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第21章 妄想が暴走した先

 金沢駅についた。

 巨大な鼓門が俺を迎え入れる。


 ここまで来てしまったのか、と胸の奥でつぶやく。

 これから在来線に乗り換えて、羽咋駅まで行く。

 そのために足を動かし、スマホを抱え、地図アプリの示す道順に従って歩くだけの俺がいる。


 不思議なことに、この人混みの中で、俺は誰ともぶつからない。

 観光客も多く、キャリーバッグを引きずる人、土産袋を抱える人、観光案内表を広げて立ち止まる人、いろんな人が行き交っているのに、まるで川の流れに浮かぶ葉っぱのように、俺はすり抜ける。

 (さえぎ)られることもなく、問題なく進んでいくのだ。


 たぶん、何も考えていないからなのだろう。ただ目的地に向かって、スマホの指示に従い、足を前へ運んでいるだけだからだ。

 俺の頭は、ずっと別の場所にある。ずっと妄想の中だ。


 フランソワ……俺の脳裏に浮かぶ姿は、現実の誰よりも鮮やかだ。

 彼女の行く手には暗雲が立ち込めている。不穏な手紙。ナポレオン軍の中での軋轢(あつれき)

 物語は進んでいく。俺が歩いているこの現実の時間と同じように。いや、もっと速く、激しく進んでいるのだ。


 王党派の反乱。彼女は本来、高級貴族の御令嬢だった。ナポレオン軍の中にあって、問題が起きないはずがない。

 誰もが彼女の出自を疑い、あるいは利用しようとする。忠誠と裏切りの狭間に立たされるフランソワを、俺は想像する。


 俺の妄想では、最初の段階で、フランソワはやがて皇帝になるナポレオンの副官になるはずだった。そのように物語を進めようとしていた。


 だが本当にそうなるのか? 

 どうなんだろう……どうなるのだろう?

 俺が想像している物語なのに、その俺が分からないでいる。


 なんて不思議な気持ちだ。俺の頭の中で、勝手に歯車が回っているようで、手綱を握っているのが誰なのかも分からなくなる。


 ふと思った。これって……神様の気持ちと同じかもしれない、と。

 神様も人を作った。だけど、その人がどうなっていくのか、本当に分かっていたのだろうか? 

 万能の神、というのに、人類の行き先が分からなかったのではないか。

 人は進むべき道を自分で選ぶ。だから、自分で転がっていく未来を、神ですら予見できなかったのではないか……。


 そんなことを考えてしまった自分に、思わず笑った。いや、正確には苦笑だ。

 大げさにもほどがある。だが、頭に浮かんだ以上、否定することもできない。

 とりあえず、俺はフランソワの行く手に暗雲が立ち込める場面を妄想してみることにした。


 彼女は、胸に白狼の紋章を縫い付けた真紅の軍服をまとい、馬上で剣を構えている。

 遠くには白い煙。銃声。オーストリア軍の旗が風に翻り、兵士たちの叫びが押し寄せる。

 味方であるはずの軍の中からも冷たい視線が突き刺さる。彼女はハプスブルク家と姻戚関係があるからだ。

 血と火薬の匂いに包まれるその光景は、俺の頭の中で確かに生きていた。


 現実の俺はどうだ。

 身体は問題なく在来線の列車に乗った。

 ドアが閉まり、列車がゆっくりと動き出す。

 窓の外に広がる景色が流れていくのを見つめながら、俺の意識はまたフランソワの世界に引き込まれていった。


 現実において、ここから先に待つのは、羽咋駅。そして……祖母の実家。

 その道のりはきっと、俺にとって、ただの移動ではない。

 俺の中で育ち続ける物語と、現実の俺の旅路が、奇妙に重なり合っていくのを感じているのだ。



  第22章 降りたってみれば に続く

 


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