膝の上の魔性、忍び寄る疑惑
膝の上の魔性、忍び寄る疑惑
邸内に内通者がいる――――
それはすなわち、セラを狙う者が邸内にいるということだ。
可能ならば始終隣に置いておきたいがそういうわけにもいかない。
まさか連れて来たのが裏目に出て危険に晒すことになるとは。
苛立ちを隠してセラの部屋に向かう。
「殿下、御用でしょうか?」
相変わらずの人懐こそうな笑みでエティが出迎える。
ふと、彼女を雇った経緯を思い出した。
エティはとある貴族からの推薦だった。それも確か――――
「エティ、殿下が来られてるの?」
「セラ。今日の昼商人が来る。準備をしておいてくれ。」
「分かりました。」
「今日来られるのですか?」
「ああ。急だが先方の都合が変わってな。俺の方は時間もあるし構わないと言ったんだ。」
「そうですか...時間がありませんね、セラ様。早速支度をしましょう!」
「お願いね。」
張り切るエティに任せて執務室に戻る。
「クシェル」
「はい。」
「エティという娘、アイルデール家からの推薦で間違いなかったか?」
「はい。異国の血は混ざっているが気立の良い娘だと....まさか。」
「可能性としては低いと思うがゼロじゃない。調べてみてくれ。」
「分かりました。」
セラはエティを好んでいるようだった。出来れば違っていて欲しいが.....
「商人の方が来られました。」
「通せ。奥の方だ。」
「承知しました。」
あまり見られたり聞かれたくない商談は奥の応接間で行う。
部屋に入ると老齢と言うには少し若い、目も身体も細い男が座っていた。
「これは殿下、お呼びいただき光栄です。」
「クラッセル夫人が薦めるのでな。何でも取り扱われている宝石はどれも一級品だとか。」
「ええ、是非その目で確かめてみてくだされ。申し遅れましたが私はロランと申します。以後お見知り置きを。」
「ああ。早速見せてくれぬか?」
「もちろんですとも。順番に参りましょう。こちらがルビーの飾りでございます。色も深紅で濁りも一切なく、不純物もほとんど無い一品です。」
「確かに物はよさそうだ。」
「次にサファイアを。こちらは王族にしか許されぬ採掘量の極めて少ない貴重な物です。折角ですので見ていただきたくお持ちしました。」
間を置き、レオの反応を見ながら商人は説明し、物を出していく。確かに説明自体に嘘はないように見えるが――――
「ふむ....若い女性ならどれを喜ぶだろうか。」
「そうですな....やはりパールは間違い無いでしょう。どのようなドレスにも合い、女性は必ずや喜ばれましょう。更にもう一歩となればサファイアでしょうか。これ程の宝石を贈られて喜ばぬ女性はおりませぬ。」
それがいるのだから仕方がない。そんな女に宝石が欲しい演技をさせるわけだが。
「....どうせなら本人に選ばせるか。コンペル、セラを呼べ。」
「かしこまりました。」
「中々の品だな....今カルディアに来るのは危険ではないか?」
商人は唐突な質問を予期していなかったようだった。
「そう感じたことはございませんが...」
「そうなのか?これだけ開戦の噂と緊張感がある中カルディアで商売するのはさぞ大変かと思ったが。」
「殿下のようにお呼びくださる寛大な方もおります。それにまだ戦争が始まったわけでもありません。」
「コアルシオンはどうなんだ?敵対心のあるカルディアに商売に行くものを良しとしない者も多かろう。」
「私の顧客は皆寛容な方ばかりですのであまりそう言った言葉は聞きませんな。」
「そうか。貴殿は運が良いのだな。」
コンコン。
ノックの音と共に入って来たセラを見て、回り始めていた思考が停止した。
少し地味かと思っていたスモーキーグリーンのドレスは金糸の装飾と身につけた宝飾品によって華やかになり、森の妖精どころの騒ぎではない。
「お呼びでしょうか?」
そう言ったセラの顔はいつもと全く違う、女の顔になっていた。恐ろしく役者だ。
「ああ、セラ。こっちにおいで。」
呼ばれたセラは大人しく膝の上に座る...だけではなくご丁寧に首に手を回してくれる。
反応しそうになる正直な身体を押さえつけた。
(堪えろ、演技中だ...)
「まあ、綺麗な宝石....」
「何か欲しいのはあるか?セラならどれも似合う。」
「確かに何でも似合いそうですが、こちらのサファイアなどはいかがでしょう?瞳の色をより神秘的に見せてくれます。」
ゆったりとした手つきで宝石を取ったセラは普段どうしたって見ることのできないうっとりした顔でこちらを見上げている。
「殿下、どう思われますか?」
甘い話し方と艶っぽい目。
失いそうになる言葉を取り戻すために持てる理性を総動員して甘い言葉を返す。この商人には愛人に溺れ切った愚かな王弟。そう思ってもらわねばならない。
「.....セラの白い肌によく映えて綺麗だ。これがいいか?他には?」
「まあ、そんな....一つで十分ですわ。」
「こちらのルビーの耳飾りなんかもお似合いになりそうですな。華やかな方ですので、これくらいでも良いでしょう。」
商人はレオが愛人に入れ込んでいると判断したらしい。いけると踏んで値の張る商品に持ち替えた。
「赤ならあのオフホワイトのドレスに合うんじゃないか?それも見たいな。」
セラの演技は完璧だがレオの甘くなる顔は演技ですらない。何とも言えない敗北感を感じる。
「もう、殿下ったら....」
恥じらった顔をしながら僅かに欲しそうに耳飾りを見る目線は演技かどうかレオですら測るのは難しい。商人は信じ切っていることだろう。
「いいだろう?折角なんだ。それも頼む。」
「承知しました。」
「ああ、そうだ。コアルシオンでしか取れぬ宝石があるとか。それは取り扱ってはおらぬのか?」
「それは....残念ながら...」
「コアルシオンの商人と言うから期待していたのだが、残念だ。まあ良い。まあ呼ぼう。」
また呼ぶとの声に立て直した商人は上機嫌で退出していった。
回されていた腕が降ろされ、膝から降りたセラの顔はいつもの顔に戻っていた。
別に膝から降りる必要はないのに。
気を利かせたクシェルが退室して行く。
「で、収穫はありましたか?」
「.....お前、どこかでやってたことないか?」
「何をです?」
「男を相手にする商売とか、余程金に苦心したりして....それかどこかの男に愛人にされたとか、ないのか?」
「あるわけないでしょう。何言ってるんですか。」
呆れるセラだがあの顔を見た後にこの顔を見たら誰でもそう思うと思う。
「いや、まあないとは思うがあまりにも....な。俺は最早演技じゃなかったぞ。」
「良い演技だったと思いましたが。」
「....そういうことにしておいてくれ。まあ商人のことだが、ほぼ確実にコアルシオンの者ではないだろう。」
「ではやはり....」
「ああ。あのギルドで当たりだろう。コアルシオンの商人はカルディアの商人として、カルディアの商人はコアルシオンの商人として麻薬を売りつけている。」
「ではそのギルドの密輸戦を捕まえれば....」
「ああ、間違いないはずだ。早急に調べる。」
「それがいいですね。これ以上広まれば取り返しのつかないことになります。」
「そうだな。ところで.....」
さっきは直視出来なかったセラを見つめてみる。居心地の悪そうなセラが引いているがやめる気はない。
やられてばかりは癪だ。
「....何でしょう。」
「魔性の女め。俺を転がして楽しいか?」
「そんなつもりは....」
「あの仕立ての時と言い、今日の姿と言い、俺が何も言えないでいると思って余裕だな?」
「どれも演技用の物ですよ。言う必要もありません。」
「セラ、こっちに来い。」
「.....」
「俺から行くか?」
大人しく膝の上に収まったセラを困らせたくなった。
「さっきみたいに腕を回してくれないか?一瞬心臓が止まるかと思った。」
「さっきのは演技で....」
「あの甘い声も、目も全部か?随分な役者だが、今は出来ないのか?」
睨む目線などレオを煽る物でしかない。
「そんな可愛い目をしたってダメだ。ちゃんと腕を回して目を見て名前を呼ばないとな?出来るだろ。」
意を決したようにそっと腕を回してこちらを見る泣きそうな顔にゾクゾクする。
「レオ様...」
真っ赤な顔に潤んだ瞳で名前を呼ばれれば、理性などあってないような物だ。
「........」
「レオ様、あの.....もう」
「いいよな?」
「え?」
触れた唇の柔らかさは何度触れたって堪らない。セラがゆっくり深いキスが好きなことは気づいている。それでも今日はどうすることも出来ない。
「はぁ.....やっ.....」
「お前が悪い。」
「それはレオ様が......んっ...」
「たまにはこんなキスも悪くないだろ?」
「もう.....」
「部屋に戻るか。俺もクシェルに怒られる。」
「....はい。」
甘い雰囲気に流されていたいところだが、そうもいかないのが辛いところだ。
「.....あのエティという侍女、おかしいことはないか?」
「エティですか?私もまさかとは思ったのですが、特に怪しいところはない気がします。」
「それならいいんだが。エティを紹介してきたのはアイルデール家なんだ。一応気にしておいてくれ。」
あまり言いたくはないが、一応念押ししておいた方がいいだろう。
「分かりました。」
セラは結構な役者です。




