知りたい、主のこと
知りたい、主のこと
暗い顔をして帰ってきた主は所用があると言って出かけてしまった。
暗い顔の理由には思い当たることがある。コアルシオン国の王……昨晩僅かにその姿を見ただけだが主に惹かれているように見えた。王と王弟殿下は友人だと言う。
実のところ、アシュレイも主と王弟殿下の正式な関係を知らない。
ただ知っていることは王弟殿下が主に婚約を申し込みに突然城を訪れたということだけ。
その日、城は騒然となった。当然だろう。4年前死んだと思われていた姫が突然見つかり更には王弟殿下が婚約を申し込んだと言うのだから。
離れにいた姫。その存在を知るものは多くとも姿を目にしたことのあるものは少なかった。アシュレイは一度しか見たことがない。美しく、凛とした姫。あの当時まだ養子として正式な令嬢ではなかったが令嬢と呼んで差し支えない雰囲気を纏っていた。
最初、ヴィクトリア様が子供たちを連れて戻られた時の城の反応は酷く否定的だった。それもまた仕方のないことだ。駆け落ちした姫の戻りなど家の恥以外何者でもない。それを払拭するかのようにセラ様は毎日何の文句も言わずそれは熱心に学ばれた。出会う使用人には言葉数は少ないながらも優しく、イザーク様が可愛がる姿を見て使用人たちは彼女を未来の姫と認め始めていた。
そんな折だ。
離れが焼けた。セラ様たちは死んだ。使用人たちはそう聞かされた。姫に仕えることを期待していた使用人たちは悲しんだ。アシュレイもその1人だ。
そしたら今度はこの城に令嬢として戻ってくると言う。しかも崖から飛び降りた重症の状態で。
一体どんな人物なのか。仕えるに値するのか。伝え聞いたのは村で生活して旅人として生活していたとのこと。それであれば学んだことなど全て消えてしまっているのではないか。
侍女に指名され出迎えるアシュレイの不安は尽きなかった。
『硬い顔よ、アシュレイ。きっと大丈夫だわ。』
そういうサリアの言葉に励まされ主を城に迎え入れた。
肋骨が折れたと聞いていた。痛むだろうに殆ど問題のない作法の主に驚き、思わず尋ねた。
『……失礼を承知でお尋ねします。旅人生活が長かったと聞きました。作法はとうに抜け落ちているものだと。』
『……私はベルシュタインの血を持った者よ。旅人として生活をしても、その事実は消えないわ。』
その言葉に、主は4年間ベルシュタイン家の者としての誇りを忘れていなかったことを悟った。仕える主に、これ以上の方があろうか。
アシュレイは、セラに忠誠を誓うと決めたのだ。
そんな主に、幸せになって欲しいと願うのもまた臣下の勝手な思いかもしれない。
王弟殿下との馴れ初めは分からない。王弟殿下の元では楽師をされていたと聞いた。だがもしコアルシオン国の王がセラ様を好いているなら?
主は一体何を幸せとするのだろう。聞いてみたい。もし聞くことが許されるなら。
「アシュレイ、心配なら聞いてみたら?」
心を見透かしたようにサリアが言う。
「そんな……主の恋路を探るなど」
「貴女真面目よねえ。セラ様も吐き出す場所があった方が安心されるんじゃなくて?」
「そうだろうか……」
ガチャリ。帰ってきた主は表情こそそう重くないものの目が赤い。
「セラ様!ご無事で……」
「セラ様、アシュレイが心配でこのままでは眠れませんわ。」
「え?」
「ちょっとサリア……」
「セラ様と王弟殿下、コアルシオン王との関係が気になって心配しておりますの、ずっと。」
目を見開いた主にやはり失礼だったかとサリアを睨みつける。
「……そんなことを心配してくれていたの?」
「と、当然です。私はセラ様に幸せになって欲しくて……」
「……ありがとう、アシュレイ。」
美しい主が微笑むとまるで女神のようだ。だがそれに誤魔化されてはいけない。
「し、失礼を承知でお聞きします。セラ様は、その……王弟殿下とはどういったご関係なのでしょう?」
「あら、言ってなかった?恋人よ。」
あっさりと帰ってくる答えに悶々と悩んでいた自分が愚かしく思える。
「ではコアルシオン国王は……」
「……お断りしたわ。でも思ったより傷ついてしまって。少し慰めてもらいに行ってたのよ。」
「王弟殿下のところにですか?」
「ええ。」
恥ずかしそうな顔はまるで少女のよう。いつも大人びた主がまだ20であることを思い起こさせる。
「そ……それならば早くに仰ってください。夜にふらりと出て行かれては心配になります。」
「ごめんなさいね。ちょっと、恥ずかしくて。」
「良いのです。私たちはセラ様がお幸せであれば構いません。」
「……なんだか不思議ね。そんな風に言ってくれる人がいるのは。」
主の生い立ちはよく知らない。けれど王弟殿下に出会うまであまり人に恵まれなかったことは何となくわかっていた。
「セラ様、私たちはただセラ様の身の回りのことを手伝うためにいるのではありません。お辛い時、嬉しい時、寂しい時にも頼ってくださっていいのですよ。」
主が、泣いている。声も出さずに。
「……ダメね、最近すっかり涙腺が緩んじゃったみたい。」
「泣いて、良いのです。私たちの前で隠す必要はございません。隠すのは表だけです。」
「……ありがとう。私は恵まれているわ。……あ、そうだ。」
ごそごそと何やら取り出した主は箱をアシュレイとサリアに差し出した。
「開けてみて。」
開けた中には宝石のはめられた髪留め。てっきりアイルにだけ買うのかと思っていたのに。
「3人でお揃いだと可愛いでしょ。つい買っちゃったの。よかったら使って。」
「はい!喜んで使わせていただきます。」
「嬉しいですわ。ありがとうございます。」
優しい主に仕えられた私たち侍女はきっと運がいい。そして、主もまた、そう思えるように。
「少し、話してもいい?」
「勿論です。」
「つまらない昔話なんだけど……」
「いくらでもどうぞ。暖炉の前で話しましょうか。」
「ええ……わたしはね……」
主が、初めて自分のことを語った。心を少し開いてくれたようで嬉しくなった。目の前で揺れる炎は、身体だけでなく心までも暖めてくれるようだった。




