涙が告げた願い
「これ、見てみてもいいですか?」
セラがそう言って指さしたのは賊が持っていた剣だった。
「ああ、構わない。」
しばらく剣や鞘をじっと眺めたセラが尋ねる。
「武器を流した商家に目星はついているんですか?」
「いや、まだだ。」
そう言うとセラはまた無言になった。戦の後からセラの様子がおかしい。探らないなど、今から考えれば不利極まりないことを言ったものだ。セラが隠していることは、レオが思っている以上に多いようだった。
「殿下、賊が目を覚ましました。」
「分かった。すぐ行く。」
頭であった男はなんてことない、元軍人らしき男だった。
「単刀直入に聞く。お前たちを集めた貴族と商人の名は?」
「何も話すわけないだろ。」
「その貴族はお前たちを助けてくれたか?」
「それは.....」
「指を一本ずつ落としていっても構わないが。どうする?」
「わ、分かった!だが俺は本当に何も知らないんだ!」
情けない男だ。そうやって言われるがまま頭になったのだろう。
「知っていることは全て話せ。話していないと判断すれば即座に指を切る。」
「話せることは話す!だが誓って言うが俺はその貴族の顔すら知らないんだ!」
「なら最初から話せ。俺の気が変わる前に。」
「.....俺たちはブルータル辺境伯の敗残兵で、傭兵団をしていた。だが近頃は戦争も減っている。食い繋ぐために賊の真似事をしていた。その貴族も同じように襲ったんだ。しかし俺たちは逆に捕えられた。
面を被った貴族の男は言った。
『力が欲しくないか?』
『力は要らないから食い物が欲しい。』
『なるほど。もし私の手伝いをしてくれるなら必要な物は全て用意してやろう。』
『.....何をすればいいんだ?』
『なに、簡単なことだ。集まる賊軍の頭をしてくれればいいんだ。』
『俺にそんな力はないぞ。』
『別に必要ない。だが誰かがやらねばならない....君は元軍人のようだ。軍には詳しいだろう?』
『まあそれなりには....あんた一体何を考えてるんだ』
『近頃、王は我々を蔑ろにしていてね....。君たちのように路頭に迷う者も多いだろう?もっと良い王が必要だと思わないか?』
男の言っている意味は分かったけど分からなかった。俺たちが路頭に迷っていたのは単に戦に負けたからだ。そんなのどの王になったって変わらない。
答えらずにいる俺たちに男は言った。
『1日やろう。よく考えるんだ。どちらが自分たちにとっていいのかを。』
留守番をしていた薬師の小僧のところに戻った俺たちは話し合った。
どうせ従わなければ殺される。皆賛成した。薬師の小僧を除いて。
反対した薬師の小僧を俺たちは殴り倒して道に放り出した。」
そこまで話した頭は息を吐いた。隣のセラの肩がぴくりと震えた。
頭は続けて話した。
「男のところに戻った俺たちは城を与えられた。あの城だ。男は言った通り必要な物は全て与えてくれた。軍は増え続けた。気の荒い奴らばかりだ。諍いを諌めるのが俺の役目みたいなもんだった。
「貴族の名前すら知らないのか?」
「ライベルト卿と呼べとやつは言った。だがどうせ偽名だろうよ。」
反逆者という意か。ふざけた名前だ。
「他に何か知っていることはないのか?」
「ない。俺は本当にただの飾りの頭だった。そんなの分かっててやってたんだ。」
男が嘘をついているようには見えなかった。これ以上聞いても無駄だろう。
「殿下、この男に質問してもよろしいでしょうか?」
いつになく張り詰めた顔をしたセラが進み出た。
「ん?ああ、構わないが。」
「では.....。その薬師の男、名前は?」
「あ?そいつは関係ねえだろ。」
「いいから答えて。」
冷たいセラの声。
凍りついた空気を頭も感じたのだろう。大人しく答える。
「なんなんだよ.....ライ。ライナーだ。」
「何故一緒に傭兵団を?」
「......敗戦で負傷していたところを手当てしてもらったよしみだ。身体は弱いが腕は良かったからな。」
「助けられた相手を殴り倒して放り出したの?」
「あいつが悪いんだよ。この世界、綺麗事だけじゃ生きていけない。だから....うっ!!」
男の喉元から僅かな血が流れ出た。思い止まった切先は静止したまま動かない。
「セラ」
「..........申し訳ありません。聞きたいことは聞き終わりました。失礼します。」
剣を納め、背を向けてセラは奥に去っていった。
「クシェル、こいつにこれ以上聞くことはない。逃げないように見張っておけ。」
「分かりました。」
察したらしいクシェルはそれ以上何も言わなかった。
セラが入って行った森に入る。薄暗い木々の影の中にうずくまっている人影を見つけた。
音に反応したセラが顔を上げる。泣いていたのは明らかだった。
「セラ」
「何故ここに....」
「あんな顔をして出て行かれたら心配に決まってる.....泣いていたんだろう。」
「咎めないのですか。捕虜に剣を向けたのに。」
「お前は思い止まった。頭を捕まえたのはお前の手柄だ。あれくらいで咎めはしない。」
「......ルディに顔向けできません。あんなことを言っておいて。」
「お前は強い。そんなお前が剣を抜いたんだ。それほど大事な人だったのだろう。」
「.......鞘の内側。」
「鞘?」
「賊が持っていた剣の鞘です。内側にごく小さな3本線の印がありました。印を持つ鍛冶屋を辿れば商家に辿り着くかと。」
「それは.....ありがたい情報だが。知っていたのか?」
「父が、教えてくれました。」
セラが親のことを口にしたのは初めてだった。それくらい動揺しているのだろう。
「.....薬師は探していた弟か?」
「.....はい。......教会の前に書状を置いたのは私なのです。」
「まさかとは思っていたが....。知られたくなかったんじゃないのか?」
「....村を、治療院を巡り、賊を捕えては尋問しました。何の手がかりもなかったのです。それが数週間前、あの城の近くで賊と交戦した時、西へ逃げた。王都か西部のどこかに辿り着いているはずだと賊が言いました。でもまさか....傭兵団になって、その上殴られ放り出されたなんて....生きているはずがないではないですか....」
震えるセラは泣くのを堪えていた。いつも強く立つセラが弱々しく、今にも消え入りそうに見え、思わず項垂れる頭を撫でた。
「セラ、泣くのを我慢するな。今は俺しかいない。」
恐らく意に反したであろう涙がセラの目からこぼれ落ちた。声も上げずに泣く姿は逆にその痛みと過去を感じさせた。
「また.....逆戻りです....やっと見つかるかもしれないと思ったのに生きてるかも分からない....もし生きていたって、私に会いたいかどうかも分からないのに....」
震える声で途切れ途切れに紡がれる言葉はレオに向けているつもりでもないのかもしれない。
「なあセラ」
泣き顔を隠すようにチラリとこちらを見る。そんな顔が可愛いなどと、言える状況ではなかったが。
「....少し休め。これ以上動けばお前が壊れる。弟だって、ボロボロになったお前を見たくはないだろう。」
「落ち着かないのです。探していないとおかしくなってしまいそうで。」
「なら俺が探す。」
「何を言って....」
「お前1人で探せる範囲などたかが知れている。ましてや王都圏など入り込むのは至難だ。俺が探したほうが早い。」
「私個人の事情に巻き込むわけにはいきません。」
「残念ながらもうお前は俺にとって他人じゃないんだ。それに今回頭を捕えただろ?」
「それが何か....?」
「軍にいれば昇格ものの手柄だ。頼みを何でも聞こうと思っていた。」
「私にとってはいただいたものの恩返しです。」
「それでは示しがつかん。だからセラ。望め。俺を使えばいい。」
「王族を使うなど....」
「手柄を立てた者は知恵を働かせていかに大きな利を得るかを考える。それは悪いことじゃない。お前はその機会を得た。そう思えばいい。.....さあ、言え。お前の望む褒美は何だ?」
涙の跡を残した顔が迷いから覚悟に変わる。
「.......では、弟を探す手助けを、望みます。」
「それでいい。」
「.....もう一つだけ、いいでしょうか?」
「何だ?なんでも言え。」
「ゲルプナーシュを、いただけませんか?」
困ったように笑うセラを、愛しいと思った。




