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第29章 邂逅フランソワ

 フランソワは、湿った岩壁に手を這わせながら、暗い洞窟の中を進んでいた。


 頼れるのは、かすかに先から差し込む淡い光だけ。

 胸の奥には、不安と恐怖が渦を巻いている。だが、立ち止まればその闇に飲み込まれてしまいそうで、彼女は必死に足を運び続けた。

 やがて、視界に広がる光が一層強くなる。


『出口……?』


 祈るような気持ちで歩みを進め、洞窟を抜け出した瞬間、フランソワは立ち尽くした。

 そこにあったのは、外の世界ではなかった。


 広がっていたのは天井。しかも板張りのように見える。

 そして足元を見れば畳……?

 藺草(いぐさ)の香りが鼻をくすぐり、柔らかな感触が裸足の裏を撫でている。

 異国の建物で見かけたことのある東洋風の床だった。


「どうして……こんな場所に……?」


 彼女は戸惑いに眉を寄せた。洞窟から出てきたはずなのに、なぜか畳敷きの部屋の中にいる。


『ここはどこ?』


 さらに奥には格子戸があった。木で組まれたその扉は牢屋を思わせ、胸の奥に冷たいものを走らせる。


『牢獄? そうか……投獄されたのか……』


 それなら合点がいく。

 それでも、洞窟の中にいたことと、この牢屋の様相が異様なのは理解できないが……。


 と、その格子戸の前に影が立っていることに気づく。

 人影!

 逆光に覆われ、誰なのか分からない。だが確かに一人の若い男性の姿がそこにあった。


「……っ」


 思わず息を呑む。

 もっとよく見ようと一歩踏み出すと、畳の感触がより鮮やかに意識へ押し寄せてきた。

 その瞬間、フランソワの頬に血が上る!

 自分の身体――何も身につけていない。


「いやっ……!」


 一糸まとわぬ姿の自分がいる。

 声にならない悲鳴が胸を震わせる。


 たしか、ピラミッドの玄室で気を失った時は下着姿だったはず。それが今は、全裸のままこの部屋に立っている。

 羞恥が全身を焼くように駆け抜けた。

 腕で胸元を押さえ、脚をすり合わせて必死に隠そうとする。

 だが、裸である事実は変わらない。視線が突き刺さってくる。

 格子戸の向こうの男が、彼女を凝視していた。驚きと混乱に目を見開き、まるで時間が止まったかのように立ち尽くしている。


『入ってくるのだろうか……!』


 フランソワの心臓は跳ね上がり、体を洞窟の闇へ戻そうと反射的に動いた。

 だけれど、それならば ”戦う” だけだと開き直り、相手を調べようと注意深く見てみると…… 


「……え?」


 彼女は凍りついた。

 格子戸の向こうに立つ男。

 その顔。

 その輪郭。

 その瞳。

 それは、自分自身!


「わ、わたし……? いや、俺?」


 信じられない。そこに立っているのは、まぎれもなく俺自身だった。


『待ってくれ! 自分はフランソワではないのか……?』


 手を見てみる。確かに若い女性の、フランソワのものだ。


『だけど……俺?』 


 そう、ワタルである、と理解している。

 その俺が……もう一人の俺が、格子戸の向こうからこちらを見つめている。

 頭が混乱で弾けそうになる。


 夢……?

 幻……?

 鏡……?


 いや、違う! あれは確かに、血の通った「俺自身」だ。

 だが、ここには、フランソワの身体をした、俺が立っている。

 そして、格子戸の向こうの俺を見つめている。


 畳の上で膝が震え、力が抜けそうになる。

 全裸であるという羞恥よりも、それはフランソワの感情だが、今は恐怖が勝り、胸の奥が締めつけられる。


「俺が……二人……?」


 言葉が 途切れる。

 その刹那――

 格子戸の向こうの「もう一人の俺」が、突然崩れ落ちた。

 まるで糸の切れた人形のように、膝から力が抜け、床に倒れ込んだのだ。


「きゃっ!」


 短い悲鳴がフランソワの唇から、俺の喉から漏れる。

 胸が張り裂けそうなほど心臓が高鳴り、頭の中が真っ白になる。


 倒れたのは、俺自身。

 確かにワタルの身体をしている者が倒れた。そして、意識を失ったかのように動かない。


 呼吸が乱れ、全身から冷や汗が噴き出す。

 裸で立ち尽くすフランソワの肉体を持った自分と、倒れ伏すもう一人の自分。

 なぜ自分が二人いるのか。


「どうなっている……!」


 もはやこの肉体にはフランソワの意識はない。俺の意識しかない。だが、俺の体はフランソワだ。

 というか……そもそもフランソワは俺が想像した、仮想キャラだ。

 その仮想キャラがリアルにここに立っている。俺の意識を抱えたまま。


 頭を振っても答えは出ない。現実か幻かも分からない。

 ただ一つ確かなのは――俺はフランソワとして、裸のままここに立っている、という事実だ。

 心臓の鼓動が、俺自身の耳を打ち破りそうなほど大きく響いていた。


『さて、どうする?』


 裸のまま立っていてもどうにもならない、と開き直る。ここから出なければ、となるだろう。

 ケセラセラ、なるようになるさ、と腹をくくるしかなさそうだ。

 そう思える俺が……なんだか頼もしく思える。

 だって、フランソワは俺が想像した最強のキャラだ。そのキャラとなって俺はこの現実世界をワタルのだから。


 『フランソワとワタル新世界  第一部 ~ケセラセラの旗のもとへ~』    完



 



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