第23章 血が濃い
俺はスマホを取り出し、父に電話をかけた。
すぐに出た父の声は驚きと安堵に揺れていた。
「どこにいるんだ! 心配したぞ!」
今朝までリビングにいた俺が、部屋にも家にもいなくなったのだから当然だ。
母の、「どこにいるか聞いて」という、切羽詰まったような声も聞こえている。
俺は父の言葉を遮った。
「今、羽咋にいる。祖母の実家、梅渡家に行こうとしてるんだけど、場所が分からないんだ。教えてくれ」
父はしばし沈黙した後、安堵したように息を吐いた。
今朝、羽咋に行きたいと話していたのを思い出したのだろう。
「……羽咋にいるんだな……。で、羽咋のどこにいる?」
「久昌寺の前だよ」
そう答えても、父は久昌寺の場所も、ウメド家の正確な場所も知らなかった。
代わりに、羽咋に住む叔父に電話してくれるという。
祖母の弟――つまり父の叔父にあたる人物だ。
そういえば昔、そんな人がいると聞いた覚えがある。ケイコ、ミツコ、その下の弟だ。名前は確か……スグルさん、だったと思う。
祖母の実家――ウメド家は、長女のミツコが継いだ。彼女は「魔女」と呼ばれるほど特異な人物だった。
だからこそ家を継ぐのにふさわしいと見なされたのだろう。
祖母と弟は家を出たが、その弟は今も羽咋に住んでいるらしい。
父は「一度電話を切れ」と言い、叔父に連絡を取ってくれた。
10分後、再び父から電話が入った。
「叔父さんがお前を迎えに行ってくれる。久昌寺だったな、寺の門の前で待ってろ。お前の携帯番号も伝えたから、かかってくるかもしれない」
ということで、俺は久昌寺の前で待つことにした。他に選択肢もない。
夕陽はさらに傾き、西の空を鮮やかなオレンジに染め上げていた。
9月下旬、彼岸を過ぎた風は涼しく、田んぼを吹き抜けて頬を撫でる。
沈みゆく光の中で、俺はぼんやりと遠くを眺めていた。
やがて、白いライトバンがゆっくりとこちらへ近づいてきた。
間違いない、迎えの車だ。
車は少し手前で停まり、運転席のドアが開く。
そこから降りてきたのは、長身を折りたたむように出てきて体を伸ばす男。
その男、俺を見て、柔らかく微笑んだ。
逆光だったが、その顔を確認した瞬間、俺は息を呑んだ。
『あっ? アンドレ……???』
アンドレもまた、俺が想像で作り出したキャラクターだが。
妄想が暴走している状態のとき、俺は暫しフランソワになる。そのフランソワから見えるアンドレにそっくりなのだ。
一瞬、現実がぐにゃっとなった。
これは……リアル?
俺はここにいる?
ワタルとしてここにいるのか?
頭を振ってしっかりと男と向き合う。
確認する。目の前の男は実在する俺の父の叔父だ。アンドレに似ているだけだ。
肌は日焼けで浅黒く、顔立ちは濃く、目鼻立ちがはっきりしている。
大きな瞳が少し垂れ気味で、俺をまっすぐに見つめている。
年齢は還暦を過ぎたくらいだろうか……。背は俺より10センチ以上高い。少し背を丸め、手足は長く、顔には深い皺が刻まれている。
「君が……ワタルくんか」
低く、よく響く声が耳に届いた。
その瞬間、俺は理解した。祖母の姉と祖母の弟――つまりこの人たちは、日本人離れした顔立ちをしているのだと。
俺と一緒に暮らしていた祖母だけが、平凡な「平たい顔」をしていたにすぎない。父と俺はその遺伝子を受け継いだというわけだ。
ウメドの血は、本来はこの人たちのように現れるのだ。
世界は広い。血の中に、物語のような秘密が眠っているのだろう。
第24章 決戦の地で に続く




