小さな別れ、大きな始まり
「セラ姉!血まみれ!あいつに何かされたのか!?」
「こら、ルディ。不敬罪で罰せられるわよ。」
「でもほんとにボロボロじゃないか....」
「別に怪我自体は大したことないのよ。ルディ、少し話そうか。」
「え、うん。何急に」
「私ね、王都で働くことになったのよ。」
「何で....!そんな急に」
「急じゃないよ。そろそろ村は出ないといけないと思ってた。長居し過ぎたからね。弟の話、したことあるでしょう?」
「うん。身体が弱かったんだろ。」
「そう。その弟を私はずっと探してるの。今回王弟殿下が手助けをして下さることになってね...見つかるまであの方の元で働くことになったわ。」
「あんな奴のところで働くのかよ!」
「ルディ。貴方はあの人のことを何も知らないでしょう。」
「それは....そうだけど。....俺、王族は嫌いだ。」
「そうね。」
「でもセラ姉は好きなんだよ。」
「ありがとう?」
「セラ姉は嬉しいの?あいつ....王弟のところで働けて。」
「嬉しいかは分からないけど弟探しを手伝ってくれるのは純粋にありがたいかな。」
「.....たまにここに帰ってくる?」
「頼んでみるね。弟が見つかったら必ず帰ってくるよ。約束。」
「絶対だよ。」
「うん、絶対ね。」
泣きそうなのに泣かないルディはいじらしかった。
「エレンには言ったの?」
「まだだよ。今から言う。」
「じゃあ言ってあげてよ。絶対ショック受けるから。」
「気が重いなあ。ルディ、ちゃんと鍛錬続けるのよ?」
「分かってるよ。早く行きなよ。」
きっと思うことがあるのだろう。ルディを残して家へ戻る。
「セラ姉やっと帰ってきた...って血!何かあったの!?」
ルディと実は姉弟だったのではないかと思う反応だ。
王都で働くことになったことを伝えると、こちらは随分落ち着いた反応が返ってきた。
「なんかそんな気がしてたんだ。セラ姉はもうすぐこの村を出るって。でもよかったね!王弟殿下に見初められるなんて流石セラ姉!」
「ちょっと!声が大きい!っていうか違う!」
「ええ、違うの?」
「違うわ。変な噂広めないでよ。」
「大丈夫だよ。でも皆がっかりするだろうな。セラ姉を村の女神だと思ってたのに。」
「それは勘違いだから仕方ないね。次はエレンが女神って言われるようになるよ。」
「なんかやだなあそれ。私セラ姉ほど腕も良くないし。」
「数年すればすぐ追いつくよ。書はいくつか置いていくから読んでおいてね。」
「はーい。ねえ、また戻ってくるよね?」
「ルディにも聞かれたよ。休みを貰えたら帰るし、弟が見つかっても戻ってくるよ。」
「ならいいや。寂しいけど、セラ姉にとってはいいことだもんね。」
たまにこの子は出来すぎていて心配になる。この大らかさを見習いたいと何度思ったことか。
数日後、馬のいななきが聞こえた。迎えが来たようだ。荷物をまとめ、表へ出るとクシェルが待っていた。
「別れはよいのですか?」
「済ませました。参りましょう。」
「では。」
別れはいいとセラが言ったのだ。盛大に見送られても落ち着かない。振り返れば小さくなった村にいつの間にか愛着が湧いていたことを実感してしまった。
「寂しいですか?」
「思ったよりも。こんなつもりではなかったのですが......それよりクシェル様が来られるとは思っていませんでした。」
クシェルは王弟の側近だ。そんな簡単に動ける身分ではないはずなのだが。
「殿下が自ら行くと申されたのです。これでも譲歩していただきました。」
遠い目をするクシェル。横暴な主に振り回される哀れな側近だ。
「それはまた....わざわざ必要ないでしょうに。」
「私もそう申し上げたのです。万が一があっては困ると聞く耳を持ちませんでした。」
「案外過保護な方ですね。」
戦の時から思っていたことが漏れ出てしまった。クシェルが盛大なため息をつく。
「セラ様だけです。普段部下が傷だらけで帰ってこようが気にも留めません。」
「女と男では違うのですかね?」
「.....セラ様、くれぐれもご自分の身を大事になさってください。私は火に触れたくありません。」
大袈裟だと思うがクシェルの勢いに一応頷いておくことにした。
「そういえばセラ様というのはやめていただけませんか?私はただの侍女です。」
「ダメです。名を呼んでいるところなど見られたくありません。」
「なんというか...クシェル様も苦労なさっているのですね。」
「いえ。もう慣れました。」
人間やはり慣れが大事なようだ。
王都の門をくぐると、行き交う人の服、匂い全てが変わり、まるで別世界のようでつい目移りしてしまう。
「王都は初めてですか?」
「そうですね。新鮮です。」
「殿下の本邸はそう遠くありません。着いたら着替えをしていただき、皆に紹介します。」
「分かりました。」
クシェルが止まったのに続いて馬を止めた。
目の前にあるのは王宮ほどではなくとも宮殿と呼ぶに相応しい建物だった。流石は王族の住む屋敷と言ったところだろうか。
馬を預け、中に入る。絢爛と呼ぶに相応しいホールに一瞬来る場所を間違えたかと思ってしまった。
階段から、品格を持った女性が降りてきた。老婆と呼ぶには若い気もするが、彼女の持つ威厳がそう感じさせるだけかもしれない。
「クシェル。そちらの方が?」
「はい。セラ様です。セラ様、こちらは侍女長であられるグレータ様です。殿下の乳母でもあられます。」
「セラと申します。今日からこちらでお世話になります。」
「話は聞いているわ。着替えをしましょう。こちらへ。」
通された部屋で着替えを済ませ、出るとグレータが一糸乱れぬ姿勢で立っていた。歩きながら屋敷内の決まり事を説明され、向かった先では侍女たちが集まっていた。
「新しい侍女を紹介するわ。」
「本日から屋敷で仕えることになりました。セラと申します。よろしくお願いします。」
「あの子が例の?」
「殿下が直接連れてきたって言う。」
あちこちから囁きが聞こえてくる。
確かに侍女を王弟が直接採用することなどない。必然的に好奇の目は避けられないだろう。
(ここまで考えてなかったな...)
今更言っても遅い。やると言ったのは自分だ。
「お黙りなさい!」
グレータの一喝が飛び、場は静まり返った。
「エリシア。」
呼ばれた女性が前へ出た。
「セラ、しばらく彼女に教わりなさい。分からないことがあれば聞くように。」
「分かりました。」
「他の皆は仕事に戻りなさい。」
グレータの鶴の一声に侍女たちは視線をセラに向けたまま出て行った。
「ごめんね、すごい噂になってたの。」
「突然なので仕方ないかと。思い至るべきでした。」
「確かに噂通りの美人ね。」
鏡もロクに見たことがないセラはそう言われてもよく分からない。顔を見る機会と言えば川で顔を洗う時だが、いつも見る映る顔は疲れと焦りばかりで美しさなどないように見えた。答えに窮したセラを見てエリシアが笑う。
「でも噂ほど悪女じゃなさそうだわ。私はエリシア。よろしくね。」
先ほどの痛い目線を向けてきた侍女たちと違って人の良さそうな笑みを浮かべるエリシアにほっとした。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
「セラは何歳?」
「20です。」
「私と同じだ!エリシアでいいよ。敬語もいらない。」
「本当に?」
「私、堅苦しいの苦手なの。元々商家だし。」
商家と聞いてどきりとした。やはり王都に入り込んだのは迂闊だっただろうか。
「そうなんだ。皆貴族かと思ってた。」
「能力と口の固さの方が重視されるからね、ここは。貴族の侍女たちは最初気にしてたけど諦めたみたい。仕事の出来で取り立ててくださるし、基本的にはいい職場だよ。殿下に振り回されることを除けば、ね。」
含み笑いを浮かべながらエリシアが言った。
屋敷を案内しながら説明してくれる。これは何度迷えば覚えられるだろうか。
掃除に食事の配膳、衣類の仕分けから畳み方まで覚えることは山のようにあった。
エリシアのおかげでそう不快な思いもせずに最初の数日を過ごした。エリシアをつけてくれたグレータに心の中で感謝を唱えてみるが、届かないだろう。
「セラ、そっちは食堂!」
また間違えた。これなら迷路の方がまだ簡単だ。仕事は覚えるのに道が覚えられないセラに呆れているエリシアの後ろを小さくなってついていった。




