【番外編】苛立った日に
本編が離れてしまったので。
時系列的には侍女時代、告白前です。
苛立った日には
『お前たち王族に何が分かる!生活の苦しさを知らないお前らが!』
確かに知らない。分かりもしない。けれど彼らだって知らない。王族に自由がないことを。
地方で起きた小さな反乱。治めていた貴族は王に隠れて税を多く取り立てていた。監察官は貴族に誑かされ役に立たず。新制度の中で起きた問題に王は弟を派遣した。
数日家を空け、帰ってきたのは昼間。言い知れぬ苛立ちが身体を支配している。
「お帰りなさいませ。」
「セラは?」
「洗濯の仕分けをしております。」
「呼べ。」
「……すぐに。」
グレータは天秤にかけたのだろう。昼間にセラを呼ぶリスクと、レオの苛立ちが屋敷を支配するリスクと。
湯に浸かって、流れない苛立ちを鎮めて欲しいと思った。
「お呼びでしょうか。」
たかが数日だ。会いたいのだって、レオの勝手。顔を見たい、触れていたい。愛する人の立場を気にしなければならない不自由を、彼らは知らない。
「……レオ様?何かあったのですか?」
「……いや。セラ。」
「はい。」
「……髪に触れていいか?」
「別に濡れていませんよ?」
「そこじゃない。いいから座れ。」
大人しく座ったセラの髪を解いて、梳いていく。髪でもいい。触れられるなら。
「……地方で反乱があったとか。」
「ああ。もう収まった。」
「監察官は?」
「情けない奴だった。首を飛ばして帰ってきた。」
「……そうですか。」
「……セラ。」
「はい。」
「呼んだだけだ。」
「何ですかそれは。」
振り返って笑う彼女が愛おしい。髪でもいいなんて嘘だ。今はまだ叶わぬ願いを、覆い隠すための嘘。
「……セラ、こっち向け。」
目に入った手に、触れたくなった。今日だけ、許してくれるだろうか。
「レオ様、ハープでも弾きますか?」
「……いや。……代わりに。」
手を取った。想像よりずっと小さく、傷と豆に塗れた硬い手。
「えっと……」
「許せ、今日だけだ。……小さいな。」
「……そのようです。最近他の侍女たちを見ていて気づきました。」
「綺麗な手だ。」
「……酔ってらっしゃいますか?」
「人の首を切った帰りに酒を飲むほどじゃないぞ俺は。」
「分かっております。あまりにもご冗談が過ぎるようでしたので。」
「俺は本気だ。」
そう言うとセラは黙った。女の手と言えば柔らかく傷の無い手だと、レオだって思ってきた。だがこの手が他の女と同じ手になれば、どこか寂しい気がしてしまう。
「……お前は好きじゃないのか?この手。」
「どうでしょう。少なくとも綺麗だとは思いませんが。」
「洗濯の赤切れはいただけないが俺はこの手がいい。」
「はあ……」
変わったご趣味ですねとでも言いたげなセラ。好きに思ってくれればいい。でもいつか、その意味を彼女が知る時が来たら。
手の甲に、そっと唇を落とした。
「レオ様……?」
「セラ。」
愛してる。
その言葉を、飲み込んだ。




