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第四章 つながりタキ

Ⅳ  ~繋がりタキ~


 俺は、自分の部屋の真ん中で棒立ちになっていた。手はだらりと垂れ、瞳だけが虚空を見つめている。

 硬直した体を持て余し、ようやく自分が何をしていたのかを思い出した瞬間、頬に冷たい汗がつうっと伝った。


 そう。俺は夢中で妄想していたのだ。

 それは、自分が生み出した架空のキャラクター、公爵令嬢フランソワが若き日のナポレオンと出会う物語。

 それをあたかも現実の記録であるかのように鮮烈に心に描き出し、気づけば呆然自失の状態に(おちい)っていた。


「……俺、ここまで来てしまったのか」


 小さく呟いた声は、散らかった本と紙に囲まれた部屋の中で虚しく響いた。

 (ほこり)を被った辞書や積み重なった受験参考書が、答えのない問いを突きつけるように俺を見下ろしている。

 妄想に溺れ、現実から完全に遊離しつつある自分。

 その事実に気づいたとき、胸の奥から不安がせり上がった。

 もはや自分はリアルな日常を生きておらず、空想の中に逃げ込み、閉じこもるばかりの存在なのではないかと。


 5歳の頃の記憶が唐突によみがえる。

 祖母の姉、人々から“魔女”と呼ばれていたミツコ。紫のコートを羽織り、フードを目深に被った姿。

 彼女は当時のマナブに、不吉な言葉を告げたのだ。


「二十歳になったとき、試練が訪れる」と。


 長らくその予言など忘れかけていたが、浪人生活に突入し、社会との接点を失った今こそがその“試練”なのではないかと考えるようになっていた。


「なんとかしないと……」


 焦燥感(しょうそうかん)に駆られる。しかし体は動かない。

 心はざわめくのに、現実には一歩も踏み出せない。ベッドに寝転び、スマホを(いじく)り、ただ時間を潰す。

 外に出ることすら考えたくない。

 そんな自分を慰めてくれるのは、妄想の中のフランソワだけだった。


『ケセラセラ――なるようになるさ』


 金色の髪を揺らし、ドレスの裾を(ひるが)して優雅に笑う彼女の声が脳裏で優しく響く。

 自分の想像の産物であるはずなのに、まるで本当に存在しているかのように、自分を励まし続けてくれるのだ。


 その瞬間、また幼少期の記憶がよみがえった。

 5歳のあの日、祖母の財布を盗もうとした際のことだ。

 それは祖母の姉ミツコに命じられたからだ。

 幼い俺はその命令に従い、結果として祖母に見つかった。


 正直にすべてを話すと、祖母は険しい顔でミツコの元へ向かい、二人は何事かを話し合っていた。

 内容は覚えていない。ただ、断片的に残っているのは、


 「祖母の実家・代々庄屋を営んできた由緒ある家に守られている“何か”がおかしなことになっている」


 という言葉の響きだけ。


 その時の記憶と、今の自分の境遇が奇妙に重なっているのではないか。

 直感が訴えていた。だから必死に思い出そうとした。

 だが集中すればするほど、視界は白く輝き、頭がくらりと揺れる。

 脳貧血のような感覚に襲われ、俺はそのまま意識を失った。

 ……

 目を覚ましたとき、そこは見知らぬ空間だった。

 あまりにも華やかで、あまりにも非現実的。

 高い天井には金色のモールディングが(ほどこ)され、壁には花と鳥の刺繍(ししゅう)が織り込まれたタペストリーがかかっている。

 窓辺には深紅のカーテンが垂れ、床一面に敷かれた絨毯には、葡萄と百合を描いた複雑な文様が広がっていた。


 まるでヨーロッパの貴族の衣装部屋。

 壁際にはマネキンに着せられたドレスがずらりと並び、光沢のある絹とレースが視界を埋め尽くす。

 袖口には金糸の刺繍(ししゅう)、裾には繊細なフリル。宝石をちりばめた髪飾りや、羽根をあしらった帽子も整然と飾られていた。


 あたりの空気には香水と薔薇の甘い香りが満ち、非現実の圧力が胸にのしかかる。


「……どこだ、ここ……?」


 傍らにはエプロン姿の夫人が立っていた。豊かな髪を布でまとめ、優雅に微笑みながら何かを囁いた。鏡を見なさい、と促すように。

 気づけば自分の前には、縁に金細工を施した大きな姿見が置かれていた。

 恐る恐る覗き込んだ俺は、息を呑んだ。


 そこに映っていたのは……小さな少女。


 絢爛(けんらん)な子供用のドレスに身を包み、頬を淡く紅潮させた愛らしい姿。

 胸元には真珠の飾り、袖口には白いレースが波打ち、背中には大きなリボン。

 髪は金糸のように輝き、緑の瞳が宝石のように(きら)めいている。


「な、なに……これ……?!」


 衝撃と困惑が一気に押し寄せる。

 自分が少女になっている。しかも、ただの少女ではない。まさに自分が物語で創り出した公爵令嬢そのものの姿で。

 周囲の婦人たちは口々に歓声を上げた。


「まあ、なんて可愛らしいのでしょう」

「舞踏会が楽しみですわ」


 称賛の言葉を浴びせられるほどに、俺の動揺は強まった。

 気持ち悪さと不安で胸がいっぱいになる。すぐにでもこのドレスを脱ぎ捨てたい。

 しかし体は5歳少女の姿で、逃げるしかなかった。


「フランソワ様!」


 背後から呼ぶ声が響く。

 その名に、俺の心臓は止まりそうになった。

 フランソワ……自分が作り出した仮想キャラクターの名前。

 そのフランソワに、自分が“なってしまっている”のだと理解する。


「これ、夢……なのか?」


 だが、あまりにもリアルすぎる。

 衣装部屋の空気、床に敷かれた絨毯の感触、婦人たちの息遣い。すべてが現実そのもののように迫ってくる。


 混乱したまま部屋を飛び出し、長い廊下を駆け抜けた。

 廊下には執事姿の男たちが立っていた。黒の燕尾服に白手袋、胸には金鎖の懐中時計。彼らは深々と頭を下げ、優しく声をかける。


「お嬢様、どちらへ?」


 その声音すらも柔らかく、俺の心を混乱させる。

 背後では婦人たちが追ってきていた。

 必死に逃げようと走り続けるうち、俺の胸に奇妙な感情が芽生えた。


『これは、フランソワが日常的に繰り返していた “いつものこと” なのではないか?』


 着飾るのを嫌がり、華美なドレスを拒み、こうして屋敷を飛び出す。

 フランソワという少女は、活発で少年のような心を宿す存在なのだと、理解できる。


 ついに中庭へと飛び出した。

 朝の光が降り注ぎ、大理石の噴水が水音を奏でる。

 整然と刈り込まれた生垣の迷路、薔薇の花壇、遠くに並ぶ彫像。公爵家の庭園が広がっている。

 灌木(かんぼく)の中を駆け抜けるフランソワ……いや、俺。

 ここまで来れば誰も追いつけない。

 執事も婦人たちも諦め、後は公爵である父に叱ってもらおうと話しているようだった。


「……はぁ、はぁ……」


 走り疲れて立ち止まると、ようやくお腹が空いていることに気づいた。

 朝食をまだ口にしていなかったのだ。戻る気にはなれないが、このままではどうしようもない。

 庭を歩きながら、どうするべきか考える。


 その時だった。灌木の合間から、不意に見知らぬ男の姿が目に飛び込んできた。

 浅黒い肌を持ち、髪は黒く短い。ヨーロッパの人間には見えない。

 彼は静かに、しかし優雅に体を動かしていた。

 一見すると舞踏のよう。だがよく観察すると違う。

 両腕をしなやかに構え、腰を沈めた姿勢から繰り出される突き、鋭い息遣いに合わせて放たれる蹴り。回転しながらの払い、足を絡める投げの動き。流麗でありながら、獣のように鋭い。


 明らかに “戦いの型” であった。


 俺……いやフランソワは、息を呑んだ。 

 これは闘う踊りだ。美しくも激しい、命を懸けた技の連なりなのだと、幼い少女の直感でも理解できた。

 男は突然動きを止めた。そして、初めから気づいていたかのように、灌木の陰に(ひそ)むフランソワを真っ直ぐに見た。


「……!」


 逃げようとした瞬間、男は柔らかく笑みを浮かべ、低く澄んだ声で言った。


「出てきなさい」


 その声は、不思議と心を落ち着ける響きを持っていた。


「……ソンエイ?」


 気がついたら、その名前を口にしていた。

 なんで俺は、その男の名前を知っているんだ?

 フランソワ……いや、5歳の俺はそう問いかけていた。

 次の瞬間、視界がぐらりと揺れた。

 ……

 立っていた。見慣れた、自分の部屋の中で。

 気づけば俺は19歳のワタルに戻っていた。

 代わり映えのしない退屈で息苦しい現実の部屋に。


 コンコン、とドアが軽くノックされる。


「ご飯、置いておくから」


 母さんの声。少し探るような、気配を伺うような響きだった。

 カーテン越しに傾いた陽が差し込んでいる。夕方だ。

 開けてみようか。そう思ったけれど、結局やめた。どうせ外を見ても、灰色のような退屈な景色しかない。


 そのとき、思い出した。

 フランソワ……つまり5歳の俺が、使用人や執事に追われていたあの場面を。

 あれは夢なんかじゃなかった。確かに俺は、あのときフランソワだった。

 追われながら走っていた。必死に、でも笑って。


「あははははっ!」


 声が(あふ)れていた。

 捕まえようと伸ばされる手をひらりとかわして、立ち止まっては後ろ向きに走り、ここぞというときは全力で駆け抜けた。

 楽しかった! 心の底から。


 現実に戻った俺は、不思議な気持ちで思い出す。

 あのとき確かに、自分の喉から笑い声が出ていた。

 考えてみれば、現実の俺はいつそんなふうに笑ったことがあっただろう?

 思い返そうとしても、曖昧だ。あった気もするけれど、記憶に残るほどの「純粋な楽しさ」なんて一度もなかったのかもしれない。 

 だからこそ思ってしまう。

 フランソワとして生きている自分こそが、本当の自分なんじゃないか、と。


 すぐに(むな)しさが押し寄せる。

 結局、ただの妄想だ。どんなにリアルでも、夢のようなものでしかない。

 目が覚めれば、待っているのはこの息苦しい現実。


『引きこもりのままじゃ駄目だ……何とかしないと……』


 そう思うのだが、体は動かず、心も重く沈んだまま。

 俺は重い腰を上げてドアを少し開けてみた。


 ガツン。何かに当たった。

 見ると、廊下にトレーが置いてある。唐揚げ定食らしき夕食。ドアがそれにぶつかっていたのだ。


「……はぁ」


 ため息しか出ない。急に食欲も失せていった。これが現実なんだ。

 母さんが心配してくれているのはわかる。

 でも父さんは違う。ただ、世間体が悪いと気にしているだけだろう。

 結局、二人とも俗物だ。平凡な庶民。

 そして俺もまた、その二人から生まれた平凡な俗物。

 学生でもなく、社会人でもなく、働きもせず。部屋に閉じこもり、妄想ばかりしている無用の人間――。


『フランソワが羨ましい』


 フランソワのように、フランス革命の激動の中で命を燃やして生きてみたい。

 彼女にはその力があった。

 庭師のソンエイに弟子入りし、武術を学んだフランソワ。

 弟子入りの条件として「淑女としてのすべてのスキルを学べ」と課された。

 結果、礼儀作法から芸術まで完璧に身につけた。刺繍も、音楽も、絵画も、美術も。

 それでいて、武術・馬術・銃器にも精通している。知識も実戦経験も豊富。

 まさに、俺にとってのスーパーヒーローだ。


 一方、ソンエイはどうだろう。

 彼は代々、明王朝に仕えた近衛隊・隊長の末裔だった。武術を受け継ぎ、いつか明を復興させる夢を抱いていた。

 1774年、白蓮教徒の乱――オウリンの反乱に呼応して立ち上がったソンエイは、農民軍を率いて各地で蜂起した。

 だが主だったがオウリンが戦死し、すべては(つい)えた。

 清に指名手配され、彼は逃亡。流れ着いたのはフランス。

 リシュリュー公爵邸で庭師として身を隠しながら20年を過ごし、やがてフランソワと出会った。


『って……これ、本当に俺の妄想なのか?』


 自分がフランソワを創造したのは確かだ。

 でも、歴史背景や人物像をここまで細かく描いた覚えはない。

 ソンエイなんて、あまりにもリアルすぎる。本当に存在していた人物のようだ。


「調べてみようかな……」


 俺は歴史が得意だった。世界史の偏差値は70を超え、教師に「世界史だけなら東大に行ける」と言われたこともある。

 数学と英語が致命的にできなくて、結局浪人生のまま今に至るけれど……。

 歴史が得意なのは血のせいだと、ずっと思っていた。


 祖母の実家は田舎の名家で、代々庄屋を務めた家系だった。そこには何かが伝わっていた。

 俺が5歳のとき、祖母の姉、ミツコが訪ねてきた。


「伝えなければならないことがある」と。


 けれど両親はまともに取り合わなかった。祖母ケイコもだ。ミツコは「魔女」と呼ばれるほど変人扱いされていたからだ。

 財布を巡る一件のせいで、祖母だけが彼女と会話した。そこで深い対話を交わしたらしい。


 祖母は同居していたけれど、両親、特に母とは最悪の仲だった。嫁姑というより、互いに無視し合うような関係。

 祖母は礼儀に厳しく、いつも和服をきちんと着こなし、部屋も塵ひとつなかった。

 ズボラといえる母とは正反対だったから、余計に反発しあったのだろう。


 俺は幼い頃、よく祖母と話をした。

 祖母には「伝えなければならないこと」があったようだ。だがそれを息子・父には言えなかった。

 だから孫の俺に、断片的に話してくれたのかもしれない。

 けれど祖母は、俺が小学校を卒業する頃に亡くなってしまった。

 結局、何を伝えたかったのか詳しくはわからないまま。今となっては記憶も曖昧だ。


『だが……祖母が伝えようとしたことって、フランソワやソンエイに繋がっているんじゃないか……』


 そう思った瞬間、心臓が乱打を始めた。

 頬が熱くなり、呼吸が早くなる。興奮で体が宙に浮くような感覚に包まれる。


 俺が長い間、物語の中で生きるようにして描いてきたフランソワやソンエイ。

 空想の産物にすぎないはずなのに、もしかしたら現実とどこかで交わっているのではないか。

 だからあれほど生々しく、まるで肌で触れたようにリアルに感じられるのだろう。

 そう思ったら、胸の奥から湧き上がる衝動を抑えきれなかった。


 あの屋敷へ行かなきゃ!

 俺の頭に浮かぶのは、祖母の実家だ。

 北陸の古都。石川県羽咋(はくい)市。その外れにある地域。地元では名家と呼ばれていた一族の屋敷。


 小学校4年の時の夏休み、一度だけ祖母に連れられて訪れたことがある。あの時の体験は、今でも忘れられない。

 屋敷に近づいたとき、まず圧倒されたのは門構えだった。

 漆喰(しっくい)の塀に覆われた広い敷地、その中央に重厚な木の門。苔むした石畳が敷かれ踏みしめるたびに湿り気を帯びた音がした。

 空気はしんと冷えていて、夏だったのに肌が粟立(あわだ)つほどひんやりしていた。


 母屋へ入ると、複雑に入り組んだ渡り廊下が延々と続いていた。

 柱は黒光りし、天井は高く、古い木材特有の匂いが鼻をつく。

 廊下を歩くたびに、足音がきしみとなって反響し、屋敷全体が生きているように感じられた。


 そこで改めて、祖母の姉ミツコと出会った。祖母の部屋で。

 和室を洋風に(こしら)え、彼女はゴシック式の重厚な椅子に腰かけていた。

 両目を覆うフードを被り。鼻梁(びりょう)がそびえたつほどに見え、頬はコケ、顎が尖っていて、まるで絵本に出てくる魔女のように見えた。


 その夜、俺は一人で和室に寝かされた。

 畳の匂いに包まれて安心したのも束の間、夜中に目が覚め、厠へ向かった。

 そこで聞いたんだ。ひた、ひた……という足音。

 廊下を誰かが歩いてきて、俺の入っていた厠の前で止まった。


 恐る恐る戸を開けたが、そこには誰もいなかった。

 背筋に氷の刃を突き立てられたみたいで、俺は廊下を走って部屋に戻り、布団にくるまって震え続けた。

 翌朝、祖母にそのことを話すと、彼女は笑わなかった。むしろ顔を強張らせた。

 あの時の表情が、逆に俺を恐怖させた。


 あの屋敷には何かがある。そう悟った。

 けれど、それ以上に忘れられないのは、昼間に「見せられた部屋」のことだ。


 渡り廊下の奥、さらに奥。日も差し込まない別棟。

 厚い格子戸で閉ざされた和室。格子戸には大きな錠が付いている。

 その部屋に案内された時、俺は目を疑った。

 畳敷きの部屋の奥、壁の間から水が落ちていた。いや、壁から、天井から、だ。


 さらさら、ざああ……。


 細い水の筋が天井近くから流れ落ち、透明な布のように揺れていた。

 部屋の奥に滝があるのだ。


 畳に水しぶきがかかり、じっとりと黒ずんでいる。

 その空間全体に湿った冷気が漂い、普通の和室とはまるで違う、洞窟のような気配が漂っていた。


 部屋の中央には低い祭壇が設けられていた。

 漆塗(うるしぬ)りの台の上に古びた器が置かれ、滝に向かって供えられている。

 滝の前には太い注連縄(しめなわ)が張られていて、それが「ここから先は神域だ」と語っていた。


 『滝を(まつ)っている部屋……? 』


 そんな言葉が頭に浮かんだ。

 畳はところどころ黒ずみ、湿気で波打っていた。柱には苔が生えており、空気は冷え冷えとして、息を吸うと胸の奥まで冷水が流れ込むようだった。

 祖母は俺の耳元で言った。


 「私が若いころは、この滝の幅は倍もあって、もっと勢いがあった。天井の上からごうごうと音を立てて落ちてきたのよ。けれど、年々細くなって、今はこの通り……」


 それでも、彼女の声は滝の水音にかき消されそうだった。


 あれは何だったのか? なぜ屋敷の中に滝があるのか? 

 自然の川が引き込まれているのか、地下水脈が湧き出ているのか……それとも、もっと異質な何かなのか。

 あの部屋に入った時、俺は確かに「ただの屋敷じゃない」と感じた。

 時代や現実を飛び越え、別の世界へ通じる入り口に足を踏み入れてしまったような、そんな感覚。


 その滝と、フランソワやソンエイは繋がっているのだろうか?

 そう思うと、胸の奥に眠っていた衝動がふたたび息を吹き返す。

 屋敷はいま、どうなっているのだろう。あの滝は?

 祖母の姉・ミツコが亡くなった後、誰も住んでいないと聞いたが、確かめたことはない。


 行かなければならない。

 俺は部屋のドアの前に立った。

 半端に開いた隙間から、夜の闇を被った廊下が覗いている。時計の針はもう遅い時刻を指していた。


「……明日にしよう」


 そう呟いて、自分を納得させた。

 今日は遅すぎる。明日の朝になったら出かけよう。そう決めることで、不安は少し和らいだ。

 けれど、心の奥で知っている。

 俺はきっと、明日もこの部屋で妄想を繰り返すだけだ。

 希望と恐怖、決意と諦め。相反する感情を抱えたまま、俺は静かにベッドに潜り込んだ。


 

     第五話 華燭の出会い に続く

 


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