第22章 降りたってみれば……
羽咋駅に降り立った。
ホームに吹く風は冷たくもなく暑くもなく、ただ澄んでいて、どこか肌に馴染まない。
PM5時前、まだ太陽は西の空に高く残っているのに、駅前には妙に寂しさが漂っていた。
俺は改札を抜け、駅前のロータリーに出る。
広々としてはいるが、人影はまばらだ。東京の駅前なら人波に揉まれるのが当たり前なのに、ここでは空間そのものが取り残されたみたいにぽっかりと空いている。
「駅前といえば繁華街」――そんなイメージを持っていた俺は、あまりの静けさに切なさを覚えた。
東京とはまるで違う。あれほど騒がしい世界からやってきた身として、心細さを感じてしまう。
ただ、よく見るとバス停には観光客らしき人たちが数人並んでいた。
荷物を抱え、談笑しながらバスを待っている。どうやら、この町には観光の目玉があるらしい。
視線を上げると、駅前にひときわ目立つ看板が立っていた。そこにはこう書かれている。
「UFOの町 羽咋」
グレイ型宇宙人を模したイラストまで描かれている。
俺は思わず口元を緩めた。
『こんな田舎町に、宇宙人?』
妙に場違いで、けれども面白い。
ただ、俺の目的地はそこではない。
祖母の実家がある白瀬町。駅前からバスに乗って20分ほど揺られ、国道沿いで降り、そこからさらに10分ほど歩けば着くらしい。
正確な位置はわからない。スマホで調べた情報によると、目印は祖母の実家の菩提寺――久昌寺だ。
観光客と一緒に俺もバスに乗り込む。
バスはのんびりとした速度で町を進んでいった。
途中で「宇宙科学博物館・コスモアイル羽咋」という施設に停まる。
観光客の数人がそこで降りていった。
俺も興味を惹かれたが、今は寄り道をしている場合じゃない。祖母の実家へ向かわなければならない。
やがて車内は俺一人だけになった。
他に誰も乗っていないのに、バスは淡々と運行を続ける。都会育ちの俺には、これが妙に不思議で仕方なかった。
目的のバス停で降りると、目の前に広がるのは田園地帯だった。
田んぼ、田んぼ、そしてまた田んぼ。見渡す限りの稲穂が風に揺れて、黄金色の波を作っている。
家はところどころに点在するだけで、都会の密集感とは真逆だ。まさに「田舎の風景」。
俺はスマホを頼りに歩き、十分ほどで久昌寺にたどり着いた。
寺はすぐにそれと分かった。大きくはないが、鄙びてもいない。
周囲もやはり田んぼばかりで、境内の向こうには低い山々が連なっていた。
俺の脳裏に、10年前の記憶が蘇る。小学4年生の時、祖母が言った言葉だ。
「久昌寺から見えるでしょ。大きな屋敷だからすぐ分かるわよ」
確かにその時、俺は山の中腹に佇む堂々たる屋敷を見た。まるで時代劇に出てくるような、圧倒的な存在感だった。
それなのに、今は、いくら目を凝らしても分からない。
低い山は幾つもある。だが、木々に覆われ、家があるとしても屋根が少し覗いている程度だ。
10年前の記憶にある「目立つ屋敷」の姿はどこにもなかった。
「……隠れてしまったのか?」
ふと思う。祖母の実家は誰も住んでいない。だから、整備もされず、木々が生い茂り、埋もれてしまっているのではないか。
だから見えないのか……。
焦りが胸を掴む。祖母の実家の場所が分からない。
時計を見ればPM5時を回っていた。太陽が傾き、田んぼを朱色に染めていく。
何も考えずここまで来たが、祖母の実家にたどり着けなければどうにもならない。
急に現実が押し寄せてきて、恐怖さえ感じ始めていた。
『大丈夫なのか、俺……』
そもそも、俺は昨日まで、半年間も部屋に引きこもっていた人間だ。
外の世界に出ることすらできず、自室で時間を腐らせていた。
勇気を振り絞って東京からここまで来たというのに、たどり着けないだなんて。
「落ち着け……なんとかなる……なんとかなるさ」
俺は小さく呟いた。自分に言い聞かせるように。
その言葉は、俺が想像した架空のキャラクター――フランソワの口癖だった。
彼女は高級貴族の令嬢でありながら、ナポレオン軍に身を投じて功績を残したという俺の創作の人物。
物語の中で幾度も窮地に立たされ、そのたびに、ケセラセラ、「なんとかなるさ」と微笑む彼女の姿を、俺は何度も思い浮かべてきた。
今こそ、俺自身がその言葉を信じる時だ。
第23章 血が濃い に続く




