騒めく屋敷と揺れる心
朝。起きろと眩しく照りつける日を身体に感じながら身をおこした。
編んでもらった髪をそのままに寝たのだが、外したらどうなるのだろう。
そろりと解いてみると、綺麗に巻かれていた。
(どうせ結ぶのに、勿体無いな....)
まあ人に見せるものでもない。着替えて髪をまとめ、外に出るとあちこちで声が飛び交っていた。
「ねえ、聴いた?昨日のハープ!殿下が腕の良い楽師を雇ったに違いないわ!」
「カルラが急に退職ですって。家の事情かしら?」
見るもの全てがこの2つのどちらかを話題にしていると言っても過言ではない。こんなところグレータが見たら雷が落ちそうだが。
「セラ!」
アメリスがかけよってきた。こういう噂ごとが好きなのはエリシアより彼女だろう。
「アメリス。おはよう。」
「おはよう。あら今日髪かわいいわね、どうしたの....ってそれどころじゃないわ!」
「どうしたの?」
「聞いたでしょ?あの噂よ!楽師なんて見かけなかったわ!どこにいるのかしら?」
「さあ.....」
下手なことを言って口を滑らせたくない。不評を買わなかったことは嬉しいが噂の中心になるのはごめんだ。
「男かしら?女かしら?女なら殿下が隠しておきたくなるのも分かるわねぇ。」
「どっちだろうね。」
「絶対女よ。それも美人なんだわ.....まさか貴女じゃないでしょうね?」
突然向けられる矛先に驚く。女の勘とは侮れない。
「違うわよ。何でそうなるの」
「だってセラが来てから殿下のお帰りが早くなったのよ。これは間違いないわ。寵愛する女が2人いるなんておかしいじゃない。」
「待って。色々違うから。お帰りのことは知らないけどとにかく仕事。仕事しよ?ね?グレータ様に怒られるよ。」
「貴女が来る前殿下の帰られる時間が何時だったと思う?明け方よ!皆振り回されてたんだから。」
それは確かに大変だ。つくづくレオの下につくものの苦労は計り知れない。
「今日は口がよく回るのね?アメリス。」
穏やかに聞こえてどんな圧よりも強い声が差し込まれた。
「グ、グレータ様.....」
「セラ、貴女も相手にせず仕事をなさい。全く、今日は面倒なことになりそうね。」
珍しくグレータがこめかみを抑えている。この人もレオに振り回されている1人と言っていいのだろう。
まだ話したくてたまらなさそうな顔をしたアメリスを尻目に水桶と掃除用具を持って奥へ進んだ。1日を通して聞こえてきた噂はオヒレをつけ、膨らむ一方のようだった。
「楽師は男で殿下は男色だっただの、カルラは麻薬を使って牢に入れられたと的を射たものまで.....それはすごいものです。」
「ははっそれはすごいな。俺が男色ときたか。」
「笑い事ですか?」
「笑い事だ。事実は違うからな。」
とまあ夜呼ばれ、レオの部屋にいながらこちらも今日の噂話をネタにしているのだからなんとも言えない。
「そのうち飽きるさ。人間退屈な屋敷に閉じ込められていてはおかしくもなる。パーティーでもするか?」
「殿下がなさりたいのなら開けばいいでしょう。」
「だからその殿下はやめてくれ。冗談に決まっているだろう。」
「誕生日などに従者も集めてパーティーを開く貴族もいると聞きます。」
「誕生日パーティーなんぞ面倒だ。俺を理由に宴を開くぐらいなら勝手に開けばいい。」
「それが出来ないから理由がいるのでしょう。そういえばいつなのですか?誕生日。」
「12月1日だ。お前は?」
「8月5日です。もうすですね。」
「まあな。お前のは過ぎてるじゃないか。」
「そうですね。」
「来年は盛大に祝おう。しかし昨日は助かったよ。」
「お役に立てましたでしょうか?」
「ああ、大いに立った。仕事にも、俺にもな。」
「それならばよかったです。捕まえたものから話は聞けたのですか?」
「離脱症状が酷くてな....聞けた話によると休みに街を散策中、ケンダル....部隊長だった男だな。ある店で呼び止められ、おたくの主人が最近眠れてないだろう。これを使うと良いと言って小袋を渡されたそうだ。」
「主人?」
「そう。つまり俺だな。ケンダルは半信半疑だった。だから先に自分がと試した。」
「結果自分と恋人が中毒になってしまったと。」
「そういうことだ。あとな、アンナという侍女、問い詰めたら吐いたぞ。カルラから分けてもらっていたらしい。」
「そうですか.....しかし、狙いはレオ様だったということですね。」
「そういうことだ。やり方がえらく回りくどいがな。」
「成功率も低い気がします。」
「そこなんだよな....目的が分からん。分からんと言えばこの間の賊の件もだ。」
「裏で手を引いていた貴族ですか?」
「ああ。お前のおかげで商家は分かったんだが、遂に貴族の名前は出てこなかった。足跡もない。」
「妙ですね......」
「そうなんだ。麻薬に関しては近頃貴族の間でも流行り始めているらしい。そちらも調査中だ。」
「それはまた骨が折れそうな。」
「本当にな。だから癒してくれ。」
「弾きますか?」
「その前に髪を解いてくれないか?」
「髪をですか?」
「昨日見たいと言っただろう?」
「ああ.....」
見られながら髪を解くのはなんだか落ち着かない。髪を解くと1日が終わった気がする。
「いつものもいいが、これもいいな。」
髪に触れながら上機嫌なレオを見ていると抵抗する気にならないから不思議だ。
「深いダークグリーンに、金糸のドレスなんかが映えそうだ。意外とピンク系もいけるか?」
そんなにファッションにこだわりのある人だとは知らなかった。
真顔でぶつぶつ分析している姿はなんだか面白い。
「どうだ?どんな色がいいと思う?」
「はい?」
「着たいドレスの色。女なら好みの一つや二つあるだろう。」
「さあ....あまり考えたことはありませんが....」
「小さい頃は?憧れたのとかないのか?」
「それなりに可愛いものが好きでしたよ。ピンクとか、花とか。」
「どれも似合う。見るのが楽しみだな。」
何来るはずのない未来を見ているんだ。
チクリと痛んだ胸に、気づかないフリをした。




