湯で落ちるものと落ちないもの
湯で落ちるものと落ちないもの
『聞こえんか!!!カルディアもじゃ!!そちらが望んで始めたことではなかろう!!アンツェルーシュの馬鹿は捕まった!!アラリック、グラディオン両名の名の元に戦を終わらせる!!!』
突然、戦場に響き渡った声。それはアラリックの声でも、エルナの声でもなかった。
「あの声は……」
「グラディオン王だ。全く……あの声のデカさは腐敗しても変わらぬな。」
「父上!ご存じなのですか?」
「先代の時、カルディアとコアルシオンは頻繁に戦争していた。国境であったここはいつも戦火の海だった。いつもあの声が響き渡っておったわ。」
いつも温度のないエルシウスの声に僅かな温度を感じるのは気のせいだろうか。
「そうでしたか……しかし、コアルシオンの王は女に溺れ腐敗したと聞きましたが、一体どういう風の吹き回しでしょうか。」
「……さあな。人が動く理由は様々だ。あちらが撤退するならこちらも戦う理由はない。撤退するぞ。」
「はい。」
城に戻ると気丈に振る舞いながら泣きそうな侍女たちに迎えられた。
「セラ様……!血まみれではないですか……!」
「大したことはないわ。お菓子とミルクセーキは用意してくれたのかしら?」
悪戯っぽく聞けば途端嬉しそうな顔でアイルが答えてくれる。
「勿論です!今日はスパイスケーキを用意いたしました!」
「それは美味しそうだわ。湯浴みをしたらいただくわね。」
「はい。既に準備してあります。」
「それから明日には王都に向かうからよろしくね。」
「え!?」
「王都よ。王に報告しなければならないことが山ほどあるわ。」
「そんな……コアルシオンに行って、戦に行って、帰られたばかりではないですか……」
「仕方ないわ。こんな時だもの。命があるだけ有難いと思わなくてはね。」
湯に入る。血と、泥が流れ落ちて、耳元で残る剣が肉を裂く音。
あんなもの、嫌いだったはずなのに。
あの賊に追い詰められた時からだ。死をかけた戦いの一瞬。その刹那に感じる生を求めるようになったのは。
(いや……もっと前だ。)
気づかないふりをしていた。本当ならば、熊が通るかもしれない道など避ければよかった。賊が出るかもしれない道など避ければよかった。
それを、セラはしなかった。
(こんな私を知ればレオ様は私を嫌うかしら……?)
セレスティノ王子のことなど言えたものではない。ましてや惚れた相手は兄妹だ。話したかったのはセラの方だったかもしれない。
そんな彼は。
(無事に王都に着いたのかしら……)
膝を抱える湯船の中に映る増えた傷を、見ていた。




