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王弟が愛した娘 —音に響く運命—  作者:


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帰還を告げる舞踏会

帰還を告げる舞踏会

迎えた舞踏会当日。王宮で開かれるご大層な舞踏会には王族近臣、高位貴族、軍幹部に外交使節まで実に幅広い。

舞踏会の名目は死んでいたはずの娘の帰還。裏は政治的価値を測るためのものだが名目上、主賓はセラになる。

この中に自分が主賓として入って行く――――

想像しただけで吐きそうだ。実際朝から足は震えている。

侍女とセリスが忙しなく支度を整えて行く。ドレスの最終調整、髪型を最大限傷が目立たぬよう且つ魅力的に、化粧まで施し終えた頃には1日が終わったような気分だ。

「まあっ.....」

「美しいですわ、セラ様」

侍女たちに褒められ鏡を向いてみる。確かにそこには貴族の令嬢と呼んでも良い出立ちの娘が立っていた。

だが見慣れぬ自分の姿は違和感のあるものだ。ましてやレオもいない。セラを見るだけで一瞬言葉を失って、綺麗だと言ってくれる人。あの照れた顔が好きだった。いつも余裕なレオが顔を赤くして背けてしまう。それが可愛いのだけど――――

「殿下のことを考えておられましたか?」

図星の言葉に目が泳ぐ。つくづくこの商人は侮れない。

「いない方のことを考えても仕方がないわ。」

「いやあまた何も言えないんでしょうねえ。そこがまた可愛いところなんでしょうけれど。」

セリスの言うことは一々的を射ている。

これ以上話すと墓穴を掘りそうだ。そう考えているとドアがノックの音を報せた。

「支度はできたか?」

「はい、出来ております。エルシウス様。」

ドアを開け、セラを一瞥したエルシウスは変わらぬ無表情のままだ。

「何の役にも立たぬ妹だったが....最後、良い土産を残したものだ。この舞踏会にて失敗は許されぬ。分かっているな?」

「はい。」

「では行くぞ。お披露目の時間だ。」

廊下の赤絨毯の上を侍女たちに付き添われて歩いて行く。着いた先の階段の前には大きな扉があった。

「開きます。」

その声と共に入り込む煌めいたシャンデリアの灯りと立ちこめる香の匂い。

エルシウスにエスコートされ、降りた先はつまらないと敬遠していた貴族の世界だった。

全ての客の視線が注がれる。覚悟を決めた心は震えていても静かだった。

静かに壇上へと案内され、ハープの前に座る。

「セラフィーネ様より、感謝の一曲が捧げられます。」

ああ、だから嫌いだと言ったのに。結局国中のどこよりも堅苦しい場所で、今からセラは演奏するのだ。

(もう、どうにでもなればいい。)

鳴らす一音目。会場の空気が変わる。場は嫌いでも、この瞬間だけは大好きだ。全てのものがセラではなく、音を視るから。

死の中にある、祈りの曲。天に響くようなハープを使って死を演奏するとそこには美しい矛盾の旋律が浮かび上がる。生還と言うのならこれくらいやったって許される。喜ばしいと言う意味ではないという、僅かな反抗心。聴いている人が引き込まれて行くのを感じる快感。

言葉を失った会場がそこにあった。

司会者を見るとハッとしたように言葉を紡ぐ。

「ベルシュタイン令嬢、セラフィーネ様による献奏でございました。

...セラフィーネ様のご生還を祝い、王宮より心よりの感謝を申し上げます。」

言葉と同時に拍手が沸き起こった。僅かな反抗は成功しただろうか。ただ、思い通りになるつもりなどない。どうせなら爪痕を残して、自ら価値を示してやる。

「これより第一舞曲に移ります。主賓セラフィーネ様には王の名代として近衛隊長オルヴェイン殿が相手を務めます。」

大広間の中央、楽団が舞曲の旋律を奏でる中、オルヴェインと呼ばれた男が進み出て深く礼をした。武人らしい厳しい顔に凛とした佇まい。

(これは....)

何を隠そう、セラの好みのタイプだ。レオがいなかったら少し揺らいでいたかもしれない。レオには死んでも言えないけれど。

「近衛隊長、オルヴェイン・ハイラントと申します。」

低く静かな声が響いた。

手を差し出したオルヴェインが続ける。

「光栄に存じます。セラフィーネ様。

この一曲を、私にお許しいただけますか。」

この場のセラに、拒否権などない。

「お受けいたしますわ、オルヴェイン隊長。」

手を重ねた瞬間、視線が絡まった。威厳を持った彼は意外にも幼い顔立ちをしていた。実年齢は若いのだろうか。

手がそっと腰に添えられ、一歩目を踏み出す。

「足元に。」

短く発される声に彼の性格が伺える。

「ええ、大丈夫です。」

ファーストダンスは簡単に言えば見せ物だ。言葉を交わすわけでもない。人々の視線を一手に集め、ただステップを踏む時間。

背中に伝う冷や汗を悟られぬようにせねばならない。

「緊張されていますか?」

「少しだけ....ご心配、ありがとうございます。」

「いえ....とても、美しい方だ。」

真っ直ぐな目は社交辞令と呼ぶにはタイミングも悪い。ファーストダンスで、この様な武人が場をわきまえないとは思わないのだが。

「...恐れ入ります。」

答えたところで、一曲目は終わった。緊張からの解放を感じてもすぐに二曲目だ。今日は解放されることはないだろう。

二曲目は宰相の右腕と呼ばれる人物、簡単に言えば政治の中心人物だ。品定め半分、探り半分と言ったところか。

「辺境伯がこれ程娘想いであったとは...我々は見誤っていた様ですな。あれ程のハープの名手ともなれば仕方ないでしょうが。」

「身寄りのなくなった私を憐んで教育を施し、養子にしてくださったのです。慈悲深い方ですわ。」

「王弟殿下も来られればよかったでしょうに。」

「お忙しい方でしょう。無理もないですわ。」

3人目、4人目と相手をしながら疲労と痛みは蓄積されていく。

「次は私と踊っていただけないでしょうか。」

そう言った声には聞き覚えがあった。

(よりによってこの男か...)

「ええ....お受けいたしますわ。」

男はニヤついた顔を隠そうともしなかった。

「まさかあの時の侍女がベルシュタイン家の令嬢だったとは....王弟殿が必死になるわけだ。」

「王弟殿下にはご慈悲をいただいていただけですわ。当時は何も持たぬ旅人でしたから。」

まさかあの時の男も来ていたとは。まさか侍女に声をかける男がいるとは思っておらず、あの時は油断した。

「そうでしょうか?あの顔はそうとは思えないが.....でしたら構いませんね。私が貴女を口説いても。」

「....お好きになさってくださいな。」

「私の見る目は確かでしょう?着飾る前に貴女の美しさに気づいた。あれもよかったが今日の姿にハープの美しさ....正直、男たちは皆必死ですよ。」

身の毛がよだつとはこのことだろうか。同じ甘い言葉でもこうも差があるなんて。

「突然現れたものに皆興味を抱くものです。一時で終わります。」

早く曲が止まないだろうか。こう言う時は一曲が異様に長く感じる。

あれこれと口説き文句を言う男を退けると、イザークが前に立っていた。

「セラ、踊ってくれるか?」

「はい、勿論です。イザーク様。」

「痛いだろう?」

「分かっていたことですので...」

「いい男はいたかい?」

「まさか。そんなつもりで来てはいませんわ。」

「やはり王弟殿下がいいのかな?セラは。」

「それは.....そう、ですが。」

「大丈夫だ。父上は王弟殿下を最上級の結婚相手だとは見ている。ただ条件を出来るだけ釣り上げたいだけだ。」

「...分かっております。」

「帰ったら休むといい。役目は十二分に果たした。最初の演奏も完璧だった。」

イザーク様は本当に兄の様だ。レオとは違う意味でセラの心を落ち着かせてくれる。

「ありがとうございます。お言葉に甘えて、そうさせていただきます。」

 

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