第27章 秘密の儀式
「火を消せ」
トーチの灯に照らされた玄室の中で……ナポレオンの命令に従い、フランソワは灯を吹き消した。
真の闇が訪れるはずだった……だが。
玄室はかすかな光に包まれていた。
どこからともなく、淡い輝きが空間全体を満たしている。壁が、床が、天井が、星明かりのように淡く光っていた。
『なにこれ……?』
やがて、天井から紫色の光が降り注ぎ始めた。
低いうねりのような振動音が響き、石室そのものが生き物のように脈打っている。
恐怖と期待がフランソワの胸をざわめかす。
と、その時、ナポレオンが言った。
「軍服を脱げ」
唐突な命令に、フランソワの心臓は跳ね上がった。
「な、なぜ……」
抗うこともできず、彼女は軍服を脱ぎ捨て、下着姿となった。
肌を撫でる冷気が一層鋭く感じられる。動悸は早まり、全身が震える。
ナポレオンもまた軍服を脱ぎ、同じ姿となった。
『まさか……私は、女に……?』
フランソワは21歳になっていたが、まだ男を知らぬ身であった。
ほのかな恋心を部下のアンドレに抱いてはいたが、彼を失い、それを育むことは叶わなかった。
恐怖が胸を締めつける。
アンドレを失った今、なるようになる運命に委ねるだけだと自分に言い聞かせた。
だが、ナポレオンが取り出したのは、ひと振りのナイフだった。
「血がいるのだ」
鋭い刃を掲げ、彼は言った。
「それも高貴な、乙女の血が」
フランソワは息を呑んだ。
父はリシュリュー公爵。彼女の血はまさに超高貴なものだった。しかも、まだ男を知らない。
直感した。これは血の儀式!
深夜零時、ピラミッドの玄室
そこで行われる……
永遠の命を得る儀式!
歴史書で読んだ秘儀。
時間と場所は合っている。あと必要なのは……生贄!
そう。生贄として捧げられるのは自分なのだ。
「やめて……!」
恐怖で体が自然と後ずさりする。
刃を向けられても簡単に反撃できる。その気になれば奪って相手を刺すこともできる。そう鍛えられている。
だが、ナポレオン相手にはできない。歴史の重みが体を縛る。
刹那! 刃を突き付けられた。
ふくよかな左胸に切っ先が刺さった。
激痛が胸から全身に走る。呼吸が止まる。なにより驚きが、このまま死んでしまうのかという悲しみが心を満たす。
2・3歩後ろに揺らめいた。
瞬間、足が石棺に引っかかり、バランスを崩した。
胸に刃を突き立てられたまま、背中から棺に倒れ込み、後頭部を強かに打ちつけてしまった。
……。
意識は闇に沈んだ。
……。
どれほど時が経ったのか。
フランソワは目覚めた。
後頭部と胸の痛みを感じながらも、辺りの気配を探ってみる。
闇……。
光はない。
死んだのか……。
それにしては、体の痛みと重さを感じる。
しかも、息ができる。
生きている、ようだ。
そうだ! 胸は? 痛いのだが……何も刺さっていない。
『奇妙だ……』
棺に横たわっているはずなのに、下はごつごつした地面。しかも、窮屈な感じがない。
玄室ではないのか?
どこかに運ばれたのかもしれない。
刺されたときはパニックに陥ったので気が付かなかったが、傷は深くないようだ。
痛みを堪えれば体を起こすことができる。
辺りは湿り気を帯び、冷たい水滴が肩に落ちてきた。
『ここは……どこ? 私は……間違いなく生きているようだ』
立ち上がってみる。
身体の感覚は鮮明だった。冷気、痛み、心臓の鼓動。生の証そのもの。
フランソワは手探りで進みだした。
裸足の裏に荒い砂の感触が擽る。まるで洞窟の中にいるようだ。
少し進むと、前方に微かな光が差し込んでいるのに気がついた。洞窟の出口のように。
ごつごつした岩壁に触れながら足を進めるたびに砂がざらりと音を立てた。
『死んだと思って捨てられたのか……』
『どこにいるのか……』
『何を見せられるのか……』
不安と好奇心が胸を満たし、フランソワは光の方へ歩みを進めていった。
第27章 邂逅ワタル に続く




