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第25章 到着

 俺は震えていた。フランソワの絶望と悲しみを感じて。

 フランソワは俺が作り出した仮想キャラであり、その歩んでいる物語も俺の妄想にすぎない。だが、それなのに、物語は俺の意志に反して勝手に進んでいくのだ。


 そもそも――アンドレが死ぬなどとは、考えてもいなかった。だというのに、妄想は暴走し、彼を失ってしまう展開となってしまった。


 胸の奥に、刃物を突き立てられたような痛みが走る。

 フランソワの嘆きが、俺自身を締め上げる。世界が終ってしまったように感じられるのだ。

 息苦しい……。涙が出そうだ。


「……はぁ」


 思わずため息が漏れる。

 ふと、自分が今どこにいるのかを意識する。祖母の弟、父の叔父にあたるスグルが運転する車の中だ。

 ライトバンの助手席にシートベルトを締め、ただ流れる夜道の景色を眺めていた。

 車が軽くバウンドしたことで、俺は妄想の戦場から現実に引き戻された。 


 迎えに来てもらい、車に乗せられてからおよそ10分。

 そのわずかな時間で、俺はフランソワに成りきり、マトヴァ郊外の戦場に立っていた。

 そして、愛すべき人を失った悲しみに胸を引き裂かれていたのだ。


「ワタル君といったね」

「はい……」

「君も、特異体質なのか?」

 運転席のスグルが前を向いたまま問いかけてきた。


「えっ?」

 意味がわからず、俺は思わず声をあげた。


「まだ、自覚がないのか……」


 スグルは苦笑を浮かべた。その笑いは、からかいではなく、どこか寂し気な趣を帯びていた。

 続けて、低く「なるほどな……」とひとつうなずく。


「な、なにがですか?」

 と問い返す。

 返答の代わりに、車が停車した。


「着いたよ」


 スグルの声と共に、フロントガラスの向こうに、暗がりの中で堂々と立つ門が姿を現す。

 それは――かつて、10年前に一度だけ目にしたことのある光景だった。

 大きな屋敷を囲む土壁。その中央に据えられた、由緒ある家格を象徴する門。

 重厚で威圧的にそびえ立ち、訪れる者を試すかのように俺を見下ろしている。


「……ウメド家……」


 思わず呟いてしまう。

 午後6時。

 9月下旬、すでに日は沈み、あたりは涼しさと暗さに包まれている。


 車を降りたスグルが、門の前に立ち、両腕で押し開ける。

 木製の扉が、ぎぃ、と軋む音を響かせながら夜気に混ざった。

 俺も助手席のドアを開け、外へ降り立つ。

 門の隙間から覗くと、闇の中に母屋の影が浮かび上がっている。

 その姿は古く、だが誇り高く、時代の記憶を抱えたまま佇んでいた。


 スグルは石畳を進み、玄関へ向かう。長身の体躯(からだ)が暗がりの中でもよく映える。

 俺も続く。

 庭はきれいに整備されていた。人の気配が途絶えて久しいはずなのに、不思議と荒れてはいない。


 やがて、玄関に仄かな灯りがともった。

 祖母の姉、ミツコが亡くなってからもう5年になる。

 その間、この屋敷には誰も住んでいなかった。だが、どうやら維持管理だけはされ続けていたらしい。


 スグルの話によれば、近年インバウンド需要で羽咋にも外国人観光客が訪れるようになったという。

 それを受けて、この屋敷を高級旅館として再生しようという企画が進められているとのことだ。

 電気も水も通し直し、屋敷全体の整備も始まっているのだろう。


 俺の目の前で、回廊や部屋へ次々と灯りが広がっていく。

 それは魔法のように、闇に沈んでいた建物が、まるで過去の栄光を呼び覚まされるように息を吹き返していった。


「さあ、入ってみろ」

 玄関から出てきたスグルが、手招きする。


「せっかくだ。中を見ていくといい。もう遅いし、東京へ戻るのは無理だろう。今夜はうちに泊まればいい。その前に、この屋敷を一巡りしておけ」


 その口調は気さくなのに、不思議と粋で堂々として見えた。

 彫りの深い顔立ち、背の高い体格。何より威厳をまとっている。

 俺の父とは正反対だ。短足胴長で背が低く、平たい顔――どう見ても同じ血筋には思えない。


 玄関に入る前、感慨深くなってしまった。なにも考えず、ここまで来てしまった。計画も準備もない。

 半年間自室に引きこもり、昨日まで布団から出ることすら億劫だった俺が――なぜここに立っているのか。

 ……思うに、フランソワが引っ張ったのだ。

 俺が作り出したキャラクターに過ぎないはずの存在が、物語の向こうから手を伸ばし、俺をここへ導いたのだ。


「かもな……」

 俺は深呼吸をひとつ。

 そして、屋敷へ一歩、足を踏み入れた。


 その瞬間――胸の奥で、フランソワが微かに囁いた気がした。

「ここで間違いないよ」と。



  第26章 大ピラミッド に続く


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