第14章 リバーサイドワタル
「物語は続いているのだ……」
そう、思わず口にしてみた。
奇妙な響きだった。けれど確かに、その言葉を声にしたのは俺自身だった。
どこへ続くのか分からない。
ただの妄想なのに、俺の想像の産物にすぎないのに、気がつけば壮大な物語になろうとしている。
――そのときだ。
ふと気がつく。俺は川べりを歩いていた。
「え?」
視界に広がるのは、浅川のサイクリングロード。
秋の空気を孕んだそよ風が頬を撫でていく。
黄色に色づきかけた木々が並び、その影を水面に落としている。
ほんの数分前まで、俺は家にいたはずだ。玄関のドアを開けた記憶がある。
半年間、ほとんど引きこもりのような生活をしていた俺が、外へ出ていたんだ。
きっかけはささいなことだった。
リビングから出て、2階の自分の部屋へ戻ろうとして階段の手すりを掴んだとき、頭の中で「フランソワの物語」の続きを妄想してしまった。
夢中で構想を練っていた。けれど、あまりにのめり込みすぎて、頭がくらくらしてきて。
『ちょっと外の空気でも吸うか』――そんな気持ちになった。
そして、玄関のドアを開けた、その瞬間!
そこには戦場が広がっていた。
剣戟の音。砲声。血の匂い。怒号。
妄想が暴走したのだ。俺はフランソワになり切って、命を賭けて戦場を駆け抜けていた。
「……あれは……」
幻覚だったのか、夢だったのか……。
けれど俺は気づいたのだ。物語は続いている。そう気づいた瞬間、俺は俺自身に戻ったのだと。
救われた――そう言ってもいいかもしれない。外へ出られたのだから。
ただ、その間、俺の身体は夢遊病者のように勝手に動いていたらしい。
意識もないままに住宅街を抜け、ここ、浅川のサイクリングロードまで歩いてきていた。
『……懐かしいな……』
この場所は、高校生の頃によく自転車で走っていた道だ。自分の好きな時間に、自分の好きなペースで。
風を切って走ることが心地よくて、何度も来た。
半年も外に出ていなかったのに。それでも身体は覚えていたんだ――ここが俺の「好きな場所」だったことを。
時計を見れば、日曜日の午前10時を少し過ぎたところだった。
思ったより人影は少ない。みんな行楽地にでも出かけてしまったのだろうか。
すれ違う人々の視線も、それほど気にならない。
いや、むしろ――誰も俺なんか気にかけていない。
「……そうか」
胸の奥で、何かがほどけた。
あれほど外へ出るのが怖かったのに。いまは何とも思わない。
それも当然かもしれない。なぜなら、俺はついさっきまでフランソワとして戦場を駆け抜けていたのだ。
剣を振るい、砲火をかいくぐり、命のやりとりをしていたのだ。
それに比べれば、こんな日常に恐れるものなんてあるはずがない。
俺はふっと笑ってしまった。
馬鹿みたいだ。でも、そう思ったら本当に気が楽になった。
秋のそよ風が、また頬を撫でる。
俺は歩き出す。
どこへ向かうのか分からない。でも、歩いてみようと思った。
物語は、まだ終わっていないのだから。
第15章 ブドウの痛み に続く




