エイマールの王子、セレスティノ
エイマールの王子、セレスティノ。
『我はカルディア王国ベルシュタイン家セラフィーネ!エイマール国王子セレスティノ様とお話がしたく参った!』
セレスティノにもその声は聞こえていた。
「あのような声、無視すれば良いのです。」
周りのものはそう言った。だが本当にそれでいいのか。あのまっすぐな声を無視して、既に背後から今にもセレスティノを刺そうとしている罪悪感が膨れ上がって破裂してしまわないか。それが、不安だった。
誰かに叱られて、その声に快感を感じたのはいつだったか――――
そうだ、反抗期だったセレスティノが汚い言葉を使った時だ。
『お黙りなさい!』
響いた母の声が、異様に艶かしく聴こえた。
おかしいと思った。母親の声にそんな感覚を抱くなんて。
だが怒られている時以外は感じないのだ。
言葉と抑揚だ――――
セレスは気づいた。声の出し方、そしてあのような物言いを王太子である自分に対してする者は母以外にいない。
試しに侍女を呼び罵る言葉を言わせようとした。
侍女は戸惑った。不敬罪に当たると思ったのだろう。当然だ。
頑なな侍女は諦め、娼館に隠れて通った。
行為も何もせず、言葉だけを何度も抑揚を変えて言わせるセレスを娼婦は気味悪がった。
ある日、父に娼館通いがバレ、セレスの性癖も明かされることとなった。
父はセレスの性癖に関する箝口令を敷き、即座に嫁を迎え入れることにしたようだ。
セレスには婚約者がいた。
隣国の末娘、シャッツェルと言う。顔を何度か合わせたことがある。愛らしい娘だ。婚約者という事実を抜きにしても、そう思っていた。
愛され、大事にされて育った娘ーーーー
そんな娘が、こんな性癖のある男の元に来たら何と思うだろう。
シャッツェルは何も知らずにやって来た。
変わらず、愛らしいシャッツェル。話す仕草も、表情も可愛らしい。
『よいか。その性癖、死んでも妻に知られるでないぞ。』
父の声が頭に鳴る。シャッツェルに知られるわけにはいかない。だがどうしたって、あの声無しで興奮するのは難しかった。
『想う相手がいらっしゃいますの?私ではセレス様のお相手をすることは叶いませんか?』
涙を浮かべて言うシャッツェルに隠しておくことは出来なかった。
嫌われる。そう思った。
『...私がその言葉を言えばいいんですの?』
『何を言っているんだ?王女の君に、そんな言葉を言わせるわけにはいかないだろう。』
『構いませんわ。それでセレス様が満足してくださるのなら。』
結婚生活はそれ以来順調に進んだ。
息子にも恵まれ、セレスは幸せだった。
『本当に嫌じゃないのか?』
『思った程嫌じゃありませんのよ。不思議ですわね。』
そう言うシャッツェルが愛おしくてたまらなかった。
父王が病に倒れ、王位を継ぐのを間近にして怯えていたセレスをシャッツェルは懸命に励ました。
『セレス様なら大丈夫ですわ。私もお支えします。』
そんな時だった。カルディアから男が訪れたのは。
『カルディアの王は関税を引き上げ、エイマールを苦しめるつもりのようです。我々貴族に対しても税率を引き上げるなどの政策をなさっている...このままではエイマールもカルディアに政治的侵攻を受けるかもしれない。』
『そんな...だが我が国にはシャッツェルがいるのだ。大切にしていた妹がいる国に、その様なことをするだろうか。』
『あの王なら、するでしょう。貴方が思っている以上に冷酷な人物だ。それに貴方の性癖...王が知ったらどう思われるのでしょうね?』
『....何が望みだ?』
『なに、大したことではありません。ただ最後、軍を出すこと、それからそちらの国には珍しい種の木がありましたな?その葉をいただきたい。』
『その葉に何かあるのか?軍を出すのであればカルディアを滅ぼすつもりか....』
『なに、私の興味ですよ。研究の一環でね。滅ぼすわけではない。統合するのです。勿論王には死んでもらいますが。』
『シャッツェルは兄を慕っている。そのようなことに手を貸せるわけがない。』
『では王にお伝えしておきましょうか?貴方の性癖を知れば、王がシャッツェル王女を連れ戻しに来ても何らおかしくはない。』
シャッツェルがいなくなる。それだけは耐えられなかった。例えそれが、彼女を裏切ることになるとしても。
『それは...それだけは。』
『ならば私の言う通りにされた方が賢明だ。父王も床に伏せっているのでしょう?あまりご無理をなされない方がいい。』
『....分かった。』
何が正しいのか、分からなかった。自分の器が、王になるには小さ過ぎることには気づいていた。だが兄弟もおらず、まだ幼い息子を王にすることなど出来ない。
ただ、シャッツェルを失いたくなかった。
それだけだった。
そして今、何もわからぬままセレスは戦場にいる。それが善なのか、悪なのかも分からずに。
目の前で飛び散る血に責められている気がした。セレスにはその血の責任を負うことすらできない。
気づけば叫んでいた。
「そのカルディアの者を呼べ!傷つけることは許さぬ!」




