血に染まった道で聞いた名
市へ行かなくなって2週間以上。今日はちゃんと菓子を買って帰らなければ。また子供達が拗ねてしまう。
獣道を抜け、気づけば奥まで来ていた。この辺りは初めてだ。
最近、賊が少ない。一見すると良いことのように見えるこの事実からセラは嫌な予感を感じていた。
進んでいくと丘が見えた。丘の上には小城があった。城の近くはまずい。敗残兵の弟を探しているなど言えるはずもなければ、害があると見做されれば拘束されかねない。人影が見え、慌てて踵を返し、来た道を戻る。だがあの城はどこか変だ。
手入れされている城には見えなかった。だが確かに見えたのは人影だった。早く抜けた方がいい。そう思い足を早めたのだが。
「止まれ!!」
賊の象徴のようなくすんだ灰のチュニックにベルトの金具。
元軍人か。
しかし顔を隠しもせず堂々とした賊だ。
「何者だ」
「ただの旅人ですが。見逃してはもらえませんか?」
敗残兵ならば弟のことを聞きたいがどうにもここを早く抜けた方がいい気がした。
「旅人?剣に馬まで乗ってか。悪いがここに入ってきたやつは城まで連れて行くことになっている。旅人なら運が悪かったな。」
なるほど。これは円満な解決は無理そうだ。そう思い、フードを脱いだ。
「なんだ、いい女じゃないかーーーー」
男が言い終わるよりも早く、空を切る音が裂き、男の腕は飛んでいた。
「ぐあぁぁぁぁ!!貴様っ....!」
片手でなお立ち向かってくる男を切り落としながら見えてくるのは向かってくる賊の集団だった。
....8人と言ったところか。大方騒ぎを聞きつけて加勢に来たのだろう。
「何だ、ロッシュの野郎の悲鳴が聞こえて来てみたら女1人にやられたのかよ」
「情けねえ。こんな上玉、中々手に入らねえのによぉ」
にやにやと笑いながら死んだ仲間を貶す賊。
見たところ元軍人だけではないようだ。多勢に1人。勝利を確信し余裕をかましているのかもしれないが。
生憎こんなことには慣れている。
「一つ聞きたい。」
「何だ?お嬢さん」
「お前たちはブルータル辺境伯の敗残兵か?」
「俺はそうだな。それがどうした?」
「辺境伯軍の医療班に16歳前後のブロンドの髪にブラウンの瞳。そして薬草に詳しいライという人物はいなかったか?」
「ああ、いたなあ。」
驚くほどあっさり言い放つ男に思わず言葉を失った。
「いた....?」
「ああ、いたぜ?ちょうど怪我をした時にそいつが手当してくれたんだよ。そいつがどうかしたのか?」
「.....あの戦の後、その男はどうなった。」
「確か最後まで前線の兵たちを治療してたな。さっさと逃げりゃいいのに。愚かなやつだぜ。」
「........死んだのか?」
「お前、今から自分がどうなるか分かってんのか?......まあいいさ、折角だし教えてやるよ。死んではないはずだ。どいつかに連れられて西の方へ逃げてるところを見たからな。どっかの村か医者なら王都にでも辿り着いてんじゃねえか?」
まさか。こんなところで情報が手に入るとは。
痺れを切らした男が急くように捲し立てた。
「なあ、もういいだろ?質問に丁寧に答えて何やってんだか。大人しく一緒に来るなら痛い目には遭わないぜ?」
欲に満ちた目。元軍人も賊に染まったか。
「遠慮しておこう。」
断りを入れ、男を切った。切られた男は何が起きたのかも理解できず倒れていった。
「ルッツ!このっ....!」
四方から向かってくる賊。切り、蹴り、飛ばす。確実に数は減っていたはずだった。
シュパッ!
しまった。ある程度腕の立つものが混じっていたらしい。
利き手でなかったのが幸いか。流れる血を止める間もなく向かいくる剣戟を受け流す。繰り出された斬撃をしゃがみ込んでかわし、顎を蹴り上げた。飛ぶ男を切り、息を吐く間もなく馬に飛び乗って駆けた。
(一刻も早くここを抜けなくては....)
王都中枢はこの賊の存在を把握しているのだろうか。手入れのなされていない城に、元軍人と野良が混じった賊。数も少なくはなさそうだった。
「はあっ.....」
ここまで来れば流石に追ってこないだろう。
「このまま村に帰ったらエレンになんて言われるかな」
苦笑いしながら見ると腕の出血は止まらず、衣は赤に染まっていた。
止血を済ませ、もたれかかると感じる木のざらついた感触。
『ああ、いたさ』
『最後まで前線の兵たちを治療してたな』
傷ついた人間を放って逃げ出すような腰抜けに成長しなくてよかった。
恐らく生きている。それならもう十分じゃないだろうか。
無性に、あの口に溶ける菓子が食べたくなった。




