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第12章 アンドレ アップ

 階段の手すりを掴み俺は立ち止まった。

 結局二階へ戻るのだ。自分の部屋へ。 


 俺は階段の下で立ち止まり、意識的にフランソワを思った。

 あの後、彼女はどうするのだろう? 

 フランス革命のただ中で家を出て、ナポレオン軍に参加して、自らの小隊まで率い、ツーロンの戦いで功績を上げた。

 そこから先の道筋を、俺はまだ描ききれていなかった。


 そこで思い至る。自分の妄想に欠けているピース――

 それは、アンドレの存在だ。

 フランソワがナポレオン軍と遭遇し、敵兵に囲まれ、助けられた時、彼女は拘束されて連れて行かれる将校に気が付いた。というか、思い出した。


 アンドレ! だと。


 彼こそは2年前、彼女が16歳で社交界デビューを果たした日、ベルサイユ宮殿の舞踏会で出会った青年ではないか、と。

 (きら)びやかなシャンデリアの下で、貴族でありながらも「自由・平等・博愛」を語った青年。

 フランソワにとって、それは衝撃であり、同時に妙な引力を持つ出会いだった。

 気高く、しかしどこか危うい光を宿したその瞳を、彼女は鮮明に覚えていた。


『アンドレはどうなったのだろう?』


 その問いの答えは、意外にも彼女自身の運命に深く結びついていく。

 銃殺の運命が待っていたアンドレを救ったのは、他ならぬフランソワであった。

 ナポレオンの副官であるルイに、彼女は必死に懇願したのだ。


「どうか彼を助けてください。命だけは……!」


 ルイはフランソワに誓っていた。どんな危機からも守り抜くと。

 だからこそ頭を悩ませ、打開策を探った。そして尋問の末、アンドレの正体が明らかになる。


 彼はただの下級貴族ではなかった。ジャコバン派の思想に共鳴し、密かに通じていたのだ。

 ベルサイユでの舞踏会も、実はロベスピエールの指示による潜入任務だったのである。


 ルイはそこに新たな可能性を見出した。共和国政府との絆を強める好機と捉え、アンドレを処刑から解放したのだ。


「一緒に戦わない?」


 フランソワがそう提案した時、アンドレは静かに微笑んだ。

 共和国の理想を実現するために戦うナポレオン軍に彼自身も強い関心を抱いていた。だからこそ、フランソワの誘いにうなずいた。


 こうしてアンドレはフランソワの小隊に配属される。

 少女の物語は、彼を得て新たな章を迎えることになった。


 フランソワにとって、アンドレは次第に特別な存在となっていく。

 彼女はまだ18歳。戦場での振る舞いを身につけても、年齢相応のあどけなさは残っている。

 一方、アンドレは20歳。革命思想に身を焦がし、人は生まれながらに平等であると信じて疑わない。

 そのまっすぐで誠実な心根に、フランソワは知らず知らず惹かれていた。


 戦場を共に駆けるたびに、彼の声に安堵し、視線に心を震わせる。

 それはまだ、彼女自身が気づかぬ “うぶな恋心” の形でしかなかった。

 気づいている者はいた。フランソワの侍女であるマリーだ。

 主の頬がわずかに赤らむ瞬間、視線がさまよう刹那。彼女はそれを敏感に感じ取っていた。


「お嬢様……どうか、この恋が実りますように」


 マリーは胸の内でそう願い、密かにふたりを応援していた。

 だが同時に、もうひとり。フランソワの想いを察してしまった男がいた。


 ――ルイ。


 ナポレオンの副官として勤めながら、彼はフランソワに仕えることを誇りに思っている。

 だが、それだけではない。騎士としての忠誠の陰に、抑えきれぬ恋情を抱えていたのだ。

 だからこそ、アンドレの存在が彼の心をかき乱す。

 フランソワが向ける笑みを、自分ではなくアンドレが受け取っている。その事実に、彼は嫉妬せずにはいられなかった。


 こうして、革命の嵐のただ中で。少女と青年、そしてふたりを見守る者、嫉妬に燃える者。交錯する想いが、ナポレオン軍の進軍と共にひとつの物語を紡いでいく。



 第13章 俺? それとも……私? に続く


 

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