迷路の屋敷で近づく距離
「セラはどうだ?」
「物覚えもよく、仕事も早く正確です。ただ...」
グレータが言い淀むのは珍しい。余程問題でもあったのか。
「なんだ?いじめでも起きてるんじゃないだろうな。」
「そこはエリシアが上手くやってくれていますし、私も見ています。問題はセラの方です。物覚えはいいのに道が覚えられません。」
「道?」
「はい、今だに廊下で迷っている姿を見かけます。もう1週間以上になるのですが。」
「あんなに1人で旅をしていたのに屋敷内は迷うのか.....」
「あと裁縫は少し苦手なようです。と言っても十分に及第点ですが。」
「なんか....意外だな。」
「呆けている場合ではありません。セラも困っているようで仕事の後、部屋に戻らず屋敷内部を歩く許可が欲しいと言われました。どう思われますか?」
「夜1人でか.....俺がついて行ったらダメだよな?」
「当たり前です。やっと侍女たちもセラの仕事ぶりを見て受け入れ始めているのです。」
「分かってる、冗談だ。とりあえずセラの屋敷内の散策は許可する。早く覚えてもらえ。」
レオは困っていた。セラが来て1週間以上。ただでさえレオが直接連れてきた侍女、それもあの容姿故に侍女内で噂になるのは避けられなかった。仕事も面に出さない仕事、且つ周りに怪しまれない仕事量を与えるようグレータに命じた。そのため顔を見かけることはあったが話しかけないようにしている。仕事が落ち着いたら部屋に呼んでハープを弾いてもらうつもりだったのだがーーー
迷うのは想定外だった。同じ屋敷にいるのに遠い気がする。いい加減、話がしたいのにいつになるのか分からない。
セラが来てからというもの外にいる気にもならず早く帰っているのだが、早く寝る習慣のないレオは中々寝付けず夜書斎に篭ることも多かった。
いつものように書斎へ向かって歩いていると、前から歩いてくる人影があった。影は何やら考え込んでいてレオに気づく様子はない。
「そんなに考え込んでいて道が覚えられるのか?」
「レオ様...!ではないですね、殿下。」
「今ぐらいいいだろ。久しぶりだな。」
「2週間近く経ったでしょうか。」
「ああ。仕事はどうだ?」
「おかげさまで仕事自体は慣れてきました。ただ、どうしても道だけが....」
「外では迷わないのに?」
「外は何かこう、勘のようなものが働くのですが、建物内では効果を発揮しないようです。」
「なんか特殊能力みたいだな。条件付きの。」
「人を超能力者みたいに言わないでください。無効化されては意味がありません。」
「迷っているのはなんだか可愛いけどな。」
「私は切実です。このままでは1人で仕事が出来ません。」
「仕方ないなぁ。秘策を教えてやる。来い。」
戸惑うセラを連れて一階に降りる。
ホールには装飾と絵が施された壁が一面に広がっている。
「ほら、左側に指を差してる太った男がいるだろ?あの男は食いしん坊なんだ。だから早く食堂に行きたい。差してる指は一本だから一つ目の部屋が食堂だ。俺はそれを奥の執務室から呆れて見ている。」
「それが....秘策ですか?」
「ああ。屋敷は絵だらけだ。それにそって覚えればいい。逆に右側には椅子に座って厳しい顔をしている男がいるだろ?あれは待たされて怒ってる。早く奥の客間に行って主を問い詰めたいんだ。」
「ふふっ」
「面白いか?」
「その発想はありませんでした。確かに覚えられそうです。」
「そうか?客間の奥は侍女たちの洗濯室や給仕室、侍女寮だから問題ないな。左奥は軍事塔だから気にしなくていい。2階に行くぞ。」
「俺の寝室ぐらいは分かるか?」
「分かる....はずなんですが奥の掃除をすると右左が分からなくなってしまって」
「なら奥から行くか。奥はこの2つの絵を起点にすればいい。この海の風景画は俺が気に入って入れた。だからこの列に俺の寝室や書斎がある。あとは......」
絵に沿って説明しながら廊下を歩く。
カタン。
聞こえた音に慌ててセラの手を引き目の前の部屋に入った。
遠のいていく足音に耳を傾ける。
「あの、レオ様....」
小さな声にはっとした。腕の中にいるセラが身を固くしている。よく見ると耳が赤い気がした。
「なんだ?あまり動くと外に聞こえるぞ?」
近くで感じる息に欲が湧いた。腕の力をこめるとセラが身をよじる。
「ですが、これは....」
「許せ。2週間顔も見れなかったんだ。侍女になんてするんじゃなかった。」
「ご自分から提案されたんじゃないですか...」
「お前が軍に入れろなんて酔狂なことを言うから悪い......行ったな。」
名残惜しく手を緩めるとセラは逃げるように後ろににじり寄った。恥ずかしいのか視線を合わせようとしない。
「セラ、こっちを見ろ。」
眉を寄せながらゆっくり目を向ける。戸惑った上目遣いに加虐心が沸いた。
「......可愛いな。」
目を逸らそうとする顔に手を添えてこちらに向かせる。今にも泣き出しそうな顔がレオを煽っていることなど知らないのだろう。
「こんな泣き顔なら悪くない....道は覚えたか?」
「はい....お陰で覚えたと思います。」
「ならいい。早く覚えろ。じゃないとお前を呼べない。」
「呼ぶって....?」
「心配するな。音を聴いて、話がしたいだけだ。」
不安に揺れた目が止まる。彼女がそこまで鈍くなくてよかったと思った。
「それなら....えっと、申し訳ありません。」
「謝らなくていい。困ったことがあったら俺に言え。何とでもしてやる。」
「仕事もいただきましたし、道も教えていただきました。十分です。」
「ゲルプナーシュ、まだだっただろう?部屋に来た時にやるから楽しみにしていろ。」
「はい。」
菓子のことになると素直だ。余程好きなのだろう。
「部屋に戻れ。もう迷わないな?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」
「俺は後から出る。おやすみ、セラ。」
「おやすみなさい。」
侍女にしたのは自分のわがままだ。楽師を断られ、軍にも入れたくない以上、それしか自分の側に置いておく方法はなかった。何の身分もないセラを守るにはこれしかないのだ。今は、まだ。
(そろそろ契約切れだということにさせてもらうか....)
弟のこともある以上、その素性は知っておいた方がいい。知らなければ、自分の元に留めることも、守り続けることは不可能だった。
クシェルの仕事をまた一つ増やすことになりそうだ。小言を言いながら仕事をこなす忠実な家臣の顔を思い浮かべながらドアを開けた。




