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第15章 ブドウの痛み

 どんな物語にも紆余曲折(うよきょくせつ)がある。


 順風満帆(じゅんぷうまんぱん)と思われたフランソワ小隊・ラ・ルーブ・ブランシュ・レジョンの躍進は、ある出来事によって大きくブレーキをかけられることになった。


 それが――王党派の反乱、後に「ヴァンデミエールの反乱」と呼ばれる事件である。


 その日、パリの街は銃声と砲声で震えていた。

 通りには barricade(ばりけーど)が築かれ、広場には王党派の市民たちが集まり、共和国政府に牙を剥いていた。

 彼らは農民であり、商人であり、母であり父であった。だがその怒号は、革命を推し進めてきた共和国軍からすれば、紛れもない「反乱軍」だった。


 ナポレオンは、その蜂起に対して容赦なかった。


「ブドウ弾を装填(そうてん)せよ」


 そう彼が命じたとき、兵士たちの顔に一瞬の戸惑いが走った。

 ブドウ弾――無数の鉄片をばら撒く散弾である。発射すれば、そこにいる者たちをまとめて()ぎ払う。兵士も、民衆も、老若男女の区別もなく。


 轟音と共に砲門が火を噴いた。

 その瞬間、フランソワの胸に、焼け付くような痛みが走る。


 反乱は鎮圧された。しかし、広場に広がった光景は、「勝利」とは呼べぬ惨状だった。


『彼らも、市民だったのだ……』


 アンドレは、フランソワ小隊に砲撃支援の命令が下ったとき、きっぱりと拒絶した。


「俺にはできない! 彼らは敵じゃない。市民を散弾で打ち散らすなんて……そんなことはあってはならない!」


 彼の叫びは真っ直ぐで、嘘がなかった。フランソワもまた、その思いに強く共感していた。

 だが、命令は命令。彼女は小隊長として従わざるを得ない立場にあった。


 幸い、フランソワの部隊は軽歩兵である。砲撃には関わらず、反乱軍の連携を断ち切るため、各所へ分断作戦を仕掛ける役割に従事していた。

 それでも、アンドレの拒絶は、軍律に照らせば処罰を免れないものだった。


 フランソワは悩み、ソンエイに相談した。異国から来た武人にして、彼女の参謀役でもある頼れる存在。


「私は……アンドレを罰したくない。だけど、命令違反を見逃せば、小隊全体の秩序に関わる。軍閥に処せられてしまう」


 ソンエイの答えは単純明快だった。


「ならば簡単だ。戦えぬようにすればよい」


 そう言うや否や、彼はためらいなくアンドレの(ほほ)を張った。

 乾いた音が響き、アンドレの体が崩れ落ちる。意識は失われ、顔には赤黒い傷疵(きずあと)が刻まれた。


「っ……ソンエイ!」


 フランソワは、何をするのだと、ソンエイを睨みつける。


「見た目は派手だが、体内には害を与えていない。これは戦場における“負傷”だ。そう報告すればいい」


 フランソワは息を呑んだ。乱暴で強引だが、それは確かにアンドレを守る策だった。

 これにより、彼はそのまま戦闘に加わることなく、反乱は終結へと向かっていった。 


 だが、フランソワの胸に芽生えたものは安堵ではなかった。ナポレオンという男への、不信感。

 民衆を撃ち殺すことで権力を維持する冷酷さに、フランソワは震えを覚えた。


 その一方で、別の男がこの件を嗅ぎつけていた。ナポレオンの副官、ルイ。

 彼は裏で諜報活動も担う狡猾な人物であり、自らを「フランソワのナイト」と称して(はばか)らなかった。

 だが、心の底では常にアンドレを(うと)ましく思っていた。フランソワに寄り添う彼の存在が、どうしても許せなかったのだ。


 やがてルイは、この件を己の野心に利用した。


『アンドレの命令違反……小隊の統率を乱した。これは軍律違反だ』


 嫉妬と打算が絡み合い、彼はフランソワに告げた。

 だが、報告をナポレオンには届けなかった。代わりに彼は、フランソワにある提案をした。


 少尉であったアンドレを軍曹への降格。参謀役の座を奪い、フランソワのすぐ傍らにいる権利を奪うということだ。

 まるで、フランソワ小隊から締め出すかのように。


 この処分もまた、フランソワの心に小さな(とげ)を残した。ナポレオンに対して。

 絶対的な指揮官であるはずの彼が、この件を知りながら黙していたのか、それとも本当に知らなかったのか。

 どちらにせよ、心の奥底に「不信感」が芽生えたのは確かだった。


 血に染まったヴァンデミエールの反乱は、鎮圧という名の勝利で幕を閉じた。

 だが、それはラ・ルーブ・ブランシュ・レジョンの未来に、見えぬ影を落とす結果となったのである。



  第16章 斬撃の橋 に続く


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