「あの、俺は魔法がないんだが……」
「大丈夫です! 魔力がなくても、龍脈の観測はできます!」
俺の言葉に、ネムが屈託なく答える。
まあ、確かにできるかできないかで言えば、できるのだが……所要時間の問題はある。
せめて少しでも魔力をもらえれば、俺も転写魔法を使えるのだが。
「記録はどうすれば?」
「中に羽ペンがあるので、大丈夫ですよ!」
魔力を少しもらえないか聞こうと思ったのだが、その余地はなさそうだ。
まあ、大事な魔力を俺なんかにくれる訳はないので、考えても仕方のないことか。
「……時間がかかるかもしれないぞ」
「初めてなのだから、時間はかかって当然だ」
俺の言葉に、ミアがそう答える。
まあ、たしかに初めてではあるのだが……時間がかかる理由は、そこじゃないんだよな。
「急がなくていいのか?」
「この調査には、市民の安全がかかっている。時間はかかってもいいから、正確に書き上げろ」
そう言ってミアは俺を龍脈観測所に押し込み、扉を閉めた。
やはり俺は、ミア達が5分とかからず終わらせる記録を、何十分もかけて書き上げる必要があるようだ。
俺は仕方なく羽ペンを手に取り、龍脈柱に手を当てる。
すると……龍脈を介して、魔物たちの様子が伝わってきた。
どんな魔物がいて、何をしているのかまで、手に取るように分かる。
渡された地図は半径30キロほどのものだが……地図に描かれていない場所まで、探知が届いている感じがする。
「……これ、すごいな」
確かに俺の家には、龍脈柱があった。
だがそれは大昔に使われていた、今となってはかなり旧式の龍脈柱だ。
伝わってくる魔力の範囲は10キロがせいぜいだったし、ノイズも多くて魔物の動きは分かりにくかった。
魔物の種類さえ、ノイズに紛れてわからないことも多かったのだ。
魔法師団が使う実用龍脈柱はすごいと聞いていたが……ここまで違うものだとは思わなかった。
しかし、龍脈柱の性能がこれだけ高いとなると、記録する側は大変だ。
大雑把に『この森に100匹くらい』『こっちの森は200匹』とか書くのであれば短時間で済むだろうが、そんな子供の落書きみたいな分布図でいいなら、こんな性能の龍脈柱は必要とならないだろう。
とはいえ、ミアたちと違って手書きで調査結果を書かないといけない以上、情報量を増やせばその分だけ時間がかかってしまう。
先程までは情報を全て書き終わるまでに30分くらいだと思っていたが……この龍脈柱から受け取れる情報を全て書こうと思えば、5時間はかるだろう。
やはり簡略化して、大雑把な情報だけ書くべきだろうか。
詳しい情報はミアとネムが書いているだろうから、二人に任せるというのも立派な判断かもしれない。
転写魔法を使えない身なのだから、多少は雑になるのも仕方がない。
魔物の大雑把な強さと数だけ書いておけばいいだろうか。
そう考えかけたところで……俺は先程のミアの言葉を思い出した。
この調査には、市民の安全がかかっている。
俺たちにとってはただの面倒な仕事であっても、一般人が魔物による不意打ちを受ければ、命に関わる可能性だって高いのだ。
たとえ魔物の強さは同じであっても、攻撃性や移動速度、人間の存在に気付く距離などは、魔物の種類によって大きく異なる。
さほど強くない魔物でも、そういった面の特徴が理由で多数の死者を出し、恐れられているような魔物だっている。
そのあたりを考えると、やはり魔物の種類と数は正確に書くしかないだろう。
とはいえ、安全という意味では、あまりに弱い魔物は書く必要がない気がする。
最低でも人間を殺せる程度の魔物に絞れば3時間……いや2時間くらいで何とかなるかもしれない。
狩りなどのために必要なら弱い魔物まで書く必要はあるが、あくまで安全のための調査であれば、そこは割愛してもいいはずだ。
「……やるか」
俺は先輩たちを2時間待たせる覚悟を決め、地図に文字を書き始めた。
これは市民の安全のために必要なことだ。
腕立て伏せくらいは、甘んじて受けようじゃないか。




