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第13章 俺? それとも……私?

 ここまで想像したとき、俺はふと我に返った。

 妄想に没頭しすぎて、頭の奥が熱くなる。

 心のざわめきは収まらない。フランソワの小隊に不穏(ふおん)な空気が漂っている。

 物語の中のはずなのに、なぜか俺の現実に重なり合うようで。


 2階の自室に戻る気分にはなれなかった。


『外の空気を吸おう』


 そう思い、俺は玄関へ向かった。


 スニーカーを履くのは何カ月ぶりだろう。感慨にふけりながら立ち上がる。

 ドアノブに触れた瞬間、妙な感覚が胸を打った。


『この扉を開けたら、自分の未来も同時に開かれる気がする』


 半年近く、俺は外の世界から遠ざかっていた。

 だが、考えるより先に体が動き、ドアを押し開けた。


 ――次の瞬間、そこは戦場だった。


 轟音。火薬の臭い。銃弾が飛び交い、砲弾が地面をえぐり、煙が空を覆っている。 

 馬の(いなな)き、兵士たちの怒号。


 俺はサーベルを握っていた。刃の重みが腕にずしりとのしかかる。

 気づけば、敵兵に切りかかっていた。鮮血が飛び散る。

 体は疲労困憊なのに、胸の奥は異様な高揚に満ちていた。

 恐怖はない。ただ、戦うことが当然のように感じられる。


「フランソワ! 左から来る!」


 声を上げたのはアンドレだ。銃剣を構え、必死に俺の背を守っている。


『いや、待て! アンドレ……?』


 なぜ俺をフランソワと呼ぶ?


 混乱している間にも敵兵は飛びかかってくる。俺は即座に切り伏せる。体が勝手に反応する。

 アンドレが後ろにいる。

 ということは……答えはひとつしかなかった。


 俺はワタルであると同時に、フランソワなのだ。

 心臓をぐっと掴まれた気がした。今、俺はフランソワになっている。フランソワとして戦場を駆けている。

 右手を見れば、ソンエイが鉄の丈を振り回していた。彼の一撃で敵兵が吹き飛ぶ。


「心配するな、私がついている!」


 彼の声は雷鳴のように頼もしい。中国武術の達人。その背中は嵐のごとき力強さを放っていた。


「はぁ、はぁ……フランソワ、大丈夫か?」


 アンドレが息を切らしながら俺を見た。その瞳には心配と、何か別の感情が宿っている。

 胸が熱くなる。戦場の熱気とは違う、甘く切ない熱。


 ――これがフランソワの気持ちなのか。俺が抱いたことのない……恋心?


「大丈夫……まだ、戦えるわ」


 自然に口をついて出た言葉は、紛れもなくフランソワの声だった。

 その瞬間、彼は微笑んだ。血と煙にまみれた中で、奇跡のように美しい笑顔。

 俺の心臓が跳ね上がる。ワタルとしての俺と、フランソワとしての俺が同時に震えていた。


 これが恋心!

 戦場での|(はかな)くも切ない想い。

 だが、その刹那。


「フランソワ様!」


 鋭い声が飛ぶ。ルイだった。ナポレオンの副官。冷徹な軍服姿の彼が馬上から俺を見下ろしている。


「アンドレと無駄話ですか? 戦場で気を抜いてはいけません!」


 叱責の裏に、確かな嫉妬が混じっていた。

 その視線が胸を刺す。

 私は何も言い返せず、ただ剣を構え直すしかなかった。


『わたし……?』 


 今、俺は、わたしと思ってしまった。

 だが、そんな疑問を追っている暇はない。

 戦場の喧噪は止まらない。砲声が轟き、兵士たちが次々と倒れる。

 私は必死に剣を振るいながら、自分が誰なのかを考え続けていた。ワタルなのか、フランソワなのか。それとも両方なのか。


 だが一つだけ確かなのは、この戦場が物語ではなく、現実だということだ。

 血と汗と煙の中で、私は叫ぶ。


「行くわよ、アンドレ! ソンエイ!」


 仲間の名を呼ぶ声が、喧噪を裂くように響いた。

 そうだ。私はフランソワだ。

 物語は現実を纏って続いていく。



   第14章 リバーサイドワタル に続く



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