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王弟が愛した娘 —音に響く運命—  作者:


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戦を終わらせる悪王

戦を終わらせる悪王

酔いに痛む頭を遠くに感じながら手を伸ばした先に、愛する人はいなかった。

「アマリエル………?」

代わりにドアが開き、入ってきたのは既に正妃に似ながらも過去の自分を思わせる燃えた目を持った次男。

「父上、アマリエル様はここにはおりません。」

「……どういうことだ。」

「父上が、私と共に来てくださるならばその問いに答えましょう。」

息子の目は有無を言わさぬ炎を持っていた。いつからだろうか。彼がこんな目をするようになったのは。

「……分かった。」

重くよろめく身体をアラリックが支えた。そのことが、王には不思議に思えた。

「……そのような顔をしないでください。貴方は私の父です。」

そうだった。この息子は生真面目なのだ。どこまでも。だが支える息子もまた、青白い顔でよろめいた。

「毒でも盛られたのか?」

「王家として生まれたものの宿命です。」

「……どこへ行く。」

「行けばわかります。」

王宮が騒がしいことに気がついた。何が起きているのだろうか。

歩きながら、何故自分がこれ程に腐敗してしまったかを思い返していた――――

『グラド、もう止めにしないか。』

『エメル、どう言うことだ。』

『我が国はこれ以上戦争するつもりはない。俺の代で、戦争は終わらせる。』

『何故……』

『元々うちはコアルシオンのような軍事国家じゃない。ここ数代荒れていただけだ。息子たちを見ていて思う。戦は俺の代で終わらせたいと。』

かつてカルディアの王とはよく戦った。時に勝ち、時に負け、最早敵ではなく友だった。

『コアルシオンとは表向き敵対でいい。だがお前の子供たちはうちの子と似た年齢だろう。たまに会ったりしたらいいんじゃないか。』

突然の友の申し出を、断る理由がなかった。戦争を楽しんでいたのはグラディオンだけで、国自体は続く戦争に疲弊していた。エメリヒの言うことは正しかった。

『いいだろう……。寂しくなるな。』

『不思議とな。だがまた会うさ。』

王同士の話により両国の戦争は終わった。両家の交流は続いた。他国との戦争も同様に減っていき、コアルシオンは軍事国家ながら戦争の少ない国になっていった。

それがグラディオンには堪らなくつまらなかった。

正妃であったカリスティネは真面目な娘だった。結婚当時はそれなりに愛を示そうとグラディオンなりに努力した。平和を喜ぶカリスティネ。退屈だと言うグラディオンを彼女は諭そうとした。

『平和になれば民は安定します。度重なる戦で疲れておいででしょう。少しお休みになられては……』

カリスティネはグラディオンを何一つ理解していなかった。グラディオンは戦場以外では大して取り柄のない男に成り下がる。あの戦場を駆け抜ける感覚がもう一度欲しかった。

小さな戦があるたびに出て行こうとするグラディオンをカリスティネは止めた。

『あのような小さな戦、辺境伯に任せておけば良いのです。陛下が出るべきではありません。』

『……お前は俺を何も分かっていない。』

溝が、出来たのはそこからだろう。退屈をグラディオンは酒で埋めるようになった。連日酒で気を紛らわすグラディオンを周囲は必死に諭し、慰めようとした。

(つまらない……)

そんな折だった。抜け出した市でアマリエルを見たのは。

一目見て欲しいと思った。彼女が手に入ればこの退屈も消える。そんな予感すらした。

直ぐ様宮廷に呼び出し、妃になれと言ったアマリエルの目に喜びの色がなかったことぐらい知っている。

部屋で抱き続けている時も、娘が生まれた時も、彼女の目が自分に愛と喜びを向けたことがないことも。

それでもよかった。あの満たされない日々が、もう一度満たされる気がしたから。

だがアマリエルがいなくなった。今、アラリックはグラディオンをどこかへ連れて行こうとしている。

気づけば馬に乗せられていた。向かった先の光景を見て、愕然とした。

それは自分が望んだ光景だった。血が飛び、人が飛び、怒号と剣が飛び交う世界。

だがそれはグラディオンが始めたものではない。

「……何が、起きている。」

「アンツェルーシュが戦を引き起こしました。エイマールとまで手を組み戦は国家規模で最早止める術はありません……一つを除いては。」

「アンツェルーシュはどうなっている。」

「カルディアの辺境伯の娘を誘拐した罪で投獄されています。他にも偽の宝石を作り輸出することを目論むなど余罪はいくらでもありましょう。」

血が、滾った。今直ぐにでもこの戦場に飛び込みたい衝動を抑えた。

「……父上、私は父上がただの戦闘狂であることを承知の上でここに連れてきたのですよ。」

ハッとした。自分が腐敗してからこの子が王にと叫ばれていることはアマリエルの寝所にいても聞こえてきた。そうしたいならそうすればいいと思った。だがこの子はそうしなかった。

「……お前は、私が変わるとでも思っていたのか?」

「いいえ。変わらずとも、私にとって父上は戦の英雄です。一度も話すことなく、王位だけを奪うことなどはしたくありませんでした。」

「……お前なら止めるのであろうな。この戦を。」

 息子は先ほどの炎を水に沈めたかのように澄んだ瞳で言った。

「はい。」

息子の望みを理解する。そして、それがグラディオンに出来る最後の王としての仕事。それは、何よりも自分が望まなかったこと。

「すぅーーーーっ」

「全軍撤退じゃ!!!!この戦を今すぐ終わらせよ!!!!」

「お、王!?」

「陛下が何故ここに……」

「聞こえんか!!!カルディアもじゃ!!そちらが望んで始めたことではなかろう!!アンツェルーシュの馬鹿は捕まった!!アラリック、グラディオン両名の名の元に戦を終わらせる!!!」

「…………………………」

戦場全てが沈黙している。当然だろう。女の寝所から出てこなかった王がいきなり出てきて叫んでいるのだから。

それでもまだ、グラディオンはこの国の王だった。

「聞こえんかったか!!!撤退じゃ!!!行くぞ、アラ。」

「……はい。」

かつての王を目にした軍が退いていく。アンツェルーシュ派だったものたちも、かつての英雄の声に従うしかなかった。カルディアも呆気に取られながらも追うことはしなかった。

「アラ。」

「俺は悪王として歴史に名を刻むだろう。俺は別にそれでも構わなかったんだぞ。」

「……言ったでしょう。私にとっては父上はいつまでも英雄なのです。」

「そんなガキ臭いことを言っておったら王は務まらんぞ。俺が言えることでもないがな。」

「……今からどうなさるおつもりですか。」

「決まっていよう。お前に王位を譲る。俺はその辺りの遊牧民族とでも手合いしに行くかのう。アマリエルは……自由にしてやってくれ。」

「……よいのですか。」

「お前のお陰で酔いが覚めた。久々にスッキリした気分だ。」

息子が、泣いていた。この子が泣くのを見たのはいつ以来だったか。1人で、母親の元に通っていたと聞いた。グラディオンが潰れている間、1人でその責を追い続けてきたのだ。

「……悪かったな。お前には迷惑をかけた。」

「……一つだけ、頼みを聞いてくださいませんか。」

「なんだ。」

「……母上の元に、行ってあげて欲しいのです。」



 光の差し込んだベッドに横たわる姿に思わず目を覆いたくなった。

美しい女だった。ただ、真面目で退屈だっただけで。他の男の元に嫁げば良い嫁であったであろうに。自分が目を背け、逃げ続けてきた代償を見る日が来たようだ。

ベッドの横に腰掛けると、薄っすらとその目が開いた。

開いた目は隣にいる人物が本物だと思っていないようだった。窓の外の光を眺めながら、彼女は話す。

「あら、陛下。ご気分はよろしいのですか?今日はなんだか昔のように立派に見えますわ。」

心を病んだと伝え聞いた。きっとそうなのだろう。目の前にいるのが本物だとすら分からないのだから。

「……カリスティネ。」

「アラが毎日来てくれるのですよ。今日はまだね。お庭のお花が綺麗に咲いたそうです。陛下はご覧になって?」

あまりにも普通に、あまりにも昔のように笑いかけてくれるから、苦しくなった。俺にはもうお前を抱きしめる資格は残っていないのに。

「……陛下?またお酒を飲まれたのですか?ダメではないですか。お身体を大事にしていなくては戦が起きた時に出られません。」

「戦なんぞ……お前は嫌いだろう。」

「私は嫌いですわ。ですが陛下はお好きでしょう。いつも戦の話を嬉しそうにお話ししてくださるの、好きでしたのよ。」

知らなかった。そんな風に思っていたなんて。知らなかった。戦に出るために身体を気遣ってくれていたなんて。

俺は君のことを何も知らない。

「……カリスティネ、悪かった。俺はここにいる。これからちゃんとここに来るから。」

カリスティネの瞳が一瞬、今の自分を映したように見えた。直ぐに揺れを消した瞳は不思議そうに笑って言った。

「あら。それは夢みたいですわね。」

耐えきれなくなって部屋を出た。自分の犯した過ちと、愚かさを目にした日。

濡れる頬と痛む胸が消える日が、もしも来るならば。

その日が来ないことを願った。


 

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