第5話 ゴブリンとの交渉
今日も掲示板を確認する。
その時、掲示板に新しい紙が貼られた。
【ゴブリンとの交渉】
「……交渉?」
全員が嫌な予感しかしなかった。
森の入口は、思っていたより静かだった。
風が木の葉を撫でる音と、遠くで鳥が一度だけ鳴く声。湿った土の匂いと、朝露に濡れた草の感触。いかにも「何かが出そう」な雰囲気のわりに、危険な気配はまるでない。
アロルドは剣の柄に手を置いたまま、歩いていた。
緊張している、というより――嫌な予感がしていた。
掲示板の依頼はこうだ。
【ゴブリンとの交渉】
説明はそれだけだった。
「……短すぎません?」
ルシアンが言った。
「短い依頼は、だいたい面倒」
セレナが言った。
「なんで短くしたんですか……」
「書いた人が説明したくなかったんだろ」
「それ、依頼としてどうなんですか」
森の奥から、かすかな物音がした。
カサ、と。
ノアがぴくっと反応する。
「来た?」
「静かに」
セレナが短く言う。
茂みが揺れ――
出てきたのは、ゴブリンだった。
小柄で、緑色で、耳が尖っていて、いかにも教科書どおりのゴブリン。
ただし。
手には……白い布袋を持っていた。
それを胸に抱えている。
「……なにあれ」
「袋?」
「お弁当?」
「違うと思う」
ゴブリンは一匹だけではなかった。後ろから、二匹、三匹と現れる。
全員、布袋を持っている。
しかも、距離を保って止まり、こちらを見ている。
襲ってこない。
逃げもしない。
沈黙が落ちた。
「……あの」
イリスが、そっと声を出した。
「こんにちは〜?」
ゴブリンたちは、びくっとした。
だが逃げなかった。
そして、一匹が一歩前に出た。
「……人、来る、聞いた」
片言だったが、言葉だった。
「話してる……」
ノアが目を丸くする。
「話せるんだ……」
「……知ってた」
セレナが言う。
「知ってたなら言ってください!」
アロルドは小声で叫んだ。
「ゴブリンは知能がある。だけど集団による」
「大事なことは先に言ってください!」
「聞かれなかった」
「聞きませんよそんなの!」
ゴブリンが言った。
「人、畑、怒る。困る」
「……畑に入った?」
「入った。腹、減った」
胃が痛い。
世界は剣と魔法のファンタジーなのに、問題は現実的すぎた。
「つまり、食べるものがない?」
「ない」
「盗むしかない?」
「しかない」
ルシアンが口を挟む。
「狩りは?」
「人、森、うるさい」
「人間側の問題だなそれ」
「……そうだね」
アロルドはため息をついた。
「じゃあ……何がほしいんですか」
「芋」
「芋?」
「芋、いっぱい」
「……芋でいいの?」
「いい」
全員が顔を見合わせた。
「それ、買えばよくない?」
ノアが言った。
「お金持ってないんじゃない?」
「物々交換とか?」
「……芋なら、持ってますよ〜」
イリスが、なぜか鞄から干し芋を出した。
「なぜ」
「非常食です〜」
「……この人が一番謎だ」
ゴブリンたちは目を輝かせた。
「芋……!」
「うわ、すごい反応」
セレナが言う。
「エネルギー効率がいい」
「芋に対する分析いらないです」
最終的に。
アロルドたちは町に戻り、畑の持ち主と話をし、芋を正規に買い、ゴブリンに渡す、という流れになった。
途中で値切ろうとしたルシアンは、アロルドに止められた。
「ここで値切ると後で揉めます」
「えー」
「えーじゃない!」
芋を渡すと、ゴブリンたちは深く頭を下げた。
「ありがとう。もう、入らない」
「……お願いします」
去っていく背中を見送りながら、アロルドは思った。
この世界、敵より交渉相手の方が多いのでは?
町に戻ると、受付嬢が言う。
「交渉、どうでした?」
「終わりました」
「合意は?」
「しました」
「文書は?」
「あ……ないです」
「じゃあ減額ですね」
「なんで!」
「記録が残らないので」
「残るような交渉じゃないんですよ!」
受付嬢はにこやかだった。
「でも被害は止まりましたよね?」
「止まりました」
「なら成功です」
「成功なのに減額なんですか!?」
「はい」
アロルドは天を仰いだ。
やっぱりこの世界、どこかおかしい。
そのとき、イリスが言った。
「でも……争わずに済んで、よかったですね〜」
全員が一瞬黙った。
「……まあ」
「そうだね」
「それは、そう」
「うん」
アロルドはため息をついて、笑った。
「……そうですね」
報酬は減った。
胃は痛い。
でも、今日の仕事は嫌いじゃなかった。




